第2話

暗い意識に響き渡る強烈な電子音。


ゆっくりと意識が体に戻ってくると、目覚まし時計のボタンを叩いて、俺は起き上がった。


【貴晶】

「……あれ……なんだっけ……あっ、学校!!」


目を覚ますと僕はさっき見ていたこれまでの悪夢の、一切を覚えていなかった。


だが、寝不足の倦怠感が体に残っているばかりで、鉛でも詰め込まれたんじゃないかと思えるほど重たさが全身に取りついていた。


冴えない意識を引きずるようにして、ただただ学校へ向けて足を動かし、やがて校門へたどり着く。


いつも通り、教師達のウザったい挨拶を聞き流し、玄関へ向かおうとすると、ふと僕は立ち止まった。


季節でもないのに、手がかじかんでいる……


【???】

「ねぇねぇ……」


まるで、この瞬間に、花がさえずるような声で呼び止められるのをわかっていたかのように……刹那の隙も無く僕は振り返った。


【???】

「おはよう!」


金髪のショートヘアーを揺らしながら、白昼の太陽のごとく明るい笑みがそこにある。


【貴晶】

「……」


誰かも知らない少女に対して、不思議と親近感がわいてくる。いや、今までずっと一緒にいたかのような……


もしかしたら、昔馴染みとかだろうか?


だけど、制服のリボンの色からして三年生だし、こんな時期に転入生なわけもない。


【???】

「また寝不足なの?

アっくんは本当にお寝坊さんね!」


豊満な胸を揺らして俺にズイっと迫ってくる姿に、どことなくドキドキとしてしまう。


それにしても、誰からもそんなあだ名で呼ばれた事はなくて、彼女に見覚えもないもんだから振り返る。


後ろには誰もいなくて、やっぱり俺に話しかけているらしい。


【???】

「まーたそれ? アっくんはアっくんしかいないでしょ!?」


僕の名前から抜き出してそう読んだんだろうか?


【貴晶】

「俺を知ってるのか?」


【???】

「知ってるも何も、私たち付き合ってるんだから!!」


風に乗って漂う彼女の香りに、これまで味わった事のない安らぎを覚えた。


【貴晶】

「はっ!?」


どこかでこんな詐欺の話を聞いた事があるような気がするけど、僕は彼女の言っている事が嘘ではないと何故だか信じていた。


それとも、突っ込み待ちなんだろうか?


【二人】

「ウチはそういう商売してないですけど」


【貴晶】

「えっ!?」


どうして僕の言う事がわかったんだろうか?


【???】

「そうだよね……」


伏し目がちになって今にも泣きだしそうな気持ちを押し殺した笑みを浮かべ、彼女の胸元のペンダントが何も言わずに揺れ動いた……


不思議なペンダントだ……


瓶に詰められた星の砂と金細工の小さな風車。


目にすると息苦しさが込み上げてくる。


そして、目の前にある彼女の笑顔。


なにか知っているのに、それを言ってはならないとか、隠しているとか……


とにかくこらえて気丈にふるまっているかのようなその笑みに、どことない既視感がよぎる。


【???】

「どうしたの? ほら、行くよ!!」


彼女の細い指が僕の手を取り、重たい気持ちが一変、ふわりとした心地に。


【貴晶】

「あっ! ちょっと……どこ行くんだ?」


【???】

「早くしないと始まっちゃうよ!?

見たかったんでしょ?」


かじかんだ手のどことない寒気が拭われ、彼女のぬくもりに包まれる。


心が落ち着く。


彼女の手のひらに安らぎを感じる……


僕の趣味について彼女が知っているとすれば、映画の事だろうと容易に理解できた。


【貴晶】

「何時からだっけ?」


【???】

「11時20分からだよ! 急ご!!」


まだ目を覚まさない僕の体が彼女によって引っ張られ、コケそうになった。


【貴晶】

「まだ余裕じゃん!」


学校から引き返していく僕達に、登校中の生徒達は不思議そうな視線を向ける。


【???】

「ダメッ! クレープおごってもらう約束でしょ!?」


【貴晶】

「おやつの時間でいいじゃないか?」


【???】

「だから10時のおやつにって約束したでしょ!!」



【貴晶】

「今月、金ないんだけど!」


【???】

「アっくんなら大丈夫だよ!!」


【貴晶】

「どの類の自信だよそれ」


とは言いつつも、楽しそうな彼女を見ていると拒否しようなんて微塵も思えなかった。


むしろ、僕自身もそうしたかったかのように、だんだんと足取りは軽くなっていった。

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