020  春に眠る命のかたまりⅣ

「それって、さくらの両親の事とかですか? でも、あれは十年以上前の事ですし、それに墓参りとか、それもダメなんでしょうか?」


「そうですね。ダメでしょうね。それも記憶の一部手してはさまたげになってしまいます。彼女の記憶がはっきりとするまではそう言うことを避けておいてください。それに高校には通学しても大丈夫でしょう。それと一週間に一回は通院すること、そうですね……土日にスケジュールを組んでおきますね」


 担当医は、そう言ってパソコンの日程欄に桜の予約を入れておいた。


 それから色々と医学的な理論を高校生にも分かりやすいように簡単に説明してもらい、後日、親父や暦姉こよみねえを交えてしっかりと話をすることになった。


 俺は桜に必要な書類や何かあった時のために使う薬を帰り際に受付で受け取れるように手続きをしてもらうと、診療室を後にした。


 再び桜の部屋に戻ると、ベットの上に座っている桜とその近くで退院の準備をしてくれている美羽みうさんの姿があった。


「あ、菅谷君。お父さんの方には連絡しておいたからね。すぐに迎えに来ると言っていたよ」


 美羽さんは手を止めずに話しながらそう言った。


「ありがとうございます。それにしても美羽さん、何から何まで任せっきりですみません。ああ、いいですよ。後は俺がするんで……」


「いいのよ、これくらい。私は看護師よ。人の命を救う事が仕事だし、患者さんの世話を最後までしっかりとやり遂げることも仕事のうちよ。それだけやりがいのある仕事なのよ、看護師は……」


 美羽さんは楽しそうに微笑みながら自分の職業を話し出す。


 本当に俺が何もすることが無く、ただ、親父が迎えに来るのを病室で待っていた。


 窓の外はいつの間にかお昼を過ぎて小腹が空く午後三時を回っていた。


 お昼を食べるのも忘れていた俺は、帰りにどこかで食べたいと思っていた。


「す、すみません。桜の父親であります、菅谷宗次郎すがやそうじろうと申します!」


 バンッ!


 と、大きな音を立てながら病室の扉を勢いよく横にスライドさせて入ってきた三十代後半の男が息を切らして、呼吸が乱れていた。


「お、親父……」


 俺は額に手を当てながら「はぁ……」と深々と溜息を漏らした。


 俺の親父、菅谷宗次郎は、人気小説家であり、あらゆるジャンルの物語を書いて、そのほとんどがヒット作を生んでいる天才である。そして、現在の格好はラフな日本男児の和服・紺色の作務衣さむえを着ている。


 病院にそんな恰好で来ないだろうと情けなく思う俺は、頬を少し赤らめながら美羽さんを見ると、彼女も少し苦笑いをしながら軽く挨拶を返した。


「あ、お父さんですね……」


 すみません……。


 心の中でそう思う事しかできなかった俺は、桜の荷物を受け取り、左肩に掛けて、桜の左手を握り、ゆっくりと起き上がらせる。

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