003  冬の寒さに打ちひしがれずにⅢ

 彼女の名は小泉友理奈こいずみゆりな。俺達の同級生であり、弓削颯太ゆげそうたの彼女である。


 薄黒い灰色の髪のクールビューティーな少女である。さっきも言った通り、まじめな性格で気が強く、意外と嫉妬しっとしやすいタイプである。


 彼女の裏の顔は小説家である。中学三年の頃にデビューが決まり、それ以来人気作家として、トップを走り続けている。


「言い訳は聞かないわよ。それよりも桜ちゃん、こいつ、何か失礼なこと言っていなかった? セクハラされそうになったら私に行ってよね!」


「大丈夫ですよ。私じゃなくても他の女子生徒をナンパしたりしていますから……」


 さくらは笑顔を見せると、改めて小泉を見つめる。


「ばっ、違う。あれは俺なりの女性へ対する接し方であって、決してセクハラなどしていない。俺は世界中の美しい女性を愛する男だからその罪は大きいのさ」


 颯太は慌てることなく、いつもの調子で淡々と話した。


 俺はその様子を見て、いつか、小泉に刺殺しさつされるか、監禁されて一生牢獄生活になるのだろうと想像していた。


 この時間は三限目から四限目へと変わる間の十分程度の休み時間。


「小泉、颯太をるのはいいが、昼休み、もしくは放課後にしてくれ。後処理とかが面倒になる」


 俺がこの後の颯太の事も踏まえて考え、小泉に頼んだ。彼女は小さく頷き、小さく溜息を漏らす。


 怒りは静まったようだが、最終的にはまた、爆発するのである。小泉友理奈は嫉妬とツンデレの本当に可愛らしい少女であり、颯太が彼女を選んだ理由がなんとなくわかる。


 すると、小泉は俺の耳元でささやく。


「分かった。それよりも菅谷君、さっき少し話を聞いていたのだけれど……。本当にそれでいいの?」


 そう言ったのだ。


 まぁ、この二人は本当に心配してくれているんだよなぁ……。


 それはそれで有難い事なのだが、本当にその期にならないのだからしょうがない。


 四限目のチャイムが鳴る。


 それぞれの席に座り、担当教科の先生がギリギリで教室に入ってくる。


 委員長の号令に合わせ、起立、礼、着席の三つの流れを終えると、さっそく授業に入った。




 四限目も終わり、昼休みになると俺はバックの中から弁当を取り出そうとバックの中を探していた。


かける君、お弁当はこれですよ。今日、忘れていたでしょう?」


 桜が俺の青い風呂敷に包まれている弁当を渡してくれた。


 そうだったか……? ああ、そう言えば今朝、慌てて家を出て行ったんだっけ?


「ありがとう。それにしても桜、いつも弁当を朝早く作ってくれて有難いんだけど、たまには忘れてもいいんだぞ。売店のパンや弁当もあることなんだし……」


「いいんですよ。これと言っても大変ではないですし……それに翔君のお世話は私にとってそれだけで幸せな気持ちになるんですよ」


「そ、そうか……」


 俺は返す言葉もなかった。


 桜の満面な笑みを見せつけられると、何も言えなくなってしまう。


 俺はあの日以来、彼女の悲しむ姿を見たくなかったのだ。と、同時にあれ以来、彼女は涙を流さなくなった。

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