前編

「〜っと、ここから一番近い印は・・・」


 クロが地図を広げてそれを眺める。ツチノコとスナネコはこの印の通りに徒歩で行動してるはず。つまり、徒歩より早いバギーで印を追っていけばいずれ追いつくはずなのだ。


「うわ・・・ラッキー、ここの印ってさ・・・」


「最短ルートナラ、コノ森ヲ突ッキルシカナイネ」


 クロが地図から目を離し、次に向けたのは目の前。鬱蒼とした森が広がっていた。森というと、しんりんちほーで生まれ育ったクロには慣れたもののように感じるが、目の前のそれは木がぎっちり詰まっていて暗いオーラを放つような慣れぬ森だった。


「バギーモ入レナイネ」


「だろうね?徒歩で行くしかないか」


 随分と座り心地のよかった切り株から立ち上がり、クロは歩き出す。バギーをそこに放置し、木の茂る森へ足を踏み入れていった。





 森に入り、一、二時間は過ぎたという頃。


「ツチ姉もスナ姉もここ通ったのかなぁ・・・二人は旅慣れしてるしなぁ」


 ゴツゴツとした木の根に転びそうになりながらも森を進む。日光のほとんどは木の葉に遮られ、森の中は薄暗かった。


「うーん、こんな見晴らしの悪い所だとすれ違いが怖いな・・・」


「モシ近クニ“フレンズ”ガ居タラ、教エルネ」


「ありがとう、助かるよ」


 目の高さの枝をくぐるのに屈みながらクロが返事をする。と、その直後にラッキーが微かにそのスピーカーから音を出した。


「ア・・・」


「ん?どうし・・・」


 とん、とん。


 不意に、クロの肩が叩かれた。危険はないと知りつつも、思わずガバッと振り向く。


「え、あれ・・・?誰も居ない・・・」


 思わずクロが口に出した。その言葉の通りに誰も居ない・・・代わりに、自分の肩があったすぐ近くに奇怪なものが見えた。


 浮いてる、銀色の・・・輪?指輪・・・装飾はなくて、シンプルで、パパとママが付けてたみたいな・・・


 と、その指輪を見つめていると指輪が喋ったみたいに声が聞こえてくる。


「いないいぁ〜い・・・」


 その声と共に、指輪から広がるように人の形が出来ていく・・・いずれそれは見覚えのある、でもどこか大人びている姿になり・・・


(あ、これデジャブ・・・)


「ばぁ!でござる!」


 さっきまで何も無かったように見えたところに、一人のフレンズが立っていた。普通はそこに驚くところを、クロは別の事に驚愕していた。


「パンカメちゃん!?どうしてここに!?」


「ふぇぇ!?そのパターンは初めてでござるぅ!」


 現れたのは、パンサーカメレオンのフレンズ。

 思わぬフレンズと、思わぬところで顔を合わせることになった。





「えと・・・じゃあ、昔からここに住んでるの?」


「そうでござるな、その前はクロユキ君と同じキョウシュウにいたでござるよ?」


 疲れた足を休ませるついでで、次は木の根に腰掛けながらクロとカメレオンはお互いについて話していた。


 このパンサーカメレオンは、クロにとって馴染み深い彼女ではない。ずっと前、パークが運営している時代からフレンズの姿を保ったままらしい。この森にある使う人のいなくなった小屋でひっそりと二人暮らしをしているそうだ。


「そうでござるか、向こうには別の拙者が・・・クロユキ君が帰った時にはよろしく伝えてほしいでござる」


「うん」


 クロも自分の事情を話した。キョウシュウで生まれ育ったこと、今ゴコクにいる理由。パンサーカメレオンによれば、ツチノコもスナネコも見ていないという。


「この地図の、この印に向かってると思うんだけど・・・」


「ああ、ここでござるか?確かに、今クロユキ君が来た方から来るのが近いでござるが、島の反対側からだと楽な道があってそこから来るのが普通でござる」


 カメレオンが地図を指でなぞりながら説明する。どうやら、クロが来たのは普通は通らないルートだそうだ。


「その、スナネコさん?達が下調べして来るとしたら、そっちのルートの方が現実的でござるな」


「なるほど・・・じゃあ、引き返した方が良さそうだ」


「でござるな、そうなると次の印はこの高台でござる」


 と、二人で地図を覗き込んでいる途中のことだった。


「でもここは・・・ふぇあ!?」


 カメレオンが急に悲鳴のような声を上げたかと思うと、座っていた彼女が男の人に立ち上がらさせられていた。そして男の人は彼女を抱き寄せ、クロに険しい目線を向けている。


「・・・君は?」


 声のトーンも低かった。まっすぐ立つ姿やふさふさな髪では気が付かなかったが、結構なお年寄りのようである。ナリユキと同じ、もしくはもう少し下くらいだろう。


「ええと、クロユキっていいます、キョウシュウからきて・・・」


「キョウシュウ?あそこから人間の男の子が来るのか?あの超巨大セルリアンにやられた場所から?」


 この老人、クロのことを怪しんでいるらしい。それはそうだろう、昔からこの森に住んでいるということは、ヒトを見るのは相当久しぶりなはずだ。カコと面識があるかは不明だが、少なくとも男は数十年振りなはずである。


、この子は悪い子じゃなくて・・・」


「ごめん、でも妻が怪しい人と一緒にいたらとりあえず守るのが男というものさ。なぁ?少年、お前は何者なんだ?」


 ミチオと呼ばれた老人は、よく見ると薬指に銀色に光るものがあった。会話の内容からもクロユキは色々察し、とりあえず身の潔白を証明するため、さっきカメレオンに話した事をもう一度話した。


「ふーむ?信じ難いな・・・」


「ミチオ君、この子は信じてあげても・・・」


「いいや、また君が殴られるようなのは嫌なんだ。だから、僕が守る」


 なにかわからないが、面倒なことになってしまったとクロユキは思っていた。実際そうで、このミチオという老人はカメレオンと出会った翌日に出来たトラウマのようなもののために、妻である彼女に対して過保護気味になっていたのだ。


「ミチオ君。いい加減に・・・」


 と、カメレオンが少し怖い顔をした頃に救いの手が入った。


「どうした?騒がしいな・・・」


 そうやって木々の間から現れたのはフレンズ。その髪型や尻尾、耳の形はクロの父やヒマワリことライオンなどに良く似ていた。それもそのはず、彼女は・・・


「ば、バーバリライオンさん・・・」


「バリー殿!」


 百獣の王一族、バーバリライオンのバリーさんだったからだ。


「夫婦喧嘩でもしてるかと思ったが・・・そうでも無いらしいな?」


「はい、ちょっとこの子について話してたんでござる」


 カメレオンがクロのことを指して、それに続く形でクロが挨拶した。


「クロユキっていうんだ。みんなクロって呼ぶ、訳あってキョウシュウから来たんだけど・・・」


「ほう・・・クロユキ・・・」


 バリーがクロのことをじっと見る。舐めるように見るというか、獲物を観察するというか、調理法を悩むような目付き・・・クロはつい緊張してしまった。と、その横からミチオがバリーに話しかける。


「どうも信じられない部分も多く・・・信じたいんですが、このパークに男と言うだけでイレギュラーですから」


「ミチオ、お前が言うか?」


「いや、まぁ・・・ええ、それもそうですが」


「拙者は信じるでござるよ、疑う理由もないでござるし」


「とりあえずクロユキ、事情を話してくれ」


 と、本日三回目のクロによる身の上話が始まった。





「ほう・・・?なるほどな」


 長くなるので、簡単に


・ヒトのフレンズの母、ヒトとフレンズのハーフの父を持つこと

・恋人を追ってここに来たこと


 の二つだけを話した。


「じゃああの、森の外に置いてあったのもクロユキのものか」


「あ、バギー?そう、僕の」


「んー・・・気に入った」


「へ?」「は?」「ええ?」


 バリーの言葉に、他の三人が素っ頓狂な声を出す。それに構わず、バリーは続けた。


「ミチオ、私はこいつを見守ることにする。なにか危険があれば対処する。それでいいだろう?」


「はい、それなら僕も安心です」


「拙者も、それがいいと思うでござるよ!」


 急な話だが、ミチカメ夫妻は満足そうである。


「クロユキ、そういうわけで大丈夫か?」


「よく話が飲み込めないんだけど・・・」


「まぁ、なんだ、フレンズ探しを手伝うってわけだ。私はこの辺のフレンズに顔が利くから、こう怪しまれることも無くなるだろうしな」


 なるほど、クロにとってもそれはおいしい。何より、仲間ができるのは心強かった。


「じゃあ、よろしくお願いします・・・バリーさん?」


「うむ、よろしくな」


 そんなわけで二人は握手をし、クロの通った道を戻って森の外に出た。見送ってくれたカメレオンは笑顔で手を振ってくれたし、ミチオも同じように手を振ってくれた。別れ際に、クロに自身の行いについて謝罪をしてくれた。


「つい昔の悪い思い出がな・・・君が嫌いなわけじゃないんだ、どうか許してくれ」


 もちろんクロは快く許し、ミチオとの間にわだかまりを残すことなく森を出れた。


「バリーさん、なんで僕のこと手伝ってくれるの?」


「君はなぜか種族も違うはずなのに懐かしい感じがする・・・それで手を貸そうと思った。さっき話したような利点もあるしな」


「へぇ・・・ありがとう、どれくらい続く旅かわからないけど、よろしくね」


「ああ、こちらこそだ」


 そうして、クロとバリーのスナネコを追うゴコクの旅が始まった。

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