中章
さて、シャロンの家の事について話をするところからこの章を始めるとしよう。
彼女の家はごくごく普通のマンションの一室だ。一人暮らしには部屋数も多いし部屋もかなり広い。学校の寮もあるのはあるが規則とかがめんどくさくて嫌だ、との理由でわざわざマンションの一室に住むことを選んだらしい。実に自由な彼女らしい理由だ。ただ問題があるとすれば窓からは隣のマンションが邪魔で景色がコンクリートの壁しか見えない、という事くらいだろう。
6月から約2ヶ月間、つまりは8月の夏休みが終わるまでかなりの頻度で彼女の部屋にお邪魔させていただいた。手は出してないけどな、俺も紳士だから頭の中で想像はしても実行はしていないといったところだ。
主に遊戯王のデッキ構築を考えたり実際にデュエルで回してみて調整をしたりして大会にも参加した。優勝は、俺はできなかったがシャロンは2回ほど勝つくらいに上達した。元々カードが揃っていたから回し方さえ分かれば俺なんかすぐに抜いてしまったというわけだ。
そして8月も終わる31日、その日はシャロンが珍しく水族館に遊びに行こうと誘ってくれた。俺は既に学校が始まっていたがその日は午前中で授業が終わる日だったので午後から学校の最寄り駅で待ち合わせ、と約束した。
水族館には中学生の時に家族やいとこ達と行った時以来だった。意外なことにシャロンはこれが初めての水族館だと言った。
「すごい!こんなに魚がいっぱい!あっちにはペンギンも居る!可愛い〜!」
なんというか、カードショップに行った時にも思ったが歳の割にかなり子どもっぽい。そういう所が可愛くてついつい顔が緩む。
「カガリ!写真撮ろう!写真!」
「いいけどシャッターは切らないようにな、魚がびっくりして死んじゃうから」
「そうなの?カガリは物知りだね」
そんな会話をしたり写真を撮りあったりして俺たちは水族館を楽しんだ。一緒に居るだけでも楽しくて嬉しい気持ちになる。自分でも彼女のことが好きだってことは前から気づいている。ただ、シャロンはどう思っているのだろう。好きとかそういう事は言わないからよく分かってない。俺は女心とかそういうのにかなり鈍いので直接言ってくれないと分からないのだ。楽しいという気持ちの反面、少し不安な気持ちも、この時どこかで持っていた。
そして一通り回った後に俺たちはすぐ側にある海辺へと向かった。沖縄みたいな綺麗な海、とはいかないが夕陽は綺麗に見えた。
「カガリ、今日は楽しかったね」
「そうだな、次来る時はイルカショーとかも見ような」
「YES!カガリ、こっち向いて」
「うん?」
シャロンの方へと顔を向けたその瞬間には、俺の唇は奪われていた。ほんの一瞬の出来事でその瞬間のことはあまり覚えていないが、彼女の照れくさそうに笑った顔だけは頭に焼き付いている。
「私のファーストキス、カガリにプレゼント、ね」
「え、う、うん?ありがとう?」
「ふひひ」
戸惑う俺と変な笑いが出るくらいはにかんでるシャロン、傍から見れば初々しい付き合いたてのカップルにしか見えない、と思いたい。けど実際のところ彼女の気持ちも確かめてないし、そもそも外国人って付き合う時に告白とかするのだろうか?
「し、シャロンは、その......」
「んん?」
「俺の事、どう思ってるの?」
自分でも恥ずかしいくらいに震えた声で言ったのは覚えてる。ただそんな俺にシャロンはあっさりと言った。
「どうって、好きだよ。一番のボーイフレンドだから。カガリは私の事好き?」
「そ、そりゃ、好き......」
「だよね、良かった!」
一点の曇りのない笑顔とはきっと彼女の事を言うのだろう。そもそもボーイフレンドって言ったよな?それって彼氏だと既に思っていたってことか。少し考えてみれば普通好きでもない男と二人きりで水族館なんかに誘うはずもない。それ以前に自分の家に上げるなんてこともするはず無い。
「は、はは、そうだよな〜」
嬉しいという気持ちより安心と同時に疲れが俺を襲う。嬉しいことには嬉しいのだが緊張の糸が完全に切れてしまった。視界が滲んだ。
俺は泣いていたのだ。理由なんて言うまでもない。
「oh!?なんで泣いてるの!?え?え?」
「いや、違う、別にシャロンが悪いわけじゃ、大丈夫だから」
シャロンに背を向けて袖口で涙を拭いなんとか止めようとするが一向に涙は止まらない。なんで?いつもならすぐに止まるはずなのに。
「大丈夫、大丈夫だよ」
シャロンが俺を包むように俺の頭を、子どもをあやすように撫でる。やめろよ、こんな所カッコ悪くて誰か見てたら恥ずかしくて死にそうになる。
それから何分経ったのか、やっと涙が止まった俺は近くの水道で顔を洗って、2人で駅まで歩いた。時刻は17時半、少し暗くなり始めた夕方だった。
改めて恋人という事になった(?)のだが特に行動やLINEでのやり取りが変わった、ということはなかった。強いて言うなら2人きりで居る時の距離が縮まったところだろう。シャロンの家に行った時は以前より明らかにぺたぺたとくっ付いてくる。べたべたではない。ぺたぺただ。こちらの方が表現としては可愛いだろう。
「カガリ!罠!罠!あ、体力やばい粉塵粉塵!」
「待ってこっちもやばいんだって!あぁぁぁ!!!」
ちなみに9月に入ってからは絶賛モンスターハンターに2人してどハマり中だったりした。理由はどこの実況者を見て知ったのかは知らないがMHFをやりたいとシャロンが唐突に言い出したのが原因だ。しかもこの2ヶ月間日本語の練習を毎日やっていたおかげで普通に日本語に馴染んでいた。そもそも母親は日本人だというから元々簡単な日本語は喋れたらしい。このことは最近になって知った。
「oh...sit!ファァァァック!!!」
慣れてきたせいなのか分からないがだんだん口が悪くなっている気がしてならない。特に不機嫌な時はなおらさだ。
金髪の外国人が伊達メガネを掛けてテレビに向かって叫びながら必死にゲームをしている。なんとも微笑ましい光景だ。
「ほら、少し休憩しようぜ」
俺は彼女の耳元で息を吹きかけるように囁いた。どうやらシャロンは耳が特に弱い。
「あっ...分かったから、そこはやめて...」
俺の肩口をキュッと握って恥ずかしそうに俯く。控えめに言ってもめちゃくちゃ可愛い。そして俺はそんな彼女の耳元にフッと息を吹きかけた。
「ひゃんっ!?もう...や、やめ...」
「はっはっは、悪い悪い。あまりにも可愛いからちょっと意地悪しただけ」
「ダメっていつも言ってる」
「けど嫌じゃない、でしょ?」
「う、うん......」
シャロンはそのまま目を閉じてキスをせがむ。もちろん俺は唇を重ねる。慣れてきたのか最近は家の中だけじゃなく普通に外でもそうしてキスをせがまれるようになってきた。外国では普通らしい。よくわからんが。
この頃の俺は学校や就活から逃げるようにシャロンの家に入り浸っていた。いわゆる現実逃避というやつだ。ここにいたら時間さえも忘れられる。友人や家族でさえも、シャロンと居る時は忘れていた。けれど、それでも時は流れていく。時間は過ぎていく。いつの間にか、12月になっていた。
続く
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