第5話
クレープに映画、初めてのデートに緊張しながらも十分に堪能した俺達は帰路に就いた。
手を繋いで歩いていると、彼女は寒さを感じたかのようにわずかに震え、ポツリとこぼす。
【朔之】
「ねぇ……これからなんだけど海、見に行かない?」
【貴晶】
「えっ、いいけど、こんな季節だぞ? ってか、金が本気でヤバいんだけど……」
【朔之】
「あっ……そうだったね、ごめんね私が間違えちゃった所為で……」
本当なら、とにかくこのままどこか行けばよかったんだろう。
学校だってサボったんだから同じような感覚で、悪い事してどっか行けばいいのに……
【貴晶】
「じゃあ、海は決定で、その次はどこ行こうか?」
しかし、彼女はなにか悟った目つきで、黙ったまま頷くだけだった。
寂しい気持ちもわかるけど……これでお別れじゃないんだから……僕は努めて明るく振る舞う。
【朔之】
「次はね……」
彼女の沈んだ声色のその先がなんとなく怖くて、僕はかぶせ気味に言った。
【貴晶】
「遊園地とか行こうか?」
【朔之】
「前に行ったじゃない! 忘れんぼなんだから!! あっ……」
どういう事だろうか?
彼女と出会ったのは今日が初めてなのに……
【貴晶】
「前に……行った?」
僕の表情を目にすると、彼女は押し黙ってしまった。
【貴晶】
「ところでさ――」
【朔之】
「もうね……いいの!」
【貴晶】
「それって……どういう事だよ!?」
【朔之】
「私、幸せだったよ……」
【貴晶】
「だって、まだまだこれからじゃん!」
【朔之】
「……そうね……
今度は、アっくんの行きたいところに……
どこでも行かせてあげる……」
【貴晶】
「行きたいところか……」
遊園地は行きたかったけど、彼女は嫌そうだったから別の所を考えるとしよう。
【朔之】
「アっくんってさ、将来の夢……何かあるの?」
唐突にそんな事を聞かれると話を逸らされているような気がしてしまう。
でも、そのままの答えを返したら、すべてが流れて消えてしまう……そんな気がして……
【貴晶】
「じゃあさ! 俺、クーちゃんと一緒にいるよ!!」
子供の頃はパイロットだとかF1ドライバーとか色々あったけど、大人になると得手不得手というのがわかるようになるもので、特に将来の夢なんてなかった。
月並みで笑われそうなクサいセリフを返した。笑ってくれるだろうと思い彼女へ。
が、その一言を耳にして無表情になると、彼女の瞼にしずくが溢れた。
涙をぬぐう際に大きく揺れた体につられ、ペンダントが揺れ動いた。
【貴晶】
「どうしたんだよ……」
【朔之】
「えっ……あ! ち、違うの……嬉しくて……」
いや、また嘘を吐いている……
彼女の涙の色は儚く淡い輝きを持っていたから……
【朔之】
「なんでもない! なんでもないから……」
そうは言っても、彼女は大切な人を失ったかのように涙してうつむいてしまった。
【朔之】
「本当に……本当に、ごめ――」
泣き崩れる彼女にかける言葉すら見つからない自分が、あまりに無力で辛くて、もし僕が命を賭してでも彼女を幸せにできるのなら、そうしてあげたいのに……
クーちゃんに笑って欲しい……
クーちゃんの笑顔が見たい……
クーちゃんを幸せにしたい……
それから気まずい雰囲気になった僕ら。
一言も会話をする事が出来ないまま駅へと辿り着く。
この付近の学校がテスト期間なのか知らないが、駅のホーム学生で溢れかえってざわめきが僕たちを包む。
先頭で電車を待ちながら、微妙な距離感から気を逸らしたくて、背中で彼らの生活を観察している。
【学生A】
「また出たらしいよ……通り魔」
【学生B】
「マジ? まだ捕まってなかったんだ!?」
【学生A】
「人の多いところ狙ってやってるらしいよ!
しかも、ウチらと同じ年齢ばっか……ヤバくね!?」
彼女らが巷で話題の事件を、冗談めかして快活に会話したりスマートフォンいじったりしている間、俺達二人の沈黙は深まっていくばかり。
ふと手の感覚に気が付く。
やっぱり、季節でもないのにかじかんでいる。
胸に吹き抜ける寒気に心が痛くなり、ぬくもりが欲しくて彼女の手を求めようとした。
【貴晶】
「えっ?」
雷に打たれるとこんな感触なんだろうか?
あるいは鞭にでも打たれたのだろうか?
鋭い激痛が背中から全身を巡って、脳に飛び込もうとするより先に、僕は彼女の顔を見ようと横を向いた。
が、そこには電車の線路が続いているばかり。
ゆっくりゆっくり落ちていく物理的な力に逆らう事が出来ず、体がくるりとホームへ向いたとき、ようやく彼女の姿を目にした。
こちらへ向かって手を伸ばしている彼女。視界にはわずかに血が飛び散っている。
そうか……刺されて突き落とされたんだ……
頭で状況を理解できても、そんな事はどうでもいい。
彼女の絶叫する表情に苦しさが止まらず、拭ってやりたくて手を伸ばすが、豊満な胸の上で素敵なペンダントがきらめき放ちながら揺れるばかり……
どうしてそんな不安そうな顔をしているんだ?
今にも泣きだしそうじゃないか?
あの素敵な顔をもう一度見せて欲しいんだ?
やめて……やめてくれ……
笑って! 笑ってくれよ!!
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