6
今までの話聞いていたら目を背けたくなるような事実が一杯あった。だがしかし、少女は何処か誇らしげにしゃべっていた。何処か自慢するように。私のお父さんだぞ、と言わんばかりに。
そんな後少女に連れ出せれ外を歩いている。来てほしい場所があるそうだ。トオルは暢気に構えながらも不審さは隠さずにはいられなかった。それでも付いて来い、と言われては仕方なかった。
「どこに行くんだい?こんな朝方に」
話はあの夜中から朝方まで及び世間ではもうと日が昇り始めていた。辺りは薄暗く奇妙な探検ごっこにはぴったりだ。トオルはそんなことを思いながら少女の背中に付いて行く。
しかし、いっこうに言葉が返ってこない。少女の顔を見ようとすれば少女の速さは尋常で無いくらいに速くなった。まるで、幽霊のように、浮遊しているかのように。
それを繰り返しているうちに、少女は振り返った。その様はとても家の様子とは違っていた。前髪は恐ろしく伸びており顔を隠していた。麗しく光る髪が刃物を匂わせていた。その奥から感じる目には、立派に殺意が宿っていた。直視しなくともわかるくらいに。
「わかった。ちゃんと、後ろ付いていくから連れて行ってよ、ね?」
トオルは優しく微笑んだ。そう努めてそう言った。
少女は頷き目を向いて歩き始めた。
何を感に触るようなことをしたのだろうか。トオルはぼんやりとしか考えられなかった。
朝霧のようなものが深まっていく。視界から鮮明さを奪いまっすぐ歩くことさえ困難にさせる。それでも少女は歩いていた。まるで、AI のように。その様は恐ろしい。
だが目的地に着いたのか、彼女は立ち止まった。そこは非常線が張られていた。
「ちょっと!入っちゃ、まずいよ!」
そう呼び止めても振り返ることなく彼女は中へ入っていった。
そこはボロボロのアパートで住人もほとんど入っていない様子だった。ここで事件が起きたのだろうか。今朝はニュースを見ていない。ぼんやりした頭でトオル考えた。
少女はある部屋の前で止まった。さらに非常線が張り巡らされており開けるのにも困難を極めそうだ。
「ここ?」
頷く少女
「でも、ここ」
横に首を振る少女
入れ、ということらしい。
トオルは意を決し、決して開きそうにドアノブに手を掛けた。手に力を加えたら自然とドアノブが動きドアの口が開かれた。
少女は依然としてドアの前から動かずトオルだけが中に入った。
そこは鼻を劈くような臭気に満ちておりトオルは反射的に顔をしかめた。
なんだこの臭い。死体の臭いか。トオルは探り探りに廊下を歩いた。リビングに入るなりさらに臭気は威力を増した。もはや、鼻を塞いでも体中の穴から侵入してくる勢いであった。
左にはベッド、右にはテーブル。左が僅かに闇が多いのは気のせいだろうか。
恐怖を隠しながらトオルが近づけば。
それは、死体であった。それも、年の食った女の。
瞬間的にトオルは脇に吐いた。フローリングに液体が零れる音が耳を微かに刺激する。パニックで自我が飛びそうだった。
何だ!この部屋!人が死んでるじゃないか!あの女、騙したな!くそ!くそ!くそ!
腹を立てても嘔吐感で脳内が一杯になり、もはや思考停止であった。
なんで、なんで、なんだこの場所!
「君が、君がここで彼女を殺した。つい、昨日だ」
声のする方向へ向けば、少女が死体に跨っていた。
「は?君、何いってるの?」
少女の態度は嘘を言っている風でもなく、ただ事実を伝えているだけらしかった。
「僕が?これを、した?ふざけるのも程々にしてくれよ」
笑いたかったが少女の目がどうしようもなく怖かった。
「これは、あんた。というか、あたしたちが殺した。ほら、こっちに来てごらんよ」
そのいい草はまるで女が男に誘惑するかのごとく。それは何処か懐かしく感じるような声だった。
トオルは少女の言うことを聞き入れ死体に近づく。臭気が発せられているのだと分かる。気持ち悪い、できれば近づけたくない。嫌だ、目を背けたい。そんな言葉が脳内を隙間無く埋める。くそ。嫌だ、俺は嫌だ。
そう思いながら、足に力を込め覗き込んだ。
味わったことのある感覚が鼻腔を痛烈に刺す。
それは母親の寝顔だった
眠っている?いや違う死んでいるのだ
死んでいる?いや違う殺されたのだ
殺された?いや違う殺したんだ
殺した?僕が?君が?そして、僕が?
手がわなわなと震えだし、聞いたことの音をトオルはぼんやりと聞いていた。
それは、トオルの悲鳴だった。
耳を、鼓膜を破るような高い声は部屋中に響き渡った。
頭を抱え子供のように泣きじゃくる。死体とも構わず上に跨る。そして、力一杯に心臓を殴る。
おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!
トオルの頭の中は「おかあさん」で一杯であった。
子供のように泣きじゃくる成人男性の姿がここにあった。
「ずっと、殺したかったんだよね?ずっと」
優しく語りかける少女にトオルは涙を拭かずに叫んだ。
おかぁだんは!おればずぎだっだ!だでど、おがあだんが!おがあだんが!!ぼぐうぉ゛!げなじたんだ!
「それは仕方の無いことだ。それでも、お母さんが君したことはとんでもなく、最低なことさ」
それでぼ!じゅぎだっだ!
「じゃ、なぜ殺そうと思った?」
ぼぐば!ごろじてなんがいじゃい!
「それでもだ!お前が、殺したんだよ!」
うあがじゃ!!!!!!!!!!!!
トオルは訳も分からず死体をはめた。
え゛い゛えんじ!ごうじゅれば!ぼぐじょおがあぢゃんばむじゅばれでどう゛じぇん!
「無駄だよ、そいつは死んでる。」
じんでない゛!
「残念だけど、そいつはただの抜け殻さ。人形だよ。しかも、汚いていうハッピーセットつきだよ。お得だね。」
ぶざけるじゃぁ!おれじょ!おれこじょぉ!!!あがあじゃんを!ごびあづかじじゅるなぁ!
瞬間、トオルは少女の首を絞めていた。
それでも、少女は笑ってこう言った。
「いいだろう。私を殺すのも悪くは無い。消えて欲しいなら消えてやるさ。」
見る見る内に彼女の髪は白くなり、身体が衰退していった。そのまま朽ち果てて死んだ。消えた。
その瞬間、トオルの中から何かが弾けた。
トオルは怒りか、悲しさか、楽しさか、喜びか、愉快なのか、不愉快なのか、快楽なのか、不快なのか、それとも、機嫌がいいのか、不機嫌なのか、笑いたいのか、怒りたいのか、分からずにその場で地団駄の様に暴れ狂った。
ぶざけるば!!!ぼぎゅのおがあぢゃん!ぼぎゅのおがあぢゃん!ぼぎゅのおがあぢゃん!
「おい!何をやってる!」
騒音を聞き分けたのか、中年のおっさんが入ってきた。
腕には腕章があり、警察のようだった。
ひ!後ろから付いてきた若い警察はトオルの姿を見て怖気ずいた。
「馬鹿やってんじゃね!そこにいろ!」
中年はホルスターからピストルを抜きトオルに銃口を向ける。
「警察だ。大人しくしてくれ。銃を君に向けてるが出来るだけ、こちらも手荒な真似をしたくない。」
台詞のような言葉を発した。しかしトオルに届くことはなく、むしろ殺意を増進させた。
「うるじゃい!ぼぐのおがあぢゃんうぉ゛」
「君何を言ってる?!ここに何も無いぞ?!大人しく、こちらの言うことを…うっ!!!」
言葉の末にトオルは中年に飛び掛った。
「うるぢゃい!ぼぐのおがあぢゃんうぉ゛!」
トオルの力は異常に強く身体が老朽化していってる中年の男には耐えるものがあった。
「おい!本部に連絡しろ!」
轟音が耳を劈く。トオルは身体が焼ける感覚に襲われ体を仰け反る。
「うぎゃぢゃ!」
意味不明な言葉を発し後ろへ倒れる。
音の主は、銃であった。しかし中年のピストルによるのもではなかった。若い警察が撃ったのだ。
トオルは悶えながら血の海沈んで行くのが分かる。
ふざけるな、鮮明にそう言い残しトオルは力尽きた。心臓を撃ち抜かれておりその出血じゃすぐに死んでいただろう。普通のことだ。
「何やってる…?撃ったのか、お前?」
腑抜けた声で中年が聞く。
若い警官は震える手を押さえながら答える。
「はい…僕が殺しました…」
涙が零れ落ちる。一筋の水滴が尾を引いてフローリングに落ちた。この期に及んで悲しさ、後悔というものがここぞとばかりにやって来る。
「そうか、そうか」
中年を天井を仰いだ。どうやら上司にどうことの経緯を説明するか考えているらしい。さすがは上司。若い警官は皮肉ながらにそう苦笑した。
「どう説明しようかな。でも、襲ってきたのは向こうだしな。」
力の無い言葉が宙を舞った。
「ええ、何処か死にたそうでしたから。」
遠くのほうで応援のサイレンが鳴っていた。
この日の朝はなんでもないような日々を、今後を、もしくは死後を劇的に変えたのだった。
-終-
殺されたいから殺してほしい 辛口聖希 @wordword
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