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 それは、突然始まった。

 まだ、ちいさな私に向かって「家から出てけ!」。父の怒号が家中に響き渡る。

 私はまだ幼く小学校であったため、何で父が怒り出したのか分からなかった。

 その場で呆然と立ち尽くす私に睨みを利かせた。それは、親の目ではなくまるで獣のような目であった。

 今にでも暴力が飛んできそうだった。幼心に感じ取った。しかし、それとは裏腹に初めて見る父の姿に恐怖を感じていた。何より、足の震えがそれを物語っていた。抗うことのできぬ恐怖。私は頭が真っ白になった。

「聞いてないのか、ガキ!!?さっさと、でてけ!!」

 私はそうすることしかできなかった。黙ってフローリングに足を立たせながら玄関まで歩いていった。靴を履こうとしたそのとき。後ろから、慌てた様子の足音が聞こえてくる。私は恐怖に沈みながらも後ろ振り返った。

 そこには、さっき獣の目をしていた父が立っていた。

「ごめんなさい、、、今、出て行くから、、、」

 腰が引けそうなくらい怖かったが、押し殺しドアノブに手をかけた。後ろから父の視線が突き刺さるのがわかる。いつ、帰れるか分からず不安に駆られた、しかし今は出て行くことしかできずドアを力任せに開ける。

 外の景色が見えたと思ったら、不意に手に父の手の感触が伝わる。

 身体を震わし、上を見上げる。父が穏やかな笑顔で私の手を止めていた。

「すまない。少し、感情的になっていた。」

 そう言って父はドアを玄関に収めた。

 私は何が起こったか分からずそこからしばらくの間、動けないでいた。足が完全に靴を、地面を貫き私をかかしにしていた。足には力も、そして感情もなかった。

「すまん。怖い思いをさせてしまった。本当にすまない。」

 父は膝を折り、私を抱き寄せた。ギュッと私の身体は父の身体に沈み込んでいく。どこまでも底のないように。

 私は涙を流していた。きっと安堵感からであろう。父の耳元で泣いていたため、今思えば父の鼓膜が破れるほどにうるさく泣いていた。それを我慢していた父は私をずっと離さず私の鳴き声に耳を傾けているようだった。


数日後の夜、また父の怒号が私を震わせた。

 今度は酒の勢いに身を任せているらしく、幼心の私でも酒に溺れている父の姿はとても惨めに感じた。しかし、社会に出て会社にもまれたことのない生意気な子供はそんなこと言える由もなかった。

 私は先日の父の笑顔に希望を寄せながらも、九部の恐怖に負けてしまい父の言うことに従うことにした。

「家からっ出て行け!」

 父の言葉がまだ耳にこびり付いていた。何度ぬぐっても涙は止まることが無く、それと同時に何度も怒号が耳の中で反響していた。

 震える腰を上げ玄関へ足を進める。先日よりも速かった。それに加え、父を刺激することを避けたかったため足音も鳴らさずにいたのだ。ほぼすり足である。

 すり足のまま玄関に到着し靴を履く。綺麗に履くことも無く震えた足を無視しながら重たい扉を開ける。外から零れる光は壁の隙間から覗く街灯ぐらいであり、それ以外は全て闇だった。その後ろで相手もいないのに怒り散らす父の声が漏れるもではなく逃げ出そうとしていた。

 私は怖かった。どうして再び父がああなってしまったのかわからない。最近はちゃんといい子にしていたし、テストでも100点ばかりであった。それに、父が出来ない家事については私が出来る限りのことをやっていたのだ。それなのに、、、

 私は団地の階段を下り終えた頃、私は何時家に入れるのかと不安になった。夜に一人になることは怖くなにより、寂しかった。

 夜が明ける間には父は家に入れてくれた。また、先日と同じくその顔は懺悔の色で一杯になったていた。



 深いところは覚えていないらしかったか父親に異変が見られたのはその頃からだと少女は話す。

 少女は何処か虚ろな表情をしていた。悲しくもなければ、苦しそうもない表情をしていた。

 それは高学年になるにつれて激化していったそうだが、それでも父親の懺悔の色は色濃く残っていたらし。最低でも夜が明ける頃までは家に入れてくれたらしい。時には、涙を流しているときもあったそうだ。

 でも何故、そこまでするのかとトオルは胸中靄が掛かっていた。少女曰く、その前後に母親と離婚したそうだ。母親は子供を育てるのが面倒と言っていたらしく、それ聞いた父親が激怒し男ひとつ手で育てる、と彼女を引き取ったらしい。しかし、案の定異性ということもあり今まで母親がやっていた子育ての難しさを知り、どこにストレスをぶつければいいのか分からなかったんじゃないか、と少女は言う。それか、元からそういう人だったのではないか、とも。

 どちらにせよ、これらが全ての引き金となるということはもう少し先のことである。少女はきっと父は悩んでいるだけだ、私が大きくなればきっと変わると信じていた。しかし、そんなものは何の前触れも無く沈んでいったと言う。



 ある日、高学年の私が言われた。

「お前が未成年じゃなかったら、抱けたのにな」

 父は酔っていて、きっと女欲しさにそう言ったのだろう。今でもそう信じている。

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