転生魔術師は友がため

河過沙和

第1話 転生と性別と…

「ん?なんだここは?」

 その部屋は研究室のようだった。強固に組まれた堅牢な石壁。奇妙な匂いの染みついたベット。部屋の大きさには不釣り合いなほどに大きい机。何れかの薬品が恐らく用途別に整理された薬品棚。


 分厚く物々しい装飾が施された本が並ぶ本棚。到底人の腕力では破壊できそうにない程頑丈そうな鉄の扉。


 そういった調度品が研究室であることを示す一方、人にとって不快感と吐き気を催す行為が行われていたであろうことを容易に想像させた。


 私はベットの上で目覚めた時点で、拘束されず又服などの衣類を身に着けていない状態であったが外傷も拘束痕もなく、横たわっていたことから、誘拐等の理由ではなく自ずとここに来た可能性が高くなった。


「もしかして、ここは私の実験室か」


 なるほど!であれば、会得がいくあの後何者かの手によって復活したのか、


 それにしても随分と古い場所に出たものだな。部屋にある物品の劣化具合からあの襲撃からはずいぶん経った後であるらしい。


 実験の再開も現在の状況によっては可能であろうか?まずは外に出て状況を確認すべきだろう。


「主様、おはようございます」

「!?お前は確か…」


 目の前には明らかに古い時代に作られたであろう古めかしくも綺麗に洗濯されてるのであろう、ドレスを身に纏った少女が立っていた。


 彼女は肩を少し超える程度はあろう長さの金髪を後頭部で束ね。馬の尾のようにしていた。その蒼い瞳は海を思わせるほど深く澄み吸い込まれそうであった。


「私をお忘れでしょうか?」

「すまない、復活したばかりで記憶が混乱しているんだ」

「そうですか…では自己紹介を私はセレス・ノートン。主様の忠実な従者であります」


 そうか、生きていたのか!私の忠実な従者。ありとあらゆる面での支えにして優秀な魔術師たる眷属。


「そうかセレス!久しぶりだな。お前が居ればますは安心だ」

「ありがとうございます…」


 妙に興奮した様子で私を見つめるセレス、久方ぶりの再開に喜びを隠せないのだろう。


「うむまずは今回の私の復活のこと大義であった。さてまずは現在の状況を教えてほしい」

「は、ですがまずはこちらをご覧ください」


 そういったセレスは私に向かって恐々しく装飾のついた鏡を差し出した。魔術師が極度に鏡を嫌うことは彼女も既知の事であるはずで。


 それによって起こる数々の現象又は作用を考慮しえぬはずがない、ということは熟考を重ね。差し出したはずであるのだ。


であればそれを私が受け取らない理由はない


「なんだこれは!?」

「大変申し上げにくいのですが今の主様の姿であります」


 鏡は意外にも魔力によって空間を捻じ曲げありもしない幻想を写したり。


 この世に漂う死者や悪魔などの不可視の存在を透すこともなかったが、この世の者とは思えぬ者を映した。


 肩より少し下まで伸びた金髪、血のように赤い月よりも赤く鮮やかな目。高貴さを感じさせる白い肌。人形のように美しい顔を持った顔。そのような要素を全てを備えた幼い少女が映っていた。


「これが私か…」

「すみません!魔術適正のみを重視した結果かような脆弱な肉体に閉じ込める事になってしまいました!」


「ああ、魔術の行使に支障がなければいいんだ。ただまたシオンに頼ることになるとは…」

「ええ、ですが彼女も二度も主様の役に立てて本望でありましょう…」


 シオンの体に残った記憶が私に教えてくれた。


 あの夜死んでしまった私の研究を幼いながら苦心し、その短い生涯を懸け守り通してくれたこと。


 そして私の魂の再生を切に願い続けてくれたことに感謝せねばなるまい。シオン・アストライアの来たる世に幸あれ!


「セレスお前にも改めて感謝を述べねばならないな。よく今この時まで私と私の研究を守り通してくれたことありがとう」

「恐悦至極でございます」


「さて、改めて今現在の世界の状況を教えてくれ」

「はっ、現在。主様がお眠りになられておおよそ三百年艦が経過しており、その間研究保持のため。又新大陸で行われた魔女狩りなどを避けるため当時未開であった。極東の弓状列島に独断ながら居を移させていただきました」


「うむ、仕方のないことだ。私ですらその影響を受け滅却される憂き目にあっただのやむを得ぬ措置であろう」

「また、現在の居に移り10年程度が経過しており。近隣住民との関係、資金状態は共に良好といえますが市場はここ数十年不安定であり又この国に住まう民は精神的に不安定な傾向があり。

嫌疑がかかれば法的措置を取られる可能性があります。

またこの国の法の問題があり人間、動物を主体とした大規模な実験、儀式は控えたほうがよろしいかと」


「仕方のないことであろう経済不況はいかな国とてその影響を受けぬわけにはいかない、むしろそのような状況であればこそ人は人に無関心になるのだ。故に御しやすく儀式の事も感づかれにくいだろうな」


 だが、人は無関心であっても好奇心は抑えようがなく大規模な儀式は注意を引く可能性があるな。


 ということは、大規模な実験、儀式の類はできない、上に実験体の調達も困難とあれば、小規模なものにとどめ置かなければならないか。


 目下研究中であったものは凍結あるいは一時的な中断をせねばならないが新しい研究を試す機会でもあるので好機と思おう。


「それで私のこの国での扱いはどうなっている?」

「ここに居を移した時点で戸籍を取得しており、病気のため海外にて長期療養をしてつい最近帰国した学生といった身分を用意してあります。

肉体の弱さを鑑み、社会的加護が必要と考えこのような身分となりましたことをご了承ください」


「確かにこのような幼い肉体であれば致し方のないことであろう。だが社会的独立がなされていないことは些か不便であるな」

「その点はご安心ください。私の名義ではありますが、独立を保障する書類は全て整えております。免許、身分証、保険証、カード」

「ちょっと待て、順番に説明してくれ。聞きなれぬ言葉が多すぎる」

「すみません、思慮が足りませんでした。説明いたします」


 現代的生活というのは思いのほか難しいのだなぁ。

 人間の文明というものは自然的な現象からは逃れられぬ運命にあるというのにその状態から脱しようと様々な工夫を施してきたものだが。

 

 あれから時が進み人が更なる進歩を遂げた世では魔術においてのみ触れられる分野は少なくなり、私たち魔術師の領域も狭められつつあるのであろうか。


「主様ご理解を頂けましたでしょうか?」

「ああ、お前に任せれば万事安心であろう」

「有難きお言葉」

「ところで私自ら今の世を見て回りたいのだがよいか?」

「お召し物のご用意をいたしますので少々お持ちください」


 そういった彼女は邸宅へ続く長く長く暗い階段を昇って行った。


 さて、彼女を待つ間に研究室を整理しよう、恐らくセレスが掃除を欠かさずに行っており、見渡す限り埃をかぶったものはなくしっかりと種類と研究内容に沿って整理されているように見える。


 だが、自分の目で確かめ、生きていた頃の記憶の整理をすると共に自分の体の調子を確かめ体に馴染ませなければならない。


「アドルフ、アリシア、エルク」

 懐かしき時代の遺物たち、最も幸せであった時代の残り香。


「バーミガン、アレックス、シモン」

 死した同志たちの名前、私と共に歩んだ者たちの遺骸。苦悩と研鑚の軌跡。


「ルーシー、アン、エリザベス」

 私を愛してくれた女性達、流浪と愛と闘争の傷跡。


「エンク、ダリアン、ソルン」

 私に殉じた部下たち。最後の苦しみと悲しみ、絶望と死の記録、私の生の全てを包括した終焉。


 私の悲しみと喜びが、今までの研究と歴史的事象すらも内包された空間。


 これからもう一度歩めることは道は続くが苦悩と葛藤とが襲ってくるということでもある、私は今度こそ勝つことができるであろうか。


 いや、勝たねばならぬ。私に付き従った者たちのために私のために生きた者たちのために。


「お待たせいたしました。主様お召し物が整いましたお着替えください」

「ああ、これに着替え…!?」


 そこに用意されたのは上下純白で揃えられたブラとショーツ。膝丈のワンピースだった。

 まずは、羞恥心と性別の壁に勝たなければならないな…。

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