この試練こそ神の慈悲である

 怠惰天使サリエルの生活改善。

 まず祭加はじっくりと部屋を見渡してから言いました。


「この部屋の空気を変えなければいけませんね。秋田には住めば秋田市みやこという諺がありますが、どう見てもゴミ屋敷です」

「じゃあ掃除して」

「人をメイドみたいに扱わないでください。サリエルさんも一緒にやるんです」

「ウチはイベントで忙しい」


 そう答える天使の手にはスマホ。祭加は溜め息を吐きながら尋ねます。


「それはゲームですか?」

「ソロっとモンスター、略してソロモン。悪魔を揃えて戦うパズルRPG。イベントをクリアするとガミジンが仲間になるんだ」

「本当に悪魔好きですね、サリエルさんは」

「好きな絵師目当てで始めたらハマっただけ」


 祭加はおとがいに指を添えて思案顔。


「サリエルさんでもスマホゲームにはお熱ですか。なら、やる気を出させる方法の一つを使わざるを得ません」

「なんだそりゃ」

「それはご褒美です。課題をクリアして報酬を得られるとわかれば、脳の線条体を刺激し、やる気スイッチをオンにできるんです」

「ご褒美? まるでゲームのイベントだな!」

「サリエルさんが今欲しいものはなんですか?」

「課金用のギフトカード一万円分」


 サリエルは欲望を剥き出しにして即答しました。


「えらく庶民的過ぎて驚きましたが、まあいいでしょう。私の提示するミッションをクリアすれば、それをご褒美にします」

マジで?」

「なまはげは嘘を言いません」

「しゃーねー。やってやろうじゃん」

「では、ミッション【部屋の掃除をしよう】開始です!」


 サリエルはチョロかったのでした。ご褒美を手に入れるべく、部屋の掃除が始まります。

 祭加はてきぱきとゴミを袋に入れて部屋を綺麗にしていきました。

 そして、サリエルはというと――


「この漫画面白すぎて大草原」


 散らかっていた漫画本を拾ったかと思うと、そのまま読み耽ろうとしていました。


「掃除しましょう」

「いや休憩させて。ウチは二ターンに一回しか行動できないから」

「なんという体たらく!」


 ぴきぴきと頬に力を込め、祭加の顔が一変します。


 秋田美人の顔から、鬼の顔。すなわちなまはげへと――


「言うこど聞がね子はいねがー!」

「ヒッ! や、やります!」


 鬼の形相に威圧され、縮こまったサリエルは作業を再開しました。


 そして一時間後。

 なんということでしょう。

 ゴミだらけだった部屋は、清涼感溢れるぴかぴかの宮殿へと変化したのです。漫画本は整理されて棚に入れられ、床の上には髪の毛一本落ちてはいません。テレビの上の埃も取り除かれ、消臭スプレーを散布されたので空気も高原のように清々しいです。


「つ、疲れた……」


 ただ掃除をしただけだというのに、一試合終えたあとのボクサーのような顔でサリエルは項垂れ、そのままぐったりと横たわってしまいました。


「筋肉痛がひどい……休ませてprz」

「どこに筋肉を使う要素があったのか謎ですが、まあいいでしょう。がんばったご褒美です」

「ギフトカード!」


 祭加はズボンのポケットからご褒美を取り出し、サリエルに渡しました。


「はい、なまはげチケットです」

「やったー! ってなにこの紙切れ!? クレジットカードの個人情報を流出された会社でもこんなセコいもん配布しないっつーの!」

「なまはげチケットを集めれば、報酬ギフトカードと交換できますよ。地道にコツコツがんばるからこそ、怠け癖もなくなり達成感も得られるのです」

「かえってめんど……」


 手にしたなまはげチケットを目にしてサリエルはぐぬぬと唸ります。


「しかしこれ一枚では無意味! 続けなければ、ギフトカードがもらえん……!」

「休んでいる時間も惜しいです。次のミッション【身なりを整えよう】に移ります」

「身なりって」

「寝癖で乱れた髪に、不健康そうな目つき。さらにはずっと皺だらけのパジャマを着ていますよね。体臭もひどいです。そんなボロ雑巾のような姿で恥ずかしいとは思わないのですか?」

「もっとオブラートに包んだ言い方して」

「比内地鶏のような姿で恥ずかしいとは思わないのですか?」

「なんで比内地鶏!?」

「秋田の名産品なもので」


 こほんと空咳を吐いたあと、祭加は提案します。


「とにかく、体を清めましょう。お風呂で洗いますから、パジャマを脱いでください」

「ウチに脱げだと……? それは騎士に鎧を脱げと言っているのと同じ!」

「どれだけハードル高いんですか。まあいいでしょう。私が脱がせます」

「あ~れ~」


 恐ろしく速い手つきでポチポチとパジャマのボタンを外し、祭加はサリエルを一糸纏わぬ姿へと変化させました。そのまま浴槽へと連行し、シャワーを浴びさせます。祭加はブラッシングや予洗いを経てシャンプーをさせ、顔も体もバッチリと洗い、つるつるてかてか、生まれたときよりも美しい体がここに降臨しました。


「天使すなぁ」


 体を拭き、鏡を見てサリエルはその姿に驚愕。


「天使ですよね」

「そうだった、ウチも忘れてはいない。天界で皆の憧れの的だったことを」

「では、服を着ましょう。もちろんパジャマ以外で」

「しゃーない。面倒だが着てやる……」


 サリエルはクローゼットから服とショートのデニムを取り出し、着用。

 ようやくまともな姿となった天使ですが、祭加の目は呆れの色が濃いのでした。


「なんですか、そのシャツ」


 シャツにはでかでかと格言のようなものがプリントされていました。


「『働いたら敗北者』Tシャツ。なんか面白そうだから買った」

「そのデニムはダメージジーンズですか?」


 青色のデニムはところどころ穴が開いており、白い素肌が覗いています。


「いや、外に出たとき犬に噛まれて普通に傷付いた」

「直さないんですか」

「めんどい」

「せっかく可愛い容姿の持ち主なんですから、それに見合った服を着るべきです。私の服を貸しますから、これに着替えてください!」

「あ~れ~」


 再び祭加に脱がされ、サリエルは彼女が持っていた服を着ることになりました。


「天使すなぁ! 惚れてまうやろ!」


 鏡を見て、サリエルは再び驚愕します。


 ホワイトのふんわりとしたタートルネックに、紺のミアレ丈スカートを着こなした姿はまさに童話のお姫様のよう。美しくなった金の髪がその魅力を存分に引き立たせました。


「これが最強服装フォーム……フルパワーサリエルなのか。お前、なまはげにしてはいいセンスだな」

「秋田女子の流行トレンドを着てもらっただけです」

「怒涛の秋田推し」

「さておき、これでミッション完了ですね。はい、追加のなまはげチケットです」

「やったー!」


 なまはげチケット二枚目を手に入れ、サリエルはぴょんぴょんと跳ねます。

 やがて、一拍置いてからその表情は崩れました。


(はっ、思いっきりなまはげに屈している!?)


 サリエルの受難ミッションはまだまだ続くのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る