第2話 挨拶と教会

 何とか着替えた私はセレナと共にまずご近所へのあいさつ回りをすることにした。


 近所への挨拶は不信感の払拭、親密さを感じさせるなど大抵の場合益はあっても害はない行為である場合が多い。

害意のある隣人が居た場合はその限りではないが。


 セレスは私を連れ出す前に私の身の上の設定を教えてくれた。


 十年間姿を見せなかった理由は大病を患いその療養のため海外に居た。

 また、人見知りで口数が少ないこと。。

 体型的な問題でセレスの妹になるということ、など不本意ながらも合理的な理由であった。


 私はその設定の通りに基本的にセレスの後ろにくっついて、顔を覗かせ可愛らし気に。聞こえるかどうかの大きさの声で挨拶をするといった。

 屈辱的な行動に甘んじざるを得なくなった。


「まずはお隣りの鈴木さんのところから行きましょう」

「鈴木さんというのはどんな人なんだ」

「世話焼きおばさんのようなひとですよ」

「私の苦手な種類の人間ということだな」


 鈴木さんの家は如何にも大量生産されたといった風な箱型で、射形の屋根を備えた家であった。このようなレンガも石材も使っていない脆そうな家によく住めるものだ

 現代においては私の邸宅が異様なのであろうか?。


 鈴木さんの家の前に着き、呼び出し鈴を鳴らしたところ鈴木さんと思わしきふくよかな女性が出てきた。


「こんにちはって。セレスちゃんじゃないの!最近どうしたの朝も見かけなくなったし心配していたのよ。あら、その可愛らしい娘は誰?」


「こんにちは。鈴木さん、お久しぶりですね。心配をおかけしました。この頃忙しく買い物にも出かけられない状況でもあったので。それで、この娘は妹のアルべルタと言います。ほらアル返事は?」


 屈辱的だ、魔術師たる私が幼子の如きことをしなければならないとは。だがそのことに助けられているのもまた事実である以上その立場に甘えざるを得ないのであった。


「こんにちは…鈴木さん。私アルベルタ・ノートンっていいます…よろしくお願いします…」

「しっかり挨拶できるなんていい子ね」


 そういった彼女は審判を下す異端審問官のように淀みなく、迷いなく足を踏み出し私の方に向かって来て。そして、古の巨人の如くその大きな手で私の頭をつかみなでるのであった。


 あわわ、わわわ。頭がぐわんぐわんするぞ。


「鈴木さんそのあたりでやめてくれませんか!?妹が限界みたいなので!」

「ごめんなさい、うちの娘の小さい頃を思い出して。懐かしくなちゃってねぇ」


 やっと解放された。不定形の生物に襲われた時位怖かった。あの時は自分の力で何とかなったが今回ばかりは何ともならなかった。


「さてそろそろ私達はお暇しますね、まだ挨拶に行かなければならないので」

「そう、もう行くの。さみしいわねぇ」

「すみません、また伺いますね。今度はゆっくりお茶でもしましょう」

「ええ、そうね。セレスちゃんのお茶おいしいからねぇ。また来てね待ってるわ」

「はい、それでは行くよ。アル」

「バイバイ」

「じゃあね」


やっと終わった。長かった、永 遠にも思える時間が過ぎたようであった。だが、私は知らなかったこの後に待つ深淵より深く冥府より暗い時間のことを。


「次は佐藤さんの家ですね」

「えっ」

「行きましょう。主様」

「うん」


 その後十数件、同じ行為を繰り返えさせられた。


「さて、次で最後ですが…主様。大丈夫ですか?」

「ああ、なんとか…それにこんな苦行は今日限りにしたい」

「そうですか、では参りましょう。ですが、次の家は今までの方々と違い特殊なのでお覚悟を」


 今更何の覚悟をすればいいんだ?古き神との邂逅や旧支配者との対話を想定すればいいのか?

 結果としてはそれらより恐ろしい相手の信徒であった。


「こんにちは、お久しぶりです。セレス・ノートンです」

「いらっしゃい、セレスちゃん!」


 教会だ!背徳者たる私たち魔術士の対立者、万世の大敵にして真の悪魔である神の根拠たる教会!現存していたのか。

古代より連綿と自らの神以外を異端と発し狩りを続ける、虐殺者であり、すべての根源たる者たちである。

 どれだけの魔術士達が苦渋を嘗めさせられ、迫害され、殺されたか。あの日々を忘れることは出来ないであろう。


「ほら、アル挨拶は?」

「始めまして、アルベルタ・ノートンと言います。よろしくおねがいします。」

「あら、アルちゃんっていうの?よろしくね!」


 そういった、彼女は陽だまりのような明るい笑顔で私に挨拶するのであった。


 彼女は春日 巡 神父の一人娘であり。教会の娘らしく明るく知的で活発な優しい人好きのする娘であった。

 

 髪は艶のある黒で、程よく切りそろえられたショート。目は全てを吸い込むような黒目であった。シオンに似た印象を受ける。


「なぁ、セレス。彼女からシオンと似たものを感じる。まさか彼女も神託者なのか?」

「恐らくは、何度も神の声を聴いたと聞いています。今日もそのことがあって来たのです」


やはり、彼女は…。


「それで!今日はどうしたの?」

「最近病気の治療をしていた妹のアルが海外から帰ってきたのよ。その挨拶にね」


近況を話し合った後本題に入る。


「ねぇ、神様の声聞いたって本当?」

「うん、今朝ね。(魔の者が迫るが、蘇りし者企みを砕き其を助けるであろう)って。よく分からないけどなんか怖い話だね、魔の者が迫るなんて」

「そうね、でも巡はいい子よね?」

「うん!」

「いい子は必ず誰かに助けてもらえるものよ?もちろん私だって」

「ありがとう」


その後は他愛もない話をして家に帰った。


 家への帰路、彼女の言った神託について考えていた。魔の者に関しては情報が少なく、今は考えようがないが神の敵はいつだって背信者であった。


 蘇りし者は恐らく私の事であろう確かに彼女の身に危険が及べば助けるであろうがそこまで見透かされているのか?不快だ。


「なあ、セレス神託の魔の者についてどう思う?」

「…ここ最近この町周辺の神の信奉者たちの間で不穏な動きがあります。彼女を贄に神への門を開かんする動きがあるようですです。もしなにかあるとすればそのことかと」

「また、おかしなことをそんなもの作れるわけがないのに…」

「彼らはただの信者で大半は素人の集団です。知識も乏しいのでしょうね」


 ふむ、であれば会得がいく。そういった信奉者が私を嗅ぎつけないはずがない。が、今日一日歩き回っても気配の一つもしなかった。

技術も知識もなければ勘づくこともないか。


 だが、どうしてそんな連中が門を開こうとしている?誰かに唆された?まさか堕天使か悪魔が居るのか。

 

 そうであれば厄介だ、本体はないにしろ化身、眷属ぐらいは寄越すだろううな。

まあ、本体でなければやりようはある。


「それでセレスこの辺りの土地神の信奉者はどこにいるんだ?」

「裏にある山の上にありますが。どうしたのですか?」

「もしそいつらと何かあった時のために備えておきたい。万が一の場合に力を借りたい」

「明日、訪ねることにしましょう」

「いや、私一人で行こう。セレスは彼女の監視をたのむ」

「承知しました」

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