第七話 残像を遺し、戦慄は刻まれて
巨大な兵器が蹂躙したような無数の跡が出来上がっていた。
森の一部は、すっかり焦土と化していた。水分が一瞬で蒸発することで爆発した木々は引き裂かれた布のように無残な姿になっている。土は隆起したように盛り上がっている。
もうもうと沸き立つような粉塵。それに紛れて移動した後、ぼろぼろになって立っているのがやっとの状態のような木の後ろでエルスは息を潜めていた。
焦土の中央あたりで、エナは油断なく辺りを見渡している。彼女の視界から隠れるように木の裏に逃げ込んだエルスは、げんなりと感心していた。
……なんつー、火力だ。
流石は〈アヤソフィアの学び舎〉のクラスファースト――しかも宮廷法術士の見習いとはいえ候補生。
この大陸では知らぬ者はいない、法術の最高峰で学んだだけのことはある。もちろん、エルスも同じくクラスファーストに在籍しているため、似たような、もしくはそれ以上の威力の法術を使える一流の法術士は山ほど見てきたが、あれだけ威力のある法術を連続で行使できる法術士はそう多くない。ましてや、ぽんぽんと攻撃的な高位法術を連発して平然としている法術士なら、なおさら。
エナはエルスの姿を探すようにあちこちを見た後、手の平を小さく掲げた。弾けるような電撃と共に光が宿る。
そして、エナが狙いを定めたのは、まさにエルスが隠れていた木だった。
「げ――」
毒づく。考えるよりも早く身体が動いていた。叫ぶ。
「
荒れ狂う激しい水流に似た膨大な光が、エルスが隠れていた木を丸ごと飲み込む。高温の熱波と衝撃によって、木は塵のように分解された。
後には何も残らなかった。否、身の回りに張り巡らせた光の障壁でエナの法術を防いだエルスの姿がある。
エナが楽しそうに笑う。
「今の無傷で防ぐなんて、さすがはジェシカ様の弟子」
「そら、どーも」
「普通なら、あれで一発なのに」
「そんなことより、なんでいきなり攻撃来るんだよ」
エナは質問の意味がわからないという言うように、きょとんとした後、無邪気な子供のようにくすくすと笑い出した。
「だって、えーたんが悪いんだよ? えーたんが、ユイを怯えさせた上に泣かせたりするから」
「泣かせるって――」
もしかして、ユイが転んだときにエルスが支えたあのことを言っているのか。だとしたらとんだ誤解だった。
「あれは事故だろ」
しかしエナは聞いた様子もない。
「ユイを泣かせる奴はエナが許さない。ユイを悲しませる奴もユイを怖がらせる奴も、みんなみんな、エナが殺してやるんだ」
陶酔したように甘い声で恐ろしいことを平然と口にするエナ。木苺色の瞳も今は血のような赤にしか見えない。
「だから、死んで?」
その声と共に、エナの手から光がほとばしる。
「
光と風。両者の放った法術が二人の間で衝突する。二つの力はお互いを飲み込もうと激しくぶつかり合い、最後に弾けるようにして爆ぜた。熱せられた空気が森の中をめちゃくちゃにかき混ぜ、土ぼこりを舞い上がらせた。視界が悪くなる。
次の瞬間、エルスはエナの後ろにいた。
はっと気づいたエナが振り返ろうとする。
「空間転――っ!?」
エナが言い終わる前に、エルスは硬く拳を固めるとエナの首筋に打ち込んだ。同時、エルスの拳から紫電が弾け、びくりとエナの身体が大きく痙攣する。
エナはあっさりと意識を失った。その身体がエルスにもたれかかる。
なんてこった。巻き込まれた厄介ごとの大きさにため息が出る。
ぼろぼろの焼け野原に変じた森は、午後の光を浴びて惨めに佇んでいた。
〇
気絶したエナを抱えたエルスがやって来たのは、女子寮と男子寮の間にある特別棟の一階にある医務室だった。
白亜の宮殿のように白く清潔な医務室にはいくつものベッドと薬瓶が並んだ棚がいくつも置かれている。入り口付近には、調剤のためのテーブルと椅子があった。本来なら常駐しているはずの医師はいない。
代わりに室内で佇んでいたのはアレクセイだった。まるでエルスが来ることを最初から予見していたようでもある。
アレクセイは無傷のエルスとエナの姿を見ると、ほっと胸をなでおろしたようだった。
「無事のようだね」
「一応は」
端的に答え、エルスはエナをベッドに寝かせた。気を失ったエナは瞳を閉じたまま、目覚める気配はない。
エルスはベッドの周囲を囲むようにカーテンを引いた。
「……黙っていてごめん。気分を害しただろうから、謝るよ」
申し訳なさそうに言ってくるアレクセイにエルスは意外なものを見るような目をした。何を思うでもなく、素直に首を横に振る。
「……いや、怒ってるとか機嫌悪いとか、そういうのはないかな。ただ、俺も考えが甘かったって、つくづく思ったというか。そもそも、師匠からの依頼が、事なきを終えるわけがないんだ」
半ば諦めたような心地でそうぼやく。
エルスはアレクセイに向き直った。
「それで、質問がいくつかあるんだが、当然答えてくれるんだろうな?」
問いかけというより確認口調でアレクセイに尋ねる。
アレクセイは観念したように苦笑した。
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