015  冬の寒さに打ちひしがれずにXV

「き、君‼ これ以上入って来てはいけないよ! すぐに後ろに下がりなさい!」


 警察の人が俺の行こうとする所へと行かせてくれない。


「桜! あいつは俺の家族なんです! 行かせてください!」


 警察の壁から腕を振りほどいて突破を試み、前へ、前へと歩み寄る。


「君の名前は?」


菅谷翔すがやかける羽咲桜はねさきさくらの幼馴染で同じ高校に通い、一緒に暮らしている家族だ!」


 俺はそう告げると、担架たんかに運ばれていく桜の顔を覗き込んだ。


 頭部からの出血がひどく、体の至る所から血が流れ、骨が折れているのが分かる。


「さく………………」


 ただ、救急隊員の人が、蘇生そせい術をしているところをただ、何もできずに心が折れ、目が死んでいるかのように見つめることしかできなかった。


「君、家族の人ならすぐに乗りなさい。荷物はあの人たちがしっかりと保護しといてくれるから」


 救急隊員の一人の人が、俺を呼び、救急車の中へと連れて行った。


 俺は涙を流すのを通り越して、どんな言葉を掛ければいいのか、それすらも見つからなかった。


 もし、あの時、一緒に帰っていれば————


 もし、あの時、引き留めていれば————


 もし、あの時間が返ってくるのならば————


 俺は、その前の時間を取り戻したいと後悔ばかりしていた。


 時間の流れは後に帰ることは出来ない。そして、止まることもできない。時間は未来へと一秒ごとに刻み込まれていく。


「さ、桜は……た、助かるんでしょうか……」


 顔を下に向いたまま、桜がどうなっているのか見ようともしなかった。


「何を言っているんだ。助かるんじゃない。助けるんだ! 我々、命を守る側としては、何があっても君の家族を助けなければならない。いや、必ず助けて見せるんだよ。だから、君も顔を背けずに前を向きなさい。そして、彼女をしっかりと見るんだ。生きてくれと願う。それだけでも、彼女の力になるんだ!」


 一分一秒を争う現場で働いているこの人たちは、どんな人でも命がある限り、制を尽くして命を守らなければならない。命がそこにあるならば、最後まで諦めずにもがき、苦しみ、そして、考える。


「はい……」


 桜の左手を両手でそっと握り、自分の額を上に載せて、目をつぶったまま生きて欲しいと願った。


 救急車はサイレンを鳴らし、走り始めた。近くに県病院があり、そこに救急搬送されるのだろう。


 俺は病院に着くまでの間、一言も喋らずにそのままの態勢でいた。




 県病院に救急搬送されてから三十分後————


 集中治療室の長椅子で俺はぐったりとしながら横になり、眠っていた。

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