007  冬の寒さに打ちひしがれずにⅦ

「ねぇ、菅谷すがや君。私が授業で出した進路希望調査なんだけど……」


「……はぁ、俺に言われても仕方がないと思うんですが……」


「そうなんだけど……。いや、私が言いたいのは菅谷君の進路は……まぁ、まだマシというか……。これからだと思うんだけどね。羽咲さんの方だけど……」


 奥平先生は溜息をつくと悩ましげに近くに置いてあったお茶を飲んで一息つく。


 ところで、奥平暦おくひらこよみは先生であるが、先生ではないときは俺の家の近所に住んでいるご近所さんである。だから、幼い頃から俺と桜の事を可愛がってくれるお姉さんでもある。今年で歳は二十五歳。新卒二年目である。


 と、俺はボーッとしていると、誰かの提出したノートでポンッと叩かれた。


「ちょっと、真面目に聞いているの?」


「いてっ! 何するんだよ、暦姉!」


「今は暦姉じゃないでしょ。ちゃんと、奥平先生と呼びなさい!」


「いや、だって……。すぐに呼び名を変えろと言っても……」


 ヒクッと俺は小さくなり、暦姉はふっ、と小さく息を吐いた。


「もう一年が経とうとしているんだよ。そろそろ慣れてほしいなぁ……」


 暦姉がニコッと笑いかけてこちらを見てきた。本当に若々しくて、美人であり、昔は男の子にも負けないほどのおてんば娘だった暦姉がここまで美しくなるとは思ってもいなかった。


 ————マジで女って怖ぇ。


「慣れろと言われてもなぁ……。昔から俺も桜も慣れてしまったし……。それよりも続き話さなくてもいいんですかねぇ?」


 俺は話を元に戻そうと、暦姉に言った。


「そうそう、さく……羽咲さんの事だけど……」


 今、絶対に桜ちゃんと言おうとしたな。


「これ、本気で言っているの? まぁ、分からない事もないんだけど……。菅谷君、一応、私だってあの事はもちろん知っているつもりよ。だけど……これではダメだと思うの」


「それを俺に言われてもですね……」


「それもそうなんだけどさ……」


「分かっているなら直接本人に訊けばいいでしょ! 奥平先生だって、一応、教師なんだから生徒とも真剣に話してくださいよ」


 一枚の紙を見せられた。


 羽咲桜はねさきさくらと書かれてある進路希望調査だ。第一次希望が俺と同じ大学の理工学部、第二に情報学部、第三に経済学部となっている。どう見てもそっくりそのままだ。


「これを見て、他人の私が言えると思っているの? 他の先生だったらズバズバというと思うんだけどね……」


 確かにその通りだ。


「そうですね。だったら、先生も一緒に来てくれませんか? 週末家庭訪問という形で……」


 それを言われた俺はそんな提案をした。さすがにこの問題はじっくりと考えるべきであり、休みの日ならいくらでも時間がある。

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