宛のない手紙

そちらは桜が咲きはじめたようですね。

君はどう過ごしているでしょうか。

宛のない手紙を書きはじめた夜明け。


薄桃色の花びらが、世界を包みはじめて、

母の胎内のように温かなそれは、

君の記憶を引っ張り出すのには、充分だった。


充足、

その一言だけで世界が終わるのなら、

それだけでよかったのに、

この世界、どこまでいってもそんなものはなくて、

だから今日も世界は終わらない。

君も、僕も死なない。

そして桜が咲く。

春が来る。


宛のない手紙を書き続けて、

もう何年も経ったら、

充足が過去を満たして、

消えてくれる気がした。


春が来るたびに、

世界が充足しているようで、僕も、

充足できる気が、してしまうのです。

僕の過去が、

薄桃色で満ちてくれるような、気がするのです。


だってここは胎内だから。

僕が、唯一、充足していた場所だから。

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