蜘蛛の糸では、夜は越せない

胸の中で誰かが踊っていた。

暗い底、手を伸ばしたら、

指先にそっと触れた。


きみの幸せを願う時、

僕の中にきみが宿っているような、

僕の一欠片がきみになってしまったような、

そんな熱が燻る。


暖炉の中。

きみを胸で飼っている。

愛とは、そのようなものだった。


蜘蛛の巣が張った庭。

そこに佇む木の陰でだけ、息ができる。

脆く、繊細で、

それでいて剛胆な、愛の糸。


きみを見るたびに高鳴る胸が、

確りと僕に痛みを伝えてくるから、

いつのまにか、きみが、

僕の心に居着いていた。


桜が咲く前の冬。

下準備をはじめるつぼみは痼り、

春先の温暖を待ちわびる。


僕はきみと布団にこもり、朝を待つ。

目覚まし時計のアラームを枕元に眠らせて、君の糸をたぐる。

空から降る蜘蛛の糸では、夜は越せないから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る