後編

 砂漠の夜は冷える。よく知っていたことだが、ツチノコの身にはその感覚が久しぶりだった。


 外には星が輝き、月明かりで砂が青白くなる時間帯。もう誰もが寝静まったような時間帯。


「・・・行ってくる」


 「寝る」と言いつつしばらく泣いていたスナネコだったが、もうすっかり寝てしまった。その背中にツチノコは小さく声をかけて、スナネコの巣穴の奥からバイパスに足を踏み入れる。


 カツ、カツ、カツ、カツ、カツ・・・


 昼間にも実感したが、ここは音がよく響く。ツチノコ自身の足音のみの真っ暗な空間を進み、『いせき』こと地下迷宮の入口に着いた。


「おっ・・・と、この下駄は動かさないようにしなくちゃな」


 入口の僅かな隙間を抜けようとする際、その扉に挟まれた下駄を発見した。かつての自分が、入口が閉じないように挟んでおいたものだった。かばんとサーバルがそれを閉めてしまった時には、怒鳴ったものだ。なんて、過去の記憶に思いを浸らせる。


「さて、と・・・俺が寝てる部屋に行かなきゃな」


 久しぶりだが、何度も歩いた地下迷宮を一人で進む。やがて辿り着いたのは、自分が寝床にしていた一角。


「ピット器官・・・」


 別に口に出す必要はないが、小さく呟く。ツチノコ特有の能力であるピット器官。赤外線を可視化することができ、そのおかげで壁越しでも生物の存在を確かめることができる。


 ツチノコの視界には、二つの熱源。ヒトの形をしているが、二つとも尻尾があり片方は猫耳が生えている。この時代のツチノコとスナネコだ。二人とも横たわっており、動かないことから寝ていることがわかる。


 それを確認して、ツチノコはゆっくりと歩き始める。スヤスヤ寝ている二人を起こさないように、そろりそろりと部屋の中を歩く。


「コレだな」


 ツチノコがしゃがみこんだ場所にあったのは、小さな箱。蓋を開けると、中に十数枚のジャパリコインが入っていた。その中から、一枚だけ特別なコインを見つけ出す。


「・・・間違いない」


 両面が同じ柄。本来は裏表で違う柄のはずが、何らかの理由で両方が表の柄になっているコインだ。それをポケットに突っ込み、部屋を出ようとする。


「・・・」


 過去の自分が寝ている隣でコソコソしているというのは、なんとも妙な感じだ。


「・・・じゃあな、頑張れ」


 なんとなく、そう呟いた。





「ツチノコ、朝ですよ。ふぁぁ・・・」


 欠伸をしながらツチノコを肩を揺さぶるのは、スナネコのフレンズ。未来から来た方だ。


「ん・・・目が覚めたら元の世界ともいかないか・・・」


 スナネコが起こしたことで目が覚めたツチノコ。両手を上げて背伸びをし、ゆっくりと立ち上がる。


「そろそろココを出なきゃな、お前が帰ってくる」


「ボクですかぁ?そうでしたねぇ、そろそろかもです」


 朝食は後で摂ればいいということになり、二人で洞穴の外に出た。


「この後どうしましょうか?」


「さァな、ここに来た時の階段でも昇り降りするか?」


「しばらくはこの辺をプラプラですかね、ふぁぁ・・・」


 一晩過ごせたはいいが、元の時間に戻る方法がわからない。わかるはずもない。


「まぁ、観光だと思って旅してもいいだろ」


「見納めですね、すこしワクワクしてきました」


「お、そうか?」


「・・・いえ、やっぱりそうでも・・・」


(だよな)





 その後は、数日間さばくちほー周辺をぶらりと旅をしていた。他のフレンズに見られるのはマズいと感じたので、人目につかないように夜の間の行動が多かった。


 そして、その何回目かの夜。ツチノコは先日自分自身から盗んできた両面表のコインを眺めていた。


 そんな時、聞きなれない音がどこからか聞こえてきた。


「この音、前に聞いたことある気がするな・・・スナネコ、覚えてないか?」


「・・・ツチノコ、これ、ボスの声です」


「ボス?ああ、ラッキービースト・・・こんな変な音出したっけか?」


 ピロピロピロピロ、という音がだんだん大きくなる。と、言うよりは近づいてくる感じだ。やがて、ひょっこりと二人の元に一体のラッキービーストが現れた。しかし、見慣れたラッキーではない。目の周りが虹色に光っている。


「なんだこれ?」


「しっ、ボスがお話しますよ?」


 珍しくスナネコが真剣な顔をしている。ツチノコが喋るのを止めるので、ツチノコも静かになってラッキーを見守る。すると・・・


『非常事態発生!非常事態発生!』


 そう、忙しなく騒ぎ始めた。


『パークガイド ガ セルリアン ニ 襲ワレテイマス!救助ニ向カエル フレンズ ハ、直チニ向カッテクダサイ!場所ハ・・・』


 その声に、スナネコとツチノコで顔を見合わせる。


「パークガイドって・・・ミライはこの時代にはパークにいないし、誰だ?」


「・・・もしかして」


 そんな会話をしている間にも、同じ文をリピートしていたラッキーだったが、一瞬だけ、温もりのある機械音が聞こえた。作業的に繰り返される連絡とは違う、人間味のある文だった。


『現場ノ ラッキービースト カラ報告・・・


 かばんガ危ナインダ。オ願イ、手ヲ貸シテ


 以上、繰リ返シマス・・・』


 またしても、二人で顔を見合わせる。二人とも、このことはよく覚えていた。その鮮明な記憶が、色あせるわけがなかった。


 黒セルリアン。その時のパークにいるほとんどのフレンズが見たことないほど巨大だったセルリアンだ。最初はサーバルが飲み込まれ、それをかばんが救出するも逆にかばんが犠牲に。最終的には船を利用して海に沈めることで撃退した・・・


「行かなきゃ!」


 スナネコが駆け出そうとする。が、その腕をツチノコが掴んだ。スナネコの足が止まる。


「ダメだ!ここで俺たちが行ったら、それこそタイムパラドックスとやらが起きる!」


「でも、助けなきゃダメです!」


「気持ちはわかる!でもあの場所にはこの時代の俺たちが行ったはずだ!このラッキービーストの通信を聞いて・・・ん?」


 ツチノコが、自身の過去の記憶を掘り起こす。確か、あの日の自分はこのラッキーの声を聞いた時に感じたことがあった。それは、地下迷宮にかばんが来たからこそ考えたことで、今考えてみたらやはりおかしいことだった。


“こんな場所にラッキービーストが来るなんて珍しい”


 そう感じたはずだった。かばんと行動を共にしていたラッキーも、ツチノコとかばん、サーバルで行動している時にはどこかへ消えていた。そして、ゴール地点で合流したのだ。おそらく、アトラクションだからそこには入らなかったのだろう。


 しかし、この緊急通信をツチノコに伝えに来た。地下迷宮の中へ。


 その時はかばんのことで頭がいっぱいで、まともに考えなかった。しかし、ラッキービーストがアトラクションの中にツチノコが住み着いていたなんて知らないはずだ。ましてや、フレンズが中にいることも予想しなかったろう。なのに、何故伝えに来ることができたのか?


「スナネコ、俺たちには俺たちの仕事がある。コイツを抱えて走るぞ」


「? どうするんですかぁ?」


「これを、この時代の俺に届ける。そうしないと、俺はこのことを知らないまま一晩過ごすことになるんだ」


「と、いうと・・・」


「かばんを助けに行けない。それどころか、溶岩について知っていた俺がいないとやっつけることすらできない」


 ツチノコがそう言うと、スナネコは無言でラッキービーストを抱えた。そして、ツチノコと目を合わせてコクンと頷く。


 ツチノコもそれに返すよう、頷いてみせた。


 そして、一斉に駆け出す。





 スナネコの住処の中には、誰もいなかった。おそらく、この時代のスナネコはもうかばんを助けに向かったのだろう。そこを突き抜け、バイパスに降り立つ。そこも全力で駆けて、地下迷宮の入口までやってきた。


「この中まで入るぞ!ココの俺のすぐ近くに置いてくるんだ!」


「わかりました、行きましょう」


 二人で入口を潜り、地下迷宮を駆ける。考えてみれば、この場所を二人で歩くのもとても久しぶりだった。しかし、今はそれどころではない。


「くそっ、この時間だとまだ起きてるな・・・どこにいたっけ・・・」


 ツチノコは走りつつピット器官で過去の自分の姿を探す。しかし、遠くのものまで見透かせるほどピット器官も強力ではない。


 すると、スナネコが急に立ち止まった。ツチノコもそれに引っ張られたように急停止する。


「ツチノコ、あれ」


 スナネコが、木でできた仕切りの隙間を指さす。板と板の僅かな隙間から、茶色の縞模様のパーカーが確認できた。


「スナネコ、ラッキービーストを貸してくれ」


「はい?・・・はい」


「よし、悪く思うなよ」


 ピロピロと騒ぎ続けるラッキービーストを抱えて、ツチノコが振りかぶる。そして、それをぽいっと遠くに投げた。


『アワワワワワワ・・・』


「あぁ〜、ボスが・・・」


「仕方ないだろ。でもこれで、俺と出会うだろ」


 ひと仕事終えた頃には、二人とも息を切らして汗だくになっていた。


「け、結構走ったな・・・」


「疲れました・・・ボク、こんなに体力なかったんですね」


「というか、最近落ちてないか?何かあったら言えよ」


「いえ、特に・・・」


 そんなやり取りをしながら、へたへたと二人でその場に座り込む。


「ボク、急に眠気が・・・」


「おい、ここで寝たら明日の朝に見つかるぞ・・・」


「はい・・・」


 そう言いつつも、スナネコは目を閉じてしまった。そのままスヤスヤと寝息を立てている。ツチノコは、まぁ多少は大丈夫かとそこで休むことにした。


 あとからスナネコを背負ってどこかへ行けばいい。自分も疲れたから、しばらく休憩にしよう・・・


 そう思っているうちに、ツチノコの意識もいつの間にか夢の中へ溶けていった。





「ツチノコ、朝ですよ。ふぁぁ・・・」


 欠伸をしながらツチノコを肩を揺さぶるのは、スナネコのフレンズ。未来から来た方だ。


「ん・・・あれ、ここって・・・」


 ツチノコが、寝起きの目を擦りながら周りを見渡す。見覚えのある場所。展望台への階段だ。最後に見た時は霧が濃く、上まで見れなかったが今ではしっかり見える。途中で階段が崩れていた。


「そうですよツチノコ、ゴコクです」


「・・・俺たち、石階段の上に寝てたのか?」


「みたいですねぇ、ところで・・・」


「階段だろ?全く、どうなってんだ・・・」


「キョウシュウに行ったのは夢ですかね?」


「二人で同じ夢見るのか?ないだろ」


「不思議ですねぇ」


「だな」


「まぁ、でも・・・」


「?」


「騒ぐほどでもないか・・・」


 いつも通りの流れに、ツチノコがクククと笑う。結局、何が起きたのかはわからない。


「ツチノコ、今日も旅の続きをしますよ」


「ああ、そうだな」


 そう言って、二人で歩き始める。ツチノコはいつもの様に、ポケットに手を入れた。その時、硬いものが指に触れる。それを掴んで、引き抜いてみた。


 両面表のジャパリコイン。


「・・・でもま、騒ぐほどでもないよな」


 そう呟いて、先を行くスナネコを追い始めた。

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