第3話
【貴晶】
「えっ? ホラー映画?」
学校近くの駅から電車に乗って繁華街に立つショッピングモールへと移動し、僕は彼女のご所望通り、一緒にクレープを堪能した後で、シネマホールへと向かった。
【???】
「そうよ! アっくんが見たいって言ったのよ?」
その時、彼女の視線がちらりと泳いだ。
【貴晶】
「いや、俺は言ってない!
っていうか……名前、なんていうの?」
【???】
「ダークメアハウリング
-恐怖のモーテル-」
【貴晶】
「何それ……
って、いやこのタイミングで作品名は聞かないよ!
君のだよ!?」
B級だと思って高を括っていると、ついチェックを忘れてしまっていたが、同時にそんな名前のホラー映画があったなと思いだした。
【朔之】
「光朔之(ひかりさくの)っていうの!
アっくんはクーちゃんって呼んで」
出会ったばかりの少女をあだ名で……恥ずかしい……
【貴晶】
「光さんは――」
【朔之】
「ストーップ!
なんで呼んでくれないの!?
ありえない!! どうして?」
【貴晶】
「え? だってさ、会ったばっかりだし……
いや、そこまで否定しなくたっていいじゃん」
【朔之】
「だから呼んでほしいの!」
【貴晶】
「えーっと……じゃあ、クーちゃん?」
【朔之】
「なーに?」
猫がじゃれるときのような声色で微笑む。
思わずドキンとしてしまい言葉が続かない。
【朔之】
「ほら、始まっちゃうよ!?」
先導する彼女が振り返り、金色のショートヘアが翻り、胸元のペンダントが揺れる。
【貴晶】
「だから、ホラーじゃなくてSFにしようよ」
実際、僕はホラー映画で怖いと思った事がなかったからあんまり見ない。そんな趣向はないはずだし……
もしかしたら、彼女を怖がらせるつもりで言ったのか、それとも僕自身、度胸があると格好つけたくて提案したのかもしれないが……
でも、会うのは今日が初めてだし……
【朔之】
「だってわかんないもん!
蛍光灯振り回すなんて割れたら危ないでしょ!?」
【貴晶】
「設定が難しいとかじゃなくてそこかよ……
あれは蛍光灯じゃなくて、
プラズマとか荷電粒子みたいなもんでさ!?」
【朔之】
「ほら~またわかんない事言って騙そうとする!
プラズマってなに?
家電ってやっぱり蛍光灯じゃない!!」
頬を膨らませてすねた表情をするのがまた可愛くて、ついついいじめたくなってしまうけれど、これ以上は可哀そうなのでやめておく。
【貴晶】
「わかったよ……」
彼女は嬉しそうな足取りで、しかし企みを孕んだ表情で微笑みながら、チケット売り場へと向かっていった。
戻ってくるまで暇なので、付近にある広告を一枚手に取ってあらすじを読んでみる。
あるモーテルでの悲劇が引き金となって、人々に悪夢が連鎖するというありきたりなストーリーだ。
キャッチコピーは『ホラー映画が怖くないアナタに……血の祝福を!!』らしい。
【貴晶】
「なるほどな……」
つまり、彼女は僕が怖がる姿を見たいらしい……
でも、グロテスクなものは除いて、A級だろうとB級だろうと恐くないんだよなぁ……
ちなみにグロテスクは吐き気を催してくるからダメ。
そういえば、ジェットコースターとか絶叫マシンなんかも怖くないっけな……
怖いもの……
【貴晶】
「まんじゅう……いや、クーちゃんか」
そう言ったらクーちゃんはどうするんだろうか?
【朔之】
「なに? 呼んだ!?」
【貴晶】
「えっ? あぁいや、呼んでないけど……
買ってきたのか?」
【朔之】
「うん!」
彼女から渡されたチケットにはSFでもホラーでもない、コメディ映画のタイトルが印字されている。
【貴晶】
「零零くノ一『あたりめの報酬』……
え? これ、違うヤツじゃん!」
【朔之】
「ホントだ!
初めて予約したからもしかして、間違えちゃった!?」
舌を出して猫が甘えるかのような笑みを浮かべた。
それがあまりに可愛いから、俺はなにも言えなくなってしまう。
まぁ、コメディっていうなら見てもいいけど……すぐそこのチラシを手に、取りあらすじを読んでみる。
お騒がせくノ一再び! 博打で勝利しすぎた事をきっかけに居酒屋を梯子するくノ一は、翌日目を覚ました時に記憶を失っていた。
昨日を思い出すためにヒントを辿るくノ一は、今回も色々とシちゃいます!!
【貴晶】
「続編なのかよ……てか、海外映画のパクリじゃん」
【貴晶】
「しょうがない……
ちゃんと説明してどうにかしてもらおう……」
たしか、こういうのって買いなおすしかなかったような気がするが……
ってなると、格好つけて俺の奢りか……
【朔之】
「ごめんねー」
ショボくれ顔の彼女の頭をポンポンと叩いてやると、猫じゃらしを得た猫のように無邪気な笑みを浮かべた。
ずっと激しかった鼓動がより一層早くなって、息苦しさが増す。
彼女の艶を帯びた唇と、制服の上からでもわかる豊満な胸に思わず目が行ってしまう。
やっぱり僕は彼女が怖い……
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