大天使サリエルちゃんは怠けたい

アルキメイトツカサ

NHKからの使者

 大天使サリエル。

 ハープのような声を持ち、漏れる吐息は甘く桃のよう。引き締まった腰まで届く美しい金糸の持ち主であり、細く秀でた眉に、透き通った瞳と完璧な容姿は全天界の憧れの的。

 天使には様々な仕事がありますが、サリエルの使命は、悪魔から人間界を護るという親愛なる隣人スーパーヒーロー的なものでした。

 サリエルは日本のとある街の担当となり、日夜魔の手と戦い続けるのです。



 

 マンションの一室。

 漫画雑誌やオヤツの空袋が散乱したとてつもなくだらしない空間。


「はー、だる……」


 パジャマのままBS11で録画したアニメを見つつドクペを飲んでいるサリエルはそう言いました。


「クッソねみ」


 ガラガラの声を持ち、息はニンニク臭く、ちょっと肉の乗った腰まで届くボサボサの髪はとても天使とは思えません。体の大部分をコタツの中に入れた姿はのろまな亀のようです。


「もうお昼やんけ。カップ麺作るか」


 そう言うものの、彼女の体はコタツと同化したままです。


「めんどいっぴ」


 瞼を固く閉じ、サリエルは転寝を始めてしまいました。


 そこへ軽快なピンポーンというチャイムが響き、大天使の眠りを妨げます。


「こんにちは、サリエルさん。NHKですー。お話があって参りました」


 ドアの向こうから若い女の声が聞こえました。


「NHKだあ? 受信料ならちゃんと払ってんのに、何の用だ」


 アニメ番組のためにNHKとはとっくに契約済みのはず。不審に思ったサリエルは重い腰を上げて、のっそりと玄関へ向かいます。


「なんスか?」


 眉を顰めてドアを開けるサリエル。その淀んだ瞳に映ったのは――


 姿でした。


「んご!? お、鬼!?」


 額からにょっきり生えた二本の角。その鋭い双眸は目を合わせただけで人を殺せそうでした。うねうねとメデューサの蛇のように黒髪を波立たせ、鬼は近所迷惑になりそうなほど大声で叫びます。


「悪い子はいねがー!」


 というか鬼ではなくでした。


 なまはげは部屋の中に入り込み、なまはげオーラでサリエルを威圧します。


「ひいっ!」


 その鬼気120%の顔にサリエルは思わず涙ぐみます。尻もちをつくとそのまま床を蜘蛛のように這い、コタツに潜り込みました。


「なな、なんでなまはげ!?」


 困惑するサリエルを見て、なまはげはニヤリと笑います。すると、その鬼の顔が変化し、見目麗しい女性が現れたではありませんか。

 均整のとれた目鼻立ち。黒瑪瑙のように輝く長髪に、新雪のごとき白い肌。まるで芸能人のようです。体を包み込んでいるのは蓑のようにも見える大きなストール。そして、あったかそうなボアスカートを穿いていました。


「突然のなまはげ、どうか許してください。これが私たちのビジネスマナーなので」


 申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げる女性。


「あんた、本当にNHK? 番組のドッキリか何か?」

「では自己紹介を。私はNHKなまはげ派遣組合の萩祭加さいかと言います」


 サリエルは祭加と名乗ったなまはげから名刺を受け取り、


「なんだ、なまはげ派遣組合かー。ってなんやねん!」


 床に叩き付けました。


NHKなまはげ派遣組合はその名の通り、全国の怠け者を更生させるための機関です」

「知らんがな! ウチは呼んだ覚えなんかまったくないぞ!」

「ええ、先日NHKなまはげ派遣組合メールボックスなまはげポストにご依頼があったのです。『こんにちは! いつも楽しくなまはげ活動を拝見しています。実は折り入ってなまはげ様にお願いがあるのです。私の部下は地上に下りたとたん、人間の娯楽に触れ怠けてしまいました。天使のくせにメガテンをやるといつもカオスルートになります。どうかサリエルを更生させてくれませんか。PN蛇に睨まれたミカエルさん』より」

「くそっ、天使長ミカエルの奴か!」


 サリエルは悪態を吐きます。どうやら上司には怠惰な姿が丸見えだったようです。


「私も様々な子の相手をしてきました。夏休みの宿題をやらない子。家事を手伝わない子。小説投稿サイトを毎日更新すると言って三日でやめた子。そんな彼らもなまはげの指導によって生活を改善できたのです。なまはげとしての意地を見せるべく、サリエルさんの怠け心を更生させてみせますね」


 にっこり微笑む祭加。穏やかな口調の中に鬼が潜んでいるのをサリエルは感じました。


「嫌だ。ウチは人間界の娯楽を満喫したいんだ! 馬鹿真面目に天使の仕事なんかやっていられるか!」


 今の状況に満足しているサリエルはなんとしてでもこの祭加を追い出したくて仕方ありません。


「かくなる上は……」


 サリエルの瞳が妖しく光ります。実は彼女には邪視と呼ばれる中二病的な能力がありました。睨むだけで相手を病気にさせることのできる天使とは思えない力です。


(邪視でこの女を風邪にしてやる―ッ!)


 心の中で強く念じ、サリエルは邪視を発動!


「どうよ!? 高熱に魘され病院のベッドの上で寝込み悪夢を見るがいい!」


 ドヤ顔で哄笑する悪魔……ではなく天使です。


 しかし、


「何かしましたか?」


 そこにあったのは秋田美人の顔でした。


「効いてない!? あらゆる病気を与える最強デバフ能力なのに!」


 そう狼狽えると祭加は余裕綽々に微笑みます。


「なまはげは無病息災をもたらす来訪神。病気になどなりません」

「なにそのチート特性スキル!」

「私はプロのなまはげなので。なまはげライセンス見ますか?」


 祭加がストールの中からビシッと取り出したのは、免許証サイズのカードでした。


「なにこれ」

「なまはげ協会が主催するなまはげ試験を合格したものに与えられるなまはげライセンス。これを提示するだけで、秋田のあらゆる公共機関と特産物の料金が二割引きになります」

「セコいな」

「そして裏なまはげ試験を合格し、なまはげの聖地真山で神鬼の力を得てなまはげに変身できるようになったのです」

「なんぞそれ……」


 人間のくせに侮れないとサリエルは焦ります。


「さあ、私と一緒にその怠け者体質を改善しましょう!」


 フィットネスのトレーナーのように声を弾ませる祭加。

 サリエルはげんなりしました。


(生活改善などしてたまるか! ウチはずっとぐうたらして遊びたいんだ!)


 ぎりりと歯を噛み締め。決意を固めます。


(ウチはなまはげなんかに屈しない! 絶対に!)


 こうして天使となまはげ。二人の奇妙な生活は始まってしまったのでした。

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