後編

「なんで!なんでどこにもいないんだよ!!」


「落ち着け、まだこの島にいるはずだ・・・誰もこの島を出ていないんだから、どこかにはいる」


「だったら、なんで二ヶ月の間で誰も見つけないんだ!!」


 クロにはもう気持ちの余裕がなかった。バギーを使えば、数日で一周できる旅路なのにそこにいるはずのスナネコとツチノコが二ヶ月探し回っても見つからない。かといって、クロがゴコクについてから船は出ていないため、二人が別のエリアに行ったわけでもない。


「気持ちはわかる、でも落ち着くんだ。焦ったから早く見つかる訳でもないだろう。もしかしたら明日見つかるかもしれないし、数ヶ月見つからないかもしれない。体力はとっておけ」


 正直なところ、バリーもあまり余裕がなかった。捜索を始めて一ヶ月を過ぎた頃からクロはこんな感じだし、バリーに当たってくることはないものの隣にいるのが少々辛くなっていた。かといって、見捨てる訳にもいかないし、なにより、それでもバリーはクロのことを気に入っていたのだ。


「うぅ・・・ごめん、バリーさん。また怒鳴っちゃった」


「気にしないさ。ただ、もう少しリラックスした方がいいな」


「うん・・・」


「ギターとやらでも弾いたらどうだ?」


「うん・・・うん?ギター?」


 バリーの提案に、クロが首を傾げる。そして、虚空を見つめながら考えるポーズを取り、数十秒後・・・


「それだ!!それだよバリーさん!!」


 クロがパチンと指を鳴らした。


「? 急にどうした?」


「ライブをすればいいんだ!僕がステージでギターを弾いて、たくさんのフレンズに観てもらう!ギターを弾くフレンズがいるって話題になったら、スナ姉たちにも届くかもしれない!」


「なるほどな。それで会いに来るかは別として、このまま島を回るよりはいいかもしれない」


 それに、クロの息抜きにもなるだろう。そう考えてバリーは顔に頬笑みを浮かべたが、クロはそれに気が付かない様子だった。


「よおし、そう決まれば場所の確保もしなきゃいけないし、宣伝もしなくちゃ・・・」


 クロが久々に笑顔をみせ、わたわたと動き回りながら思考をめぐらせている。バリーは思わず笑顔を見せた。





 半月後。キョウシュウのような大きなものではないが、ステージも確保し、宣伝も済ませ、ギターの練習も多少した。その間にも、もちろんスナネコ達を探したし、港を出たフレンズはいなかった。


「ついに明日だな?」


「うん、もしかしたらスナ姉が噂を聞いて来てくれるかもしれないし、そうじゃなくてもいい情報が貰えるかも!」


「頑張れよ」


「うん!」





 次の日。予定通り、クロはステージに立っていた。


(スナ姉が隣にいてくれたら、もっとよかったんだけどな・・・)


 大勢集まってくれた観客のフレンズたちに手を振りながら、クロはそんなことを考える。みんな大騒ぎしていたが、クロがジャンとギターを鳴らすと一斉に静かになった。


「今日は集まってくれてありがとう。キョウシュウっていう、隣の島から来ました。クロユキっていいます」


 マイクなどはないので、声を張って観客席に呼びかける。すると、拍手や歓声などが返ってきた。


「実は、僕は大切な人を探すためにここに来ました」


 そう言いながら、観客席を見渡す。スナネコとツチノコの姿はないようだった。残念に思いつつも、言葉を足す。


「スナねぇ・・・コのフレンズさんと、ツチノコのフレンズさんなんです。もし、どこかで見かけたという人がいたら、このライブの後で教えてください」


 それだけ言って、口を閉じる。ゆっくり、息を吸って、吐いて・・・緊張を解してから、一際大きな声を出した。


「それでは聴いてください!一曲目・・・」


 どうか、この歌がスナ姉に届きますように。


「ぼくのフレンド!」





 結果として、ライブは大盛り上がり。催しとしては、大成功という形で幕を閉じた。


 しかし、スナネコに関する情報はひとつも集まらず、当日としての収穫はゼロ。後は、スナネコを探していることを多くのフレンズに知ってもらったことがどう出るかという感じだった。


「はぁ・・・」


「クロユキ、そんなに気を落とすな。これからだろう?あんなにフレンズが集まったんだ、きっとどこからか情報が来るさ」


「うん・・・」


「・・・気持ちはわかる。だが、効果はもう少ししてから出てくるさ」


「うん・・・」





 一週間後。まだスナネコの情報は集まらない。既に習慣となった、寝る前のクロのギター演奏が、その日は随分と荒れていた。


 いつも丁寧に演奏されるギターが、今日は掻き鳴らすように奏でられる。奏でる、という表現を当てるべきではないのかもしれない。ただひたすら、曲の形をなぞってめちゃくちゃに弾いているようだった。


「クロユキ・・・」


 バリーが小さく声をかけるが、クロはそれが聞こえてないらしい。ギシャギシャな演奏に、バリーも獣の方の耳を思わず塞いだ。


「クロユキ!!」


 次は強く。クロがやっとギターから手を離し、バリーの方を向いた。不機嫌そうな顔だった。


「・・・なに?今、演奏の途中なんだ」


「それがお前の演奏か?いつもはもっと丁寧だろう」


「・・・音楽っていうのは、心の内が出てくるものなんだ」


「気持ちはわかるが、それでは・・・」


 バリーが喋っている途中で、目の前の光景に驚いてつい言葉を止める。クロが、思い切り地面を叩いていた。ヒトの力で叩いたのではないような、鈍く大きい衝撃音が耳に飛び込む。


「バリーさんはさ・・・」


 クロは震えた声で話し出した。今にも涙が出そう、もしかしたらもう泣いているのかという声だった。


「いつも言うよね、『気持ちはわかる』って・・・でも、バリーさんは誰かを死ぬほど好きになったことある?この世のなによりも大切な人が、自分の目の前から消えた気持ちがわかる?」


 バリーが思わず、唇を閉じる力を強める。クロの気持ちは理解しているつもりだった。

 しかし、旅の初日に言ったことも覚えている。クロがあまりにもスナネコのことを語るので、「大好きなんだな?」と質問して頷かれた時。


“私にはよくわからんな・・・”


 そう、呟いていた。フレンズには雌しかいない。ましてや、恋愛の概念は失われつつある。そんな島で生まれ育ったバリーには、そんなに熱烈に誰かを好きになるというのは経験のないことだった。ゆえに、「わからない」とした。


「それは・・・」


「ない、よね?仕方ないよ、フレンズはみんな女の子だもの・・・でも」


 クロがギターを地面に捨てるように置き、バリーの方へ一歩近づく。その拳はギュッと握られていた。


「そんなに軽々しく、『気持ちはわかる』なんて言わないでよ!僕の気持ちなんて、わからないくせに!!」


 クロは、そう言い放った。言い放ってしまった。


 バリーも座ってそれを聞いていたが、思わず立ち上がる。確かに、恋なんてしたことはない。しかし、二ヶ月半も一緒に旅をした相手の気持ちが全然わからないという訳でもない。その期間で、多少はクロの焦りや辛さなどは汲み取り、理解できたはずだった。故に、このクロの言葉に無反応であるわけにはいかない。


「クロユキ、確かに私はお前がスナネコを想う気持ちがどれだけ大きいのかはわからない。だが、お前のイラつきなどは十分理解している」


「どうだろうね?」


「・・・そんなに辛いなら、私にその感情を向けてみるか?八つ当たりってやつだ。多少は楽になるだろう?」


「そんなことで楽になるわけないよ!!やっぱり僕の気持ちなんてわからないんだ!!」


 クロは、もう我を見失っていた。本当はこんなことを言う人間じゃない。バリーが悪くないことくらいはわかっている。しかし、目がくらんでその『理解』すら見えなくなっていた。


 だから、クロは苛立ちのあまりにバリーの胸ぐらを掴んでしまったのだ。


「ただ、君が強いということはなんとなくわかっている。そのつもりなら、私も本気で相手をしよう」


 バリーとしては、一旦頭を冷やさせようというつもりだった。クロのことを憎く思っているわけではなく、単純にこの昂ってしまっているのを治めてやろうと思っただけだった。


 クロが獣のように肩で息をしている。フー、フーと荒い呼吸が口から漏れていた。


「いいぞ、来い」


 バリーがそう口から吐くと、クロが吼えた。それこそ獣のように、ガァァァァァッッっと雄叫びをあげた。


 それと同時に、バリーは自身の胸ぐらを掴んでいるクロの手を剥がして距離をとる。


「ハァッ・・・ハァッ・・・どうなっても知らないよ・・・」


「やってみろ」


 バリーの返事と同時に、クロは体内のサンドスターを激しく動かす。射出して攻撃する用、自分を守る壁用、近距離攻撃用・・・凄まじい速度で戦闘準備を整え、バリーに向かって一歩駆け出した。


「ガァァッッ!!」


 走りながら、サンドスターをバリー目掛けて撃ち出す。当たればそこそこのダメージになるが、クロは牽制としてそれを放った。バリーはそれに一瞬だけ驚いた顔を見せたが、サンドスターと地面が激しくぶつかった土煙でその顔は一瞬にして隠れた。


 そして、次の瞬間。


「やはり、感情に振り回されて周りが見えなくなっているな」


 そんなバリーの声が聴こえた。クロの背後から。


 クロはグルンとそちらを振り返り、急いで攻撃しようとする。が、攻撃を加えようとする動きがピタッと止まる。首に、バリーの手・・・正確には、手刀の側面が優しく触る感触を感じたからだ。


「・・・いいなクロユキ、頭を冷やせ」


 バリーがそう言い放つと、クロの首に触れていない方の手でその頭を鷲掴みにした。そして、そこにキュッと握力をかける。


 バリーの手の中で、クロが呻く。痛みゆえだった。


 十秒ほどしてからそれを離すと、クロはその場によたよたと座り込んだ。


「・・・ごめん、バリーさん」


「平気さ、頭は大丈夫か?」


「うん。ジンジンするけど、まぁ・・・」


 つい先程、戦闘を行っていたとは思えない穏やかな口調で会話をする二人。バリーはクロの前にしゃがみこんで、またその頭に手を乗せる。今度は鷲掴みにするのではなく、その黒い髪を優しく撫でた。


「少し冷静になれ。視野を広く持て。そんなに狭い視野だと、スナネコを見落とすかもしれないだろう」


「うん・・・」


 クロは弱々しい動きで頷いたが、その眼はしっかりと力を持っていた。


「あのさ、バリーさん・・・」


「どうした?」


「ここからは、一人でスナ姉を探すよ」


「私に気を遣わなくてもいいぞ?今回の件で、気を悪くしたりはしないさ」


「でも・・・」


 クロが、その力強い眼からの弱々しい目線をバリーの顔に当てる。それを見て、バリーもふふっと笑った。


「なんとなく、。私は自分の住処に戻るよ。困ったら、いつでも声をかけてくれ」


 バリーはそう言って立ち上がり、クロに背中を向けた。そして、少しずつ歩き出す。クロはそれを呼び止める。


「あの!」


「・・・どうした?」


「長い間、ありがとう・・・」


「こちらこそ。私としては、短い間だったがな」


 クロが手を振ると、バリーは笑顔で振り返してくれた。


 そこで、二人での旅は終わった。





 そこから一週間ほどした頃の早朝。クロは浜辺で、なんでもなくギターを弾いていた。曲は、「ぼくのフレンド」。


 気持ちよく演奏していた途中で、クロの腕から小さく音がした。機械音だ。


「ア・・・」


「どうしたのラッキー。久々に喋ったね?」


「クロ、近クニ フレンズ ガ居ルミタイダヨ」


「フレンズ?」


 そう言って、振り向いた。少し遠くの方で、クロのことを見ているフレンズが二人いた。二人とも、クロがよく知る人物で、クロをよく知る人物だった。


 思わず立ち上がり、その名を呼ぶ。正確には名前ではないが、クロにとってはそう呼ぶのが一番しっくりきた。


「スナ姉・・・!」

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