第3話 世界に勝るは人の心

 

「ふむ、何とか授業には間に合いそうだね。アイザックにまた笑われるのは確定だけど、恥の上塗りは避けないと」


 クルスは身体強化込みの全力疾走で本校舎の廊下を爆走しながら呟いた。脳裏に浮かぶアイザックのニヤケ面へ膝をかまして、自らの目的を確認する。


(成績優秀者の魔装と魔力を調査して、異常なヤツをデストロイ。例の魔装は『王家直属魔術士エルクレウス』が気付いてないくらいだし最悪、封印指定級のブツかもしれないから全力で回収する必要があるね。魔力探知については……さり気なくボディタッチしていけるかな、ポンコツなのは範囲だけだし)


 エルクレウスは王家直属の魔術士であり、その実力は帝国内でも指折りだ。そのエルクレウスが気付いていないとなると、魔装もそうだが所有者も化け物染みていると考えてよい。


(隠蔽系の魔術特性なのかもしれない。その道の天才であるのは確実、しかも千年に一度見つかるかどうかの逸材である可能性が高い……これは面倒だ)


 流石に全速力を出しただけあって、ものの数分で演習場に到着した。

 ドーム型の建物は宛ら闘技場といった風情で、試合スペースに生徒たちが、様々な形状の魔装を持って集合していた。

 しかし広大である。試合スペースだけでも半径三十メートルはあるだろうか。観客席も含めればそれより広いのだから、最早闘技場と言い切ってしまっても不思議はない。

 そんな演習場を激走しながらクルスは無表情で焦る。


(スピード出し過ぎて止まれないんだけど、どうしよっかな…………ん? アレは『スクリーン・クリスタル』か、流石にこんなにでかい演習場だとクリスタルの方もでかいな。丁度良い、アレを使おう)


 勢いの付いたものはそう簡単には止まれない。

 付きすぎた勢いを殺す為、クルスは演習場上空に佇む黒い六面体に跳躍。

 空中で回転して足からクリスタルに着地。そのまま全身のバネを利用して、生徒たちの元へ跳んでいく。

 落下時の衝撃も魔術で緩和し、ポージングを決めて着地し、ドヤ顔無表情

 だがしかし、二分遅刻という事実を知らされ、ままならないなぁと独言るクルスだった。





「さて、授業を始める前に聞いておきたいことがあるんだけど。専用の魔装を持ってる人って、今この場に何人いる?」

 

 生徒を見渡してクルスは問いを投げた。

 返事を返したのはメィドールだった。

 

「四人です。カーティス=ラウド、ナティア=セントラス、コーネリウス=ターナー、それから私、です」

「ふむふむ……学年総合成績上位四名しか扱うのは許可されていないと聞いているけれど、その四名全員をこのA組だけで独占してるのか。とても一ヶ月マトモな授業を受けられなかったクラスとは思えないな」

「最優秀クラスの名は伊達ではないということですよ、クルス先生。僕らは優秀なんですよ」

「……君の顔には覚えがあるよ、名前は?」

「先程紹介に預かったコーネリウス=ターナーです」

 

 クイ、と眼鏡を押し上げるその男子生徒の顔を、クルスはコンマ数秒注視してから、手を打った。


「ああ、傲慢君か。君そういう名前だったのか? クラス名簿に目通してないから分からなかったんだ、ごめんよ」

「取り敢えずその呼び方やめて下さいよ————てかアンタ名簿持ってきてすらないじゃないか!?」

「まぁそう怒らないでよ。これから宜しくしてくれれば僕も多分君の名前覚えられるしさ」

 

 そう言って差し出された右手を呆れた様に握るコーネリウス。


「なんで『多分』なんですか……まったく、貴方は教師としての実力だけは確かなんですからもう少し態度を改めた方が良いのでは?」

「……態度? なにそれ、お菓子より美味しいの?」

「————そういう所ですよッ!!」

 

 眼鏡を光らせて怒るコーネリウスを華麗に無視し、クルスは両手を広げて、極めて、極めてフレンドリーに宣言した。無表情かつ抑揚の薄い声音だが。

 

「折角だし、この際全員と握手をするよ。手を握ればその人のことは大体分かるからね……まずはそこの君だ、名前は?」


 こうして、クルスはA組の生徒全員と握手をし、その度に菓子を渡していった。

 一週間も経てば流石に慣れたのだろう。誰一人、クルスの妙なテンションに戸惑う者はおらず、笑顔で菓子を受け取り、握手をする始末だった。アイザックが居れば「毒されてる」と評価するだろうが————打ち解けた、と換言するならば、そこに在るのは紛れもない親和だった。



 ——————数分後。

 

「うん、覚えた覚えた。大分お菓子減ったけど」

「一週間ちょいあって今更名前覚えたってのも問題じゃないスか先生センセ?」

「細かいことは気にしちゃダメだよカーティス君。それよりもお菓子が残り僅かだということが問題だ」

「配ったの、先生、ですよね?」

「————減ったことが問題だよ。というわけで八つ当たりも兼ねて授業を始めるとしよう」

「八つ当たりって言っちゃってるのです……」


 生徒の言い分を誤魔化して強引に授業へ移るクルス。苦笑混じりのリリィの言葉も、メィドールの指摘もお構い無しである。


「世界からのカウンターを上手く受け流して術行使が出来る、これが君達の最初の目標にして、君達の憧れる高位魔術士の絶対条件だ。……先日聞いた時は悲惨だったよね。やれ高等技術の会得数だの、やれ固有魔術がどうのこうの、てさ。そんなの二の次もいいとこだって初日に教えたよね? 僕。そこの所どう思ってる? コーネリウス以下数名?」

「ぐっ……」「何も言えねぇ……」「でも実際どうしたら……?」


 苦い顔をするコーネリウス達だが、学習意欲が恥辱に勝ったらしい者の疑問符が飛ぶ。

  それにナティアとカーティスが同調した。


「結局〜、どうすればいいんですか〜? ここ最近の魔装演習の授業は〜おかしなことばっかりやってて〜、具体的な方法は教えてもらってないですよ〜?」

「そうっスよ先生センセ。てかホントに今までの授業何だったんスか? 悲しい話に全力で感情移入しろとか、幸せな思い出に浸り続けろ、とか」


 三日ほど前、クルスは魔装演習の授業で生徒に様々な課題を出した。端的に言えば、カーティスの言った様なことを魔力を放出しながらこなせ、という課題である。「授業を進めたいならやれ」と言われて、学習意欲旺盛な一同は黙々と取り組んできたものの、その意味と理由を心から理解出来ている者はいなかった。

 

「当然、理由ってモノがあってね……ズバリ、君達に魔力と感情の関係性に身を以て気付いて欲しかったから、さ。何か感じなかったかい? 微かなものでも、曖昧なものでも構わない。心当たりがあったら言ってごらんよ」

 

 真っ先に声を上げたのは、成績優秀者の四人————ではなく、意外なことにリリィだった。


「怒ってた時に、こう……魔力がぼわっ! って燃え上がる様な感じがしたのです。……すみません、上手く伝えられないのです」


 しょげるリリィの桃色の髪をぽふぽふと撫でながら、クルスは満足そうに目を細めてスティック状のフルーツケーキを齧った。


「上出来だよリリィ。そこまで分かってるなら大したものさ、なんせ、世の中には一年経ってもその感覚を理解出来ない人もいるからね……ハイ、シナモンロール」

「あっ、ありがとうございます……です?」

「今食べてしまってね。この後土埃で汚れちゃうだろうし」

「あ、はいっ…………」

「……小動物だなぁ、まるで」


 モグモグと少しづつシナモンロールを齧るリリィに思わず呟くクルスに、カーティスが同調する。


「分かるっスよ! 何て言うか、リスっぽい可愛いさっスよね!」

「あら〜? リスよりリリィの方が百倍可愛いわよ〜? ねぇ、クルス先生?」

「はぁ、あまり答え難い質問をするな、セントラス。流石のクルス先生も困って————」

「可愛いッ」

「————ないんですか先生。僕の助け船を沈没させた上に今までで一番イイ声じゃないですか!?」

「でも、コーネリウスも、否定はしないでしょ?」

「まあ、否定はしな……ッ何を言わせるんだインターセプト」

「語るに落ちてるっスよコーネリウス」

「ウフフ〜、でもなんやかんや結局〜?」


 その声にA組全員がリリィを見る。

 異性から立て続けに可愛いと褒められたからなのか、単に褒められ慣れていないからなのか。茹だったのかと思うほど顔を赤面させるリリィ。

 両眼を見開き、言葉を失い口をぱくぱくとさせて空気を食むその様はなんとも庇護欲を掻き立てる。

 一同の言葉が重なる。全員、込めた思いと表情は同じだ。

 親愛と、イタズラが成功した子供の様なしたり顔である。

 ……若干一名無表情が混じっているが気にしない。


「『リリィは可愛い!』」

「みっ!? ……ううっううう、うなぁ————————ッ!! 《全員そこに正座するのですよ》————ッ!!! 」

「『なあっ!?』」「《天穹の泡沫よ》」

 

 詠唱を改変され発動したリリィの『ミスチーフ・ボム』が通常のそれを遥かに上回る威力で炸裂した。

 


 ————一騒動の後。

  ふくれっ面のリリィを皆で宥め賺し、閑話休題と言わんばかりにクルスは授業を再開した。


「さて、三日間君達に一見意味不明な課題に取り組んでもらったその結果を、図らずも、図らずもリリィ=フロリス君が実演してくれました」

「わざとなのです、絶対わざとなのですよ!」

「ははは、笑って許してね。で、さっきの現象こそがまさに『世界のカウンターを受け流した』結果なワケだけど、さっき、リリィは『怒って』いたよね? 顔がリンゴ顔負けの赤さだったし間違い無いよね。どうどう、落ち着けリリィ……で、僕が言いたいことは最初から言ってるように魔力と感情の関係性がいかに密接なのかってことだ。皆もそれは薄々理解出来ているんじゃないかな? 『ミスチーフ・ボム』は本来なら魔術防壁を張るまでも無い様な、精々護身用がいいとこの魔術だ。しかし、先程のリリィの魔術は防壁、『エアロ・スフィア』の魔術を唱える必要があるくらいの高威力だった。……リリィ、マナの消耗はどんな具合だい?」

 

 眼を閉じてマナの残量を確認するリリィ。

 再び眼を開いたリリィは、驚きに満ちた声を上げた。


「全然減って無いのです! あれだけの威力なら、相当なマナが消費されたハズなのに!」

「うんうん、そうだろうね。三日間ずっとやってたんだし、出来ないワケが無い。無意識に発動させてしまうくらいなんだし、後数回で完全にコツは掴めるだろうね。 ————でも、不思議だよね」

「何がっスか?」

「たかだか一人の人間の感情が、世界の介入を退けられることが、さ。世界なんていうとんでもなく強大なものからの介入を、ちっぽけな人間風情がたかだか感情ごときでどうにか出来ちゃうんだよ? 摩訶不思議とはまさにこのことじゃないか」

 

 クルスは語る。魔術の真理と、世界という極大の神秘に迫る、人間の可能性を。


「結論から言おう。感情っていうのはね、『世界からのカウンターを受け流すという効果を持った術式』なんだよ、魔術という観点から見ればね。昔の人々は色々な危険に常日頃からその身を晒していた。獣とか、他国の人間とか、災害とかね。それらに対する意識が、抱く感情の強さが、現代の人間のそれとは比べ物にならないほど強烈なんだよ。だから、過去の人間はこの技術を難なく使えたんだ。————それが感情の込められたものなら、願いだろうと祈りだろうと叫びだろうと、形にした時点で僕らの勝ち、世界の負けってワケさ」


 クルスが菓子の山に手を伸ばす。掴み取ったのはストレンジムーン。手の平大程の月を一口で三日月へ変えて、クルスは真剣な雰囲気を漂わせながら、生徒達を睨みつけるような眼で見つめた。


「この技術を使えば自身の心に刻まれた『何か』を顕現させる、いわゆる固有魔術というやつも、多少は生み出し易くなる。でも、憶えておきなよ。この技術に必要な感情は生半可なものではダメだ。理性を塗り潰す程の強烈な感情が必要になるんだ。自意識を失って魔力操作を誤れば、冗談も容赦も抜きで、死ぬよ? 決して傲慢になるな、油断なんてするな。世界を舐めてかかってはダメだ」


 普段まるで表情に変化を見せないクルスが、この時は曇天色の瞳を更に曇らせて警告した。

 ぞくりと背筋を這い上がる威風。真剣の意味が、この発言には色濃く染み付いていた。


「まあ、君達に限ってそんなことは無いだろうけど、一応ね。……もしそんなことになったら、全力で嘲笑ってやるよ」


 急に空気を弛緩させたかと思えばこの言い草である。


「まぁ解説はこの辺で。次はお待ちかねの演習だ。そうだね、僕が相手してあげるから全員でかかっておいでよ。勿論、『受け流し』を使って魔術を発動させること。出来なかったら宿題倍にしてあげるよ」

『それだけはヤメロォ!!』


 こうして、クルス対A組の激しい魔術演習が始まった。

 菓子を魔術で強化して飛来する魔術を叩き落とすクルスは、最後まで一歩もその場を動かなかった。

 肩で息をする生徒達を尻目に菓子を食らい、愉悦を感じながらクルスは授業を終えて演習場を後にした。


「成績優秀者の、誰も該当しないだなんて……そんなバカな」


 誰にも聞こえないような掠れ声を漏らして。













「何であんなに素早く魔術を防げるのです!? 本当に理解し難いのですよ!!」

「何が酷いって、三十人分の魔術がクッキー三枚で完封されたことだよね……あはは、私の『フロスト・バレット』クッキーに、ぺちって……あはははは」

「ふわあああ!? しっかりするのですよメィ!! 口から霊魂出てるのですよ!? 吸って吸って!!」

「————はうっ、私は何を……」


 授業後、リリィはメィドールと共に茶番を繰り広げて図書室へ向かっていた。

 廊下の窓から射し込む黄昏が、学園の美しい景観を夕陽の色に染め、燃え上がらせている。

 二人が歩みを進める度、幻想的な時間が流れて行く。

 陽気な色の街並みに合わせて、この学園も赤煉瓦を多用している。結果、明々と燃え上がる街並みに違和感無くとけ込む美しい楼閣が誕生する。

 図書室に到着した二人の視界に入ったのは、相変わらずの無表情で何やら調べ物をしている担任の姿だった。


「先生? こんな時間まで、何を?」

「……ああ、君達か。その質問をそのまま君達に返そうか、こんな時間に何をしに来たんだい? もういい時間だし、帰った方が良い」

「リリィが、借りたい本があるって言う、ので。先生は何を……『菓子の頂へ至る者の手記』……? 何ですか、それは?」

「見たところ、お菓子のレシピ集のようですが……魔術学園で調べるほどのことなのです? ていうか何で置いてあるんですか」

「それは知らないけど、凄いよこの本。隠し味に最適な材料や調理法の極意が事細かに書かれている。僕もかなりの年月、お菓子を作り食らって来たけど、こんな技術は知らなかったよ……流石ミステリス魔術学園、侮れないね」

「……疲れたので、ツッコミませんよ。ていうか、先生のお菓子って、手作りだったんですか?」

「そうだよ? 街の外れにある古い教会があるだろう? 僕はそこで神父をやってるんだよ。見てくれだけだけどね」

「見てくれだけ、ですか?」

「うん。実際やってることは孤児院と同じだし、教会らしいことはしないからね。小さい子もいて、たまにお菓子が食べたいと喧しい時があるんだよね。僕自身もお菓子好きだし、いっそ作ろうと思ってやってたら趣味になってた」

「本当に神父さんらしくないのですね、先生は————あっ、見つけたのです!」


 目当ての本を見つけたらしいリリィが嬉しそうに本を抱えて戻ってくる。

 その本を見たクルスが、不思議そうにその題名を呟く。


「『正義の魔術と悪意の魔剣』? お伽話を探していたのかい? 君は?」

「はい。私の夢は、このお話にでてくる正義の魔術を再現することなのです」

「確か、邪悪な心を持つ者から魔術を剥奪する魔術だったっけ……悪いけど、その夢はあまりオススメしないよ。断言しよう、徒労に終わる」

「あはは、メィと同じことを言うのですね。確かに、私はメィみたいに優秀じゃないので、遠い夢かもしれません。正義なんて人それぞれですし、『私の思う正しさというモノサシで測った結果』の悪は、誰かにとっての正義かもしれません。それでも、私はこの夢を諦めるつもりはないのです」


 夢を否定されたと言うのに、存外に冷静に夢を貫き通す意志を見せたリリィにクルスは疑問を抱いた。


「何故、そんなに拘る? それにそんなこと言ってたらさ、この世のどんな悪も転じて正義になっちゃうよ?」

「私は、憧れているのです。名前も知らない、とある魔術士さんに」

「へぇ、憧れ……因みに、どんな人?」

「『全ての物事には理由がある』が口癖の、魔女さんです! 」


 ————全ての物事には理由があるんだよ、クルス。そう、君が×××××な理由もね!


「…………」

「あの人は泣き虫だった私に、魔術で人が救えることを教えてくれたのです。自分が誰かの助けになれる、絶望を希望に変えられる。そう語ってくれたあの人の目は、私がこれまでに見てきた何よりも美しかったのです。私も、ああいう風になりたいのです」

「……そう。君がそこまで言うなら、僕に止めることは出来ないね」


 いつもより少し柔らかい声でそう言ったクルスは、幸せそうな視線をリリィに向けていた。


「ならば僕はそれを、微力ながらサポートしよう。先生であれと、生徒君達が願うなら……それが僕にとっての『正義』だ」

「————!」

「先生にとっての正義は、お菓子、じゃないんですか?」

「………………そんなことないさ」

「妙な間が、ありましたよ、先生……」

「——————先生」

「ん? 何だい?」


 メィドールの本音なのか冗談なのか判別の難しい質問に答えたクルスは、急に名を呼んだリリィへ振り向く。

 リリィは、輝くような——それこそ夕日に負けないほどの——笑顔で微笑んだ。

 

「私は、先生の正義を信じるのです。それが先生にとっての正義なら、それは私にとっても正義なのです。『全ての物事には理由がある』なら、私が先生を信じるのは……先生がこの学園の誰よりも優しいからです」

「優しい……僕が?」

「はいっ。そうじゃなきゃ、孤児院をやったり、殆ど赤の他人の私達に『死の近道を疾走する必要は無い』なんて、とてもじゃないけど言わないと思うのです。人って案外残酷ですから、ね」

「……なら、僕も冷酷な人間かもしれないよ? 人って残酷なんだろう?」

「『お菓子が好きな人に悪い人はいない』のですよね? なら、大丈夫なのですよ!」

「やれやれ、記憶力が良いのは優秀な魔術士の証、か。理由にはなっていないけども……そうだね」


 クルスは本を閉じて、リリィに手を差し出した。


「君の正義を、僕は守ろう。先生だからね」

「はいっ!! ありがとうございますっ!!」


 ぎゅっとクルスの手を握りしめるリリィ。

 夕日に照らされる教師と生徒の絆。絵画の一つでも描けそうなその空気を、メィドールが懐中時計を振り子のように揺らして崩壊させた。


「そろそろ、門限迫ってる、よ? 寮長さん、怒ったら怖いから、帰ろう?」

「ふあっ!? それはマズいのです! 先生、さようなら! また明日です!!」

「あぁ、さようなら」

 

 バタバタと慌ただしく去って行った二人の少女の、遠ざかる声と足音を聞きながら。

 クルスはぽつりと呟いた。


「一応と思って調べてみたけど、功を奏したね。まさか、よりにもよって、また会うことになるとは思いも寄らなかったよ……」


 クルスは魔装演習の授業で成績上位者、そして念を押して二十位以内の者にも魔術探知をかけた。

 しかし、彼の倒すべき敵はそこにはいなかったのだ。

 クルスは本を小脇に抱えると、空を灼く夕陽を睨んで、憎悪すべきその名を呼んだ。


「叛逆の魔剣『ビトレイヤル・ファング』……。————すまない、リリィ。僕の目には君が、究極の『悪』にしか映せないや」


 静かに、無感情に。そして無慈悲に。

 夕闇迫る学園に、神父・・の足音が響いた。

 

 



 


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