中編-1
「おお〜、あんなにおおきな砂嵐を見るのも久々ですね」
スナネコが、熱い砂の上にぼーっと突っ立ってとおくの竜巻を眺める。砂を巻き込みながら勢いを増し、恐ろしい大きさに成長したそれはスナネコの目には懐かしく写った。過去のワクワクとした気持ちが思い出される。
「ほらほらほら!ここは危険だ、早く戻るぞ!」
そうスナネコの手を引くのはツチノコ。砂漠の真ん中で、迫り来る竜巻を眺めているスナネコをどうにか安全な場所に連れていこうとするも、なかなか彼女は動かない。
二人はつい先程までゴコクエリアに居た。しかし、霧に包まれながら階段を降りていたらいつの間にかキョウシュウエリアのさばくちほーに帰ってきてしまって・・・
二人の故郷と呼べようその地を目的もなく歩いていたのだ。
「いいじゃないですか、ボクは昔巻き込まれたこともありましたし」
「ダメに決まってんだろ!いいから逃げるぞ!」
ツチノコは引っ張る、スナネコは突っ張る。一向にその場から動く気配はなく、二人の視界の砂嵐はどんどん大きくなるばかりだった。
「ほら!もう充分だろ!走って逃げるぞ!」
「はい・・・あ、それなんですが・・・」
もう限界、今逃げなくては巻き込まれるというギリギリのところでついにスナネコが折れた。ツチノコが力強く引っ張るのにつられて、その華奢なようで頑丈な体が動く。
そして、そのままへたりと座り込んだ。
「ア゚アアアアッッ!?!?!?何してんだコノヤロ!座ってないで動け!」
「いえ、動きたいんですが、急に疲れが・・・息も切れるし、なんだか気持ち悪くて」
そう、スナネコが答える。その顔は赤くなっていて、ハァハァと今までのタフさが嘘のように息を切らしていた。
「はああああああ!?!?もういい、おぶるから俺に掴まってろ!ほら!」
ツチノコはスナネコの前にしゃがみ、背中を見せる。スナネコは申し訳なさそうにその背中に乗っかり、腕をツチノコの体にしっかりと絡めた。
「くっそ、この辺に洞穴は・・・久々だから忘れちまった」
「この辺にはありませんねぇ」
「おい、喋ると舌噛むから黙って・・・今、なんつった?」
「この辺にはないです、ばんじきゅーす ですね」
スナネコがいつもの無表情でそう言い放つと、ツチノコは無言で絶望の顔を見せた。それでも彼女は走り続けたが、そんなもので竜巻から逃げられるわけがない。
「なぁスナネコ、なんで俺たちキョウシュウに帰ってきたんだろうな・・・」
「さあ?不思議なこともありますねぇ?」
「全くだ」
そんなやり取りをしながら、彼女たちは目を閉じた。砂嵐の中で、とても目は開けていられないからだ。やがて体を強い風が包み、小さな砂の粒が肌を刺激し、全身を浮遊感が襲った。
「スナネコ!絶対手ぇ離すなよ!」
ツチノコが口の中がジャリジャリするのを我慢しながら、自分の手にがっちり掴まっている相手に叫ぶ。目は開けられないので確認できないが、スナネコは肯定するようにその手を握る力を強くした。
(懐かしいですねぇ、サーバルとかばんに会った時以来・・・かばん・・・かばん?)
スナネコはまたまた懐かしい感覚に身を浸らせていたが、その中で思い出されたワードが引っかかった。
かばん。
パークの英雄。一度ゴコクに旅立つも、カコの忠告を受けてキョウシュウに帰還。そこで出会った特異な人物、シロと恋に落ちて結婚。二人の子供を産んだ。
その子供の一人がシラユキ。もう一人が・・・
(クロ・・・今、どうしてるでしょうか?)
クロユキ。スナネコが愛する、その人だ。
そんなことを考えていた時に、スナネコの頭に鋭い衝撃が走る。
「んんっ!?」「おぉ!?」
ゴヅン、という音と共に二つの声。一つがスナネコ、もう一つはツチノコではない誰か・・・それはスナネコはいつも自分から聴こえた声で、ツチノコはスナネコから聴いていた声だった。
しかしその正体は確認できないまま、スナネコは頭に残った鈍い痛みに涙を浮かべながらも竜巻に巻き込まれての飛行を続けた。
ぼすっ。ぼすん。
砂漠に二つ、フレンズが砂に大の字に叩きつけられた影。もちろんツチノコとスナネコだ。砂嵐から投げ出され、無事(?)に着地していた。
「ぺっ!」
ツチノコは口の中に溜まった砂を吐き出す。スナネコもそれに習って、ぺぺっと口の中をサッパリさせた。
「さて、これからどうするか・・・一体何が起きてるんだ?」
「・・・」
「この砂漠はキョウシュウで間違いないだろうが、さっきまで俺達はゴコクにいたのに・・・」
「・・・」
ツチノコが砂を払いながらスナネコに話しかけるが、スナネコはそれに言葉を返さない。ぼーっとした顔はいつも通りだが、ツチノコにはそれが何かを考えている表情なのが理解できた。親友ゆえ、だ。
「スナネコ?」
「はい」
「・・・この後どうしたいかはお前に任せる」
ツチノコがそう言うと、スナネコはその綺麗な目を見開いた。図書館に行くと言うならそれでいい、そこでクロと再会して、そのまま自分だけゴコクに帰ればいい・・・そんな考えでツチノコはそう発したのだった。
「・・・」
しかし、スナネコはなかなか答えを出さない。表情は崩さずに考えているうちに、彼女の目から液体が流れ落ちた。透明なそれは、砂に落ちて瞬時に消える。何滴も何滴も、熱い地面に吸い込まれていく。そのうちに、震えているがしっかりとした声でツチノコに向かって放った。
「・・・ボクは、どうしたらいいでしょう・・・?」
「どうとでもしろ」
「じゃあ、ツチノコに着いていきます」
「図書館はいいのか?」
「・・・ツチノコに着いていきます」
スナネコのその答えに、ツチノコは大きくため息をつく。彼女に見えにくいよう、うつむきながらだ。そして、砂嵐で乱れたポニーテールを直しながらこう提案した。
「喉が乾いたな、湖畔に行こう」
「はい」
ツチノコとしては、無理にでも図書館に連れて行きたかった。クロと会えば、きっと泣きながら抱き合って、そのまま残ると言うに違いない。スナネコは幸せに、そうなればツチノコ自身も満足だ。
しかし。
やはり、ツチノコには無理だ。せっかく来てくれた親友、無理やり追い返すなんてそんなことができるわけがない。だから、彼女から何とか「クロに会いにいく」と言わせたかった。そうすれば自分も心苦しくない。
「ツチノコ」
「なんだ?」
「おんぶしてください、やっぱり体がだるくて・・・」
「・・・ったく、回復したら歩けよ」
そう言ってツチノコは、スナネコをおぶって歩き始めた。
しばらく歩いて、さばくちほーを出るゲートにたどり着いた。そのまま歩き続けて、湖畔にも到着。水を飲んで一息つこうと、二人並んで湖の縁に座った。そこで、ツチノコが異変に気づく。
「・・・スナネコ、あそこに沈んでるのって・・・」
「はい?」
スナネコは水面に直接顔を近づけて、ぴちゃぴちゃと水を飲んでいたのをやめてツチノコの指す方向を見る。ツチノコが指さしたのは水の中、湖のそこに沈む綺麗に切りそろえられた丸太たち。腐ってもいなくて、真新しい。
「・・・そういえば、ビーバーもいませんねぇ?」
ここに住まうビーバーと、プレーリードッグ。その二人がいない。用事で出かけることもあるだろうが、それがなんだか妙な感じがした。
「それより、今気がついたんだが」
「ボクもです」
「「これは一体・・・」」
スナネコとツチノコが声を揃える。これは一体、と言うが特に何があったわけではない。むしろその逆。
何もない。
湖畔が、ただの湖畔なのだ。本来、そのビーバーとプレーリー、正確にはサーバルとかばんも協力して作り上げたはずのログハウスがないのだ。
「でも、随分前に建てた家ですよ?そろそろ作り直してもいい頃ですし、その材料を集めるために二人がいないのかも」
スナネコにしては筋が通りそうな意見に、ツチノコは「かもな」と返す。それなら、沈んでいる丸太が最近まで家だったものとも考えられるだろう。
しかし、それではおかしい。湖の真ん中に建てられた家に行くためには、プレーリーが掘ったトンネルを通らなくてはいけなかった。そのトンネルすら見当たらない。埋めた跡さえない。
そんな時に、二人にとって聴き覚えのある音がした。パークではなかなか聴くことのない、機械的な音。オオカミが唸るみたいな音。エンジン音。
「スナネコ!逃げるぞ!」
「はい?」
「いいからこい!」
スナネコの手を引いて、ツチノコは走り出す。道は使わず、湖畔の木々の間をぬって湖から離れていく。やがて、砂漠まで戻ってきた。
「どうしたんですかぁ?」
「スナネコ、お前に双眼鏡預けておいたよな」
「はい、これですね」
スナネコが荷物の中から双眼鏡を取ってツチノコに渡す。旅立つ時にカコから貰ってきたものだ。
そして、ツチノコはそれ使い、サンドスター火山に目を向けた。
「おいおいおい、ウソだろ・・・」
思わず、ツチノコが呟く。彼女が見たのは、人間の負の遺産とも言えよう存在。
戦闘機。そう、彼女は記憶していた。
かつて、まだシロがパークに来てさほど時間の立たないころ。あの戦闘機がセルリアン化して騒動を起こした。ツチノコにとって、思い出深い事件だ。
“ツチノコちゃんにぃ・・・手ぇ出してんじゃねぇよッ!”
親友の言葉を思い出し、クククと笑みがこぼれる。しかし一旦冷静になると、笑ってる場合じゃないなと再実感した。
さて。
スナネコにこの事を伝えるべきか?
ここに、クロはいるはずがないということを。
ツチノコは、不思議そうな顔をするスナネコを見ながらそんなことを考えていた。
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