前編

 ここはゴコクエリア。キョウシュウと同じようにフレンズがたくさん暮らし、ヒトが楽しむために作られたスポットも数多くある。もっとも、今はそれを利用するヒトはいないのだが。


「次はどこに行くのですかぁ〜?」


「地図で言えば、ここの高台だな」


 ヒトが楽しむためのスポットがあるということは、彼女が楽しむスポットも多いということである。


「ツチノコはそんな所で面白いのですかぁ?」


「ここもヒトが何か手をつけてるみたいだからな・・・


 な〜ん〜で〜も〜?海の眺めを楽しむのにわざわざ階段やら石畳やら作ってて〜、色んなパークの文献にも?ここの場所は必ずと言っていいほど載せられているんだァ!それに加えて・・・」


 急に早口になったのはツチノコのフレンズ。本来、独特の模様の長袖パーカーを着ている彼女。しかし、このツチノコはフードを下ろして髪を結び、袖は無いという開放的な格好である。


 と、そんな彼女は今顔を真っ赤にして隣にいるもう一人のフレンズを見つめていた。


『なんだオマエー!キックシャー!』


 なんて威嚇するような事をしていたのは昔の話、今の彼女は恥ずかしさを表に見せつつも冷静に対応する。


「なんだよ、なんか言えよ・・・」


「はあ」


(飽きやがったなコイツ)


 ここまでがいつもの流れだ。

 さて、このツチノコの早口トークのうちに興味を失ってしまった彼女はご存知スナネコのフレンズ。旅慣れしており、ツチノコの旅について歩くのは全く苦ではない。だが、ツチノコの楽しんでいるものを深いところまで楽しめているかと言うとそうではないのかもしれない。

 それでも、彼女はツチノコのためにこの旅に同行したのだ。


「わあー、面白い切り株ですねー」


 そして、こうやって時々立ち止まりツチノコの歩きを遅らせる。しかし、ツチノコもそれを嫌に思うことなくそれに付き合う。ただの親友を超えた関係だから、という理由があるかもしれない。


「お前はそういうの好きだよな?」


「座り心地よさそ〜」


 そういうスナネコはどこか疲れたような顔をして、切り株を眺める。ツチノコも何かを察し、スナネコに声をかけた。


「少し休むか?急ぐ理由もないしな」


「いえ・・・別に」


(飽きたな)「そうか」


 本人がいいと言うなら無理に休む必要も無い。ゆっくりでも問題ないが早いのに越したことはない。単純でもっともな考えのもと、ツチノコは歩き出す。スナネコもそれに続いて歩く。





「よし、ここだな」


 ツチノコが地図を見ながらたどり着いたのは、高台まで続く石階段。横にいるスナネコが遊んでいた方位磁針を半ばひったくるように手にしたツチノコは、方角も見た上で目標の場所だと確認する。


「ほれ、返す」


「はい・・・」


「・・・やっぱ俺が持っておく」


 スナネコがもう方位磁針に興味を示してないことを悟り、ツチノコはそれをポケットにしまった。


「よし、登るか」


「くたびれそうですねぇ」


「お前がくたびれるなんてあるのか?」


「あるかもしれませんよ?ないと思いますが」


「だろうな」


 そう言って、階段の正面に立つ。

 相当な高さまで階段が続いている。途中から霧がかかって上が見えない。ツチノコはパークの文献(観光パンフレット)で知ったのだが、五百段ほどあるらしい。もっとも、緩やかな階段のため高さはさほどでもないのだが、そこそこの労力がかかる。


 千里の道も一歩から、五百段の階段も一段から。


 二人は焦るわけでもなくゆっくりと階段を登り始めた。





「霧が濃くなってきたな」


「真っ白〜!」


 随分上がってきて、霧の中に入ったようだ。ツチノコは舌打ちをし、スナネコははしゃぐ。かつては砂嵐を好奇心で見に行き、巻き込まれて宙を舞った彼女だ。霧の真っ白も楽しくて仕方ない・・・


「・・・まぁ、騒ぐほどでもないか・・・」


 のもわずか数秒であった。


「ったく、ちゃんと足元見て登れよ」


「はい」


 二人の声と石階段をふむ音は、反響するような壁のない霧の中に溶けていった。





 サァッと気持ちの良い風が吹き抜ける。


「登ったな」


「登りましたね」


 長い階段を登りきり、見晴らしのいい高台に二人は立っていた。島の半分はここから見れるという触れ込みだったのだが、残念なことに下は霧になってしまっていた。逆に遠くならよく見えて、海の綺麗な様子をじっくりと眺められた。


「綺麗だな?」


「はい・・・」


「なんだよ、もう飽きたのか?」


「はい・・・」


 ツチノコが喋りかけるのに、スナネコは気のない返事しか返さない。試しにもう一言喋りかけてみる。


「・・・今日の天気は?」


「はい・・・」


 やはりおかしい。いくらなんでも文が噛み合わなさすぎる。青い海から目を離し、ツチノコが見たらスナネコの目は潤んでいた。


「どうし・・・」


 なぜ?理由を問おうとしたツチノコが言葉を飲む。理由は彼女の目線の先にあった。


 海のキラキラした上に、ぼんやりと見える影。大きく、山のような物が中心から伸びておりその上からからもキラリとわずかな光を感じる。


 キョウシュウエリア。


 ツチノコとスナネコの生まれた場所で、そこから二人はゴコクへやってきた。ツチノコはもう十五年ほど前、来航してそのまま残った。スナネコは友であるツチノコを追い、愛する人を置いてこの島へ・・・


 まだ、スナネコには捨てきれない思いがあったのだろう。ツチノコとスナネコが二人で旅をするようになったのは、わずか数日前のこと。それでも、夜に一人で涙するスナネコの姿をツチノコは見ていた。


「なあスナネコ。お前さ・・・帰ってもいいんだからな?」


 ふるふるふる、とスナネコは首を横に振る。ツチノコとしては、もう彼女を無理にでも返そうかと思っていた。涙を堪えきれず、頬から液体を落とす彼女を見るとよりその思いが強くなる。


 しかし、そこまでの強さはツチノコにも持ち合わせていない。恋人とは別の類で大切な人がわざわざ来てくれたのだ。素直に嬉しかったし、二人で旅をすることを心の底から望んでいる。自ら帰ってくれるなら自分も満足だが、強制的に戻すというのは無理なことだった。


(でも、アイツが追っかけてきたら自分で帰るだろ)


 見てて心が痛むスナネコだが、ツチノコは心配と同時に「一時的なものだ」とどこか余裕をもっていた。それは、あの人物が追ってくるのを確信していたからだった。


「そろそろ降りるか?それとも、まだ見るか?」


 わずか数分の滞在。ツチノコも満足に探索できないままだったが、そんなことよりもスナネコを優先した。ツチノコの問いに言葉を返さぬまま、スナネコは一歩階段を降りる。ツチノコもそれについて、一本歯の下駄をカツカツ鳴らす。やがて二人の姿は、また霧の中に消えた。





「手、繋ごうぜ」


 ツチノコが霧の中でそう提案したのは、純粋な心配からだった。今、平静とは言えないスナネコを霧の中で降りさせるのは危険だと判断し、足を踏み外したりしても多少はいいようにということだった。


「はい・・・」


 スナネコから手を出し、それをツチノコは優しく握る。少々気恥しい部分もあったが、そんなことよりも心配な気持ちが勝った。


 コツ・・・カツ・・・コツ・・・カツ・・・


 音が霧の中で反響する。静かな中で、足音がやけに響く。


(・・・何かおかしい)


 ツチノコが、一歩強めに石階段を踏む。カツーンという音が、何重かになってから消えた。


 そこからだった。


 気がつけば、白かった霧は黒っぽくなっていて、灰色の階段は土色になっていた。そして、もうすぐ下に階段の終わりが見えている。登った時は土だった地面が、階段とおなじ土色の石畳になっている。


「スナネコ、ちょっと待て」


「・・・なんですか?」


「上に登るぞ」


「・・・いやです」


 彼女がそういうのは予想していた。しかし、この異様な状況で下に進むのはまずい。途中で道を間違えた可能性があるため、いくらか上に登って降り直そうとツチノコは考えたのだ。


「下見てみろ、違う階段だ」


「・・・?」


「途中で道を間違えた、霧の中だからな・・・上までは行かない、元の道に戻るまでだ」


 ツチノコが説明をする間、スナネコはずっと階段を見ていた。話を聞いているのすら分からない。


「ほら、ほんの少し登るぞ」


 そう言ってツチノコが後ろを向いた時、ダッとその横をスナネコが駆けた。嫌がっていた階段をすごい勢いで登り、霧の中に消える。


「待て!迷子になるぞ!」


 ツチノコの制止を聞く様子もなく、彼女の足音は止まらない。仕方なくツチノコも階段を駆け上がる。が、ほんの十秒ほどでスナネコの足音は止まった。代わりに、一言だけ声が返ってくる。


「・・・やっぱり」


「やっぱり?」


 ツチノコが聞き返しながら階段を登ると、霧が次第に晴れてさんさんとした太陽の光が見えてきた。そして、その霧が完全に消えると同時に階段を登りきってツチノコは唖然とする。


「久々に感じます」


「おい、ここって・・・」


 驚くのは当然。彼女達が登った階段の先には、ギラギラとした太陽が照りつけている。それを反射する、砂たちが眩しい。ツチノコにとっては十五年以上前に見たのが最後の景色。


「ボクたちのさばく・・・」


 ここはキョウシュウエリア、さばくちほー。


 スナネコが見間違えるはずのない、彼女らの思い出の地だった。

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