第6話
【???】
「おばあちゃんから貰ったの……
おじいちゃんが金細工師で、
海外の風車をモデルに作ってくれたんだって」
【???】
「じゃあ、俺とクーちゃんが、
ずっと一緒にいられるようにお願いしよう」
【???】
「壊しても無駄なの……」
【???】
「やめろーーー!!」
【???】
「このペンダントがある限り……」
【???】
「なんで俺の事さけるんだよ!?」
【???】
「また……またこうなるの……どうして……」
【???】
「生きている限り……
私たちのどちらかが、
生きている限り……」
【???】
「回ってる……瓶の中で?」
【???】
「それって? どういう事!?」
【???】
「わからない……
でも、俺は生き残ったから覚えてるんだ……」
【???】
「……私たちが出会えば、必ず……」
【???】
「……その話……俺は信じるよ」
【???】
「あそこのクレープが食べてみたい!」
【???】
「次は遊園地に行こう」
【???】
「行きつけの喫茶店があるのよ」
【???】
「俺、ホラー映画って怖くないんだよな……」
【???】
「数えるのもやめちゃったかな?」
【???】
「毎日初恋でも……いいんじゃないか?」
【???】
「最後は……何も言わないけどいいかな?」
【???】
「クーちゃんが決めた事なら、俺もそうするよ」
【???】
「じゃあ、ここに書いた事全部やったら、
お仕舞にしよっか?」
【???】
「死ななかった方が記憶を保持できるんだよな?」
【???】
「持ってる方がちゃんと情報共有しないとダメよ」
【???】
「なんだ……ほとんどクーちゃんがやったんじゃん?」
【???】
「ごめんね、アっくんばっかり……」
【???】
「死んだ方は、覚えてないからさ……
クーちゃんの方が辛いと思う……」
【???】
「ううん……そんな事ない!
だって、こうしてアっくんと会えるんだもん!!」
【???】
「だけど……」
【???】
「次で……」
酷く心地の悪い夢を見た朝、静かにベッドから起き上がると朝の支度を始める。
【貴晶】
「悪い夢……か…」
鏡に映る自分を見つめながら呟く。
あの日から、何年が経過しただろうか?
毎日のように同じ夢を見た……
そのどれもが悪夢で、いつの日か見なくなってしまったからすっかり忘れていた。
【貴晶】
「今日も、仕事か……」
家から出てバイクに跨ると、俺は悪夢を忘れるべく、配達の仕事に出た。
【貴晶】
「悪い、夢……」
忘れたくて無心にスロットルを開け、とにかく意識を風に溶かしていく。
【貴晶】
「ガキの頃も、こんなんだったっけ……」
小さな頃、近所を駆け回った事がある。
欲しいおもちゃが手に入らなかったとか、親がゲームを買ってくれなかったとか。
飼っていた猫が死んだときもそうだったし、憧れていた祖父が亡くなった時も。
【貴晶】
「将来……夢……か……」
いつの日だったろうか?
誰かとそんな話をした気がするけど、もう忘れてしまった。
あの日からずっと、手のひらのかじかんだ感触が抜けずにいて、それを忘れたくて二十四にもなったのに、俺は相変わらずガキの頃と変わらない事をしていた。
生きている感覚がまるでしない現実で、わずかでも生きている実感が欲しくて、バイクに乗り始めたし、転倒してケガした経験も、事故りかけた瞬間もある。
痛みも恐怖もあるのに、やっぱり生きている感じが全くない……
手のひらは真夏の炎天下でも、寒そうに震えている。
今の時代、若年性ナントカって病気があったりする。
だから、医者に診てもらったこともあるけれどまったく異常がない。
それもそのはず……なにか、あたたかい感触を覚えているから……
味わった事がない白くて細い指の心地が消えなくて……それでもここになくて……
【貴晶】
「ここか……」
一休みしようと思って配達帰りにコンビニへ。
裏の林の向こうには母校があって、それでも訪ねようとは思わない。
懐かしい感覚が恋しくなるのに、どこか知らない間に地元を遠ざけていた。
ここにいるだけでも息苦しいのに……近づけば近づくほど息苦しさは増すから。
だけど……一瞬だけ手の動きが止まる……
【貴晶】
「あれ?」
バイクを止めてグローブを外すと、ヘルメットのシールドを上げ、わけもないのに周囲を見回した。
その刹那、世界のすべてが失われた……
いや、世界が――音も匂いも景色も、漂う風もすべてが彼女に魅了された。
初めて見るはずなのにひどく懐かしくて……知らないはずなのに、知っている気がして……
知っているはずのその頃よりも大人になっている。それでも、目にすると色褪せた感情と錆びついた景色が、彼女を中心に彩を取り戻す。
彼女もまた、俺が見た瞬間からわずかたりとも目線を逸らさず、運命と呼ばざるを得ない不思議な力を感じているようだった。
と、その時、彼女は背を向けて走り出そうとした。
【貴晶】
「待って!!」
彼女がぴたりと足を止める。
【貴晶】
「ここで乗ってくれないと……乗らないと……
きっと後悔するから!」
俺は何を言っているのか自分でもわからなかった。
だけど、感情なんて二の次で、今まで俺はこの人のために準備してあったかのように言葉が出てきた。
【???】
「……私も……もう諦めたはずだったのに……
やっぱり後悔しちゃうんだね……」
振り返ると彼女は俯きながら歩み寄り、俺の差し出す手を取った。
手のひらを包む細い指としなやかな肌に触れられると、ぬくもりが満ち溢れる。
【貴晶】
「名前は?」
【???】
「えっと……ダークメアハウリング?」
【貴晶】
「恐怖のモーテルか?」
【???】
「フフッ……見たの? 怖くないんでしょ?」
【貴晶】
「何故か見たくなったんだ」
初めて会ったのに、今までずっと一緒にいたみたいに会話が出来る。
彼女以上に俺の存在意義はないのかもしれない。
何故かそんな事さえ思えてしまう。
【???】
「感想は?」
【貴晶】
「一人で見に行ったから眠っちゃったよ」
猫がくしゃみをするかのように小さく笑うと、彼女はパッセンジャーシートへ。
予備のヘルメットをパニアケースにしまっておく癖があったのも、この時のためなのかもしれない。
【朔之】
「光朔之っていうの……」
【貴晶】
「さっちゃんとか古臭いしな……
クーちゃんって呼んでも?」
【朔之】
「フフッ……あんまり変わらないね……
いいよ、じゃあ私はどう呼べばいい?」
【貴晶】
「うーん、アっくんとか?」
【朔之】
「じゃあ、アっくん!」
【貴晶】
「なんだ?」
【朔之】
「呼んだだけ」
不意にキスされるかのような安らぎに満たされ、俺達は笑い合った。
元々付き合っていた二人が地元で再開してっていうのはよく聞く話で、俺達もなんだかそんな雰囲気。
互いが互いに居心地の良さを感じている。
【貴晶】
「バイクに乗るのは初めて?」
【朔之】
「うん! アっくん、免許持ってなかったし」
【貴晶】
「箱をマウントしてる鉄パイプを! って!!」
俺の腰に華奢な腕を回して抱きしめるようにした。
【朔之】
「カップルなんだから、これでいいでしょ?」
【貴晶】
「クーちゃんがいいなら、それでいいけど……」
ひとしきり会話を終えると、バイクは走り出す。
配達帰りにサボってこんな事をしている。
やっぱり、なんだか懐かしい気分がする……
喫茶店とかも行ってみたかったし、遊園地とかも行ってみたかったな……そうだ、海に行こうか!!
でも、これからやりたい事ばかりなのに、もう全部やり遂げたみたいな満足感がある。
二人だけの風に包まれ、カギにつけられたキーホルダーが音を立てる。
【朔之】
「あっ! それ!?」
今はぺしゃんこにつぶれてしまった風車のモチーフに、彼女は見覚えがあるらしい。
【貴晶】
「これ、好きなんだよ……クーちゃんのか?」
【朔之】
「そうだけど……まぁ、いいや!」
都会の雑踏を離れて、田舎道を駆け巡り、あぜ道や未舗装路、どこまでも二人で。
【朔之】
「ごめんね……」
【貴晶】
「俺の方こそ……ごめん」
互いに、謝る必要などないはずなのに……
【朔之】
「ううん……いいの……
私たちが選んだ道だから……」
多分、俺はこれから起こる事がわかっているけど、後悔はない。
【貴晶】
「そうか……そうだったな……」
ずっとずっと、この瞬間を求めていたんだね、俺は。
この時のために、彼女と一緒にいる為に、生まれてきたんだろうね。
初めてなのに……
いや、きっと初めてじゃないんだろうな。
ずっと一緒にいたんだ……俺達は。
【貴晶】
「ありがとう……」
やがて、俺達は峠道に差し掛かり、強烈なワインディングロードを越えて、山頂付近へ近づくと景色が晴れて、今まで暮らしていた迷路のような街を見下ろす。
だけど、進む先は一本の道。
どこへ続くのかはわからないけど……
二人一緒でこの先も……
【朔之】
「私こそ、ありがとう……」
やがて、意識が一陣の風に溶け込んでいく。
腰に当てられた手のひらが力強く握られていく。
左の手でその手を包み込んで二人で笑い合った。
さあ、行こうか!
俺と彼女が一つの風になるとき、互いを確認しその手を握る……
【貴晶&朔之】
「大好き……」
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