024 春に眠る命のかたまりⅧ
「その……何から話せばいいかな? 先に言っておくが、これから俺が話すことはすべて事実だと思う」
「思う?」
「俺も少し曖昧なんだが、これだけはお前たちにもしっかりと話しておくべきだと思う。お前たちの目の前にいる桜は本物だ」
「だろうな」
「そうよね。見間違えるわけないもの……」
二人は頷きながら返事を返す。
「こいつは今日、俺が病室に来た時には目覚めていたんだが……その……」
俺はためらい、黙り込んでしまう。
「翔。ためらわずに早く話せよ。話してくれるんだろ?」
「ああ……。じ、実は……桜は記憶喪失なんだよ……」
「「え……?」」
二人は声を揃えて驚き、目を丸くしながら桜の方を見た。無理もない。普通はそんなでたらめな話なんて信じる方がおかしいのだ。だが、記憶喪失の人間に遭遇する機会なんてあまりないし、それが近い人間だと尚更だ。
桜は俺の服を軽く握りながら黙ったまま俯いている。
「翔、それって本当にそうなのか?」
「ああ、この三ヶ月眠り続け、目覚めたのが奇跡だと医者に言われたよ」
「で、でも……記憶喪失って、もしかして、菅谷君の事や私たちの事まで忘れているって事なの?」
「小泉の言う通り、自分の名前も今までの記憶もすべて失っているらしい……」
「嘘…………」
と、小泉は口を両手で塞いで信じられないと言っているような目をしていた。
さすがのショックに颯太もいつもの調子で話そうとはしない。
小泉の背中を左手で優しく擦りながら、小声で「大丈夫か」と囁き、体調を心配する。
「それでなんだが……。病院側は学校に行かせても大丈夫って言ったんだが、俺からしてみれば今の桜に記憶を戻すきっかけを作りたいとは思っている。だけど、すぐに学校に行かせること自体心配なんだよ……。もちろん、このままではダメだとは思っているんだが……」
俺はそんな二人に深刻な相談をする。
「そうか……。まあ、確かにそれはあるよな。一応、桜ちゃんは学生の身だし、それにこれ以上の休学も留年する可能性はあるんだよな」
「ああ」
そう話していると、女性定員が俺達の頼んだ料理を運んできてくれた。
「唐揚げ定食の方?」
「あ、こいつです」
俺は料理を受け取り、桜にそれを渡す。
「ステーキ定食の方?」
「それは俺です……」
と、言いながら続けて受け取った。
「それでは以上で注文の品はこれでよろしいでしょうか?」
笑顔でそう言って伝票を置いた後、そのまま立ち去って行った。
「なぁ、翔。ひとついいか?」
「ん? なんだ?」
「話の途中で悪いけど、流石に食べながら話をするのは頭に入らないから先に食事にしないか? 別に聞きたくないわけではなくて、俺達も昼飯食べてないから……」
「あ、すまん……」
颯太にそう言われると、俺はテーブルの奥に置いてあるメニュー表を颯太たちに渡した。
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