第6話 いちばん泣いた小説

「いちばん泣いた小説です」

「おう」

「これは明確に覚えています。あの小説が人生でいちばん泣いただろうと」

「おお、それはいいな。さくさくと進みそうだ」

「何かわかりますか」

「わからん。わかるわけないだろ」

「そうですよね。そもそも、読んでる読者にも、なぜ小説を読んで泣いたのかわからないことが多いですよね」

「どういうことだ」

「例えば、本を読んでる時に、感動したわけではなく、眼精疲労になって、身体的に涙が流れたことから頭で「この小説を読んで泣いた」と覚えてしまうことがありますね。ぼくの場合、そういうことは多いです」

「難しいやつやな」

「ええ、では、ぼくがいちばん泣いた小説を当ててみてください」

「あれか。デュマ「モンテ・クリスト伯」は泣いたって大型掲示板に書きこんでただろう。あれじゃないのか」

「それも泣きましたが、いちばんではないですね。何より長すぎていけません」

「それじゃあ、舞城王太郎「世界は密室でできている。」か」

「あれは、精神病院に隔離されてた時に読みましたね。読後、思わず、涙がこぼれそうになりましたが、せいぜい涙一滴でしょう。ぼくがいちばん泣いた小説は、大学時代に構内で一週間、泣いていたと友だちがいってました。自分では覚えてないんですけど、それが人生でいちばん泣いた小説でしょうね」

「大学時代なら、海外SFじゃないのか」

「そうですね。短編です」

「わからん。なんだ」

「それでは発表です。ぼくが人生でいちばん泣いた小説です」

「おう」

「じゃかじゃかじゃかじゃかじゃん」

「はよせいや」

「じゃん」

「おう」

「じゃじゃーん」

「まだか」

「では」

「おう」

「それでは、ぼくが人生でいちばん泣いた小説は」

「おう」

「ハインライン「血清空輸作戦」です。短編集「時の門」収録」

「ネタバレせいや」

「しません」

「気になるだろう」

「しません」

「他にもあるだろ」

「あるでしょうけど、細かく名前をあげるのはちがうかなと」

「ふん」

「ちなみに、漫画でいちばん泣いたのはたぶん望月峰太郎「お茶の間」」

「本当か」

「むかしすぎて覚えていません。最近ではみなもと太郎の漫画「風雲児たち」」

「外に出て遊べや」

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