2
家路についているトオルの前に一人の少女が立っていた。自分と同じく裸足で夜の真っ暗な空を眺めていた。
トオルは彼女の背中に見惚れた、訳ではないのだがトオルはしばらく彼女を見ていた。
だがしかし、見ているだけでは状況も変わらず一刻も早く家路に戻りたかった。
トオルは少女の横を通りすぎようと裸足の足を速く動かした。ズボンの裾がすれる音が少女の横で丁度鳴った。
横を通り過ぎたそのとき不思議に身体に重みが掛かった。何か腹のところで固く結ばれている感触がある。女の優しくも力強い肌が服越しにトオルの腹に食い込む。
トオルは身動きがとれず少女の腕を振り払おうとも少女は一向に腕を解こうとはしなかった。男の腕力であれば女の腕力など簡単に強引に解こうと思えばできるであろう。しかし、トオルは敢えてそうはしなかった。
丁度人肌恋しくなったのだ。少女でも相手にしてくれるならそれで構わなかった。
「君、誰だい?」
トオルは落ち着き払って口を動かした。少女の強く握り締める腕は強制的にトオルの声を低くした。
少女は答えた。
「死にたい。だから、殺されたい。」
儚くもはっきりとした声でそう言った。
トオルはしばらく少女の言葉を反芻していた。
殺されたい
少女ははっきりとした口調でそう言った。手に付着している血、赤黒い染みでも見られたか。それでも、この暗さでは見えまい。見えたとするならば、きっと勘違いしたのだろう。僕は人を殺せない。しかも、こんな少女、小さな女を殺すことなんて容易いことではない。
「ごめん。急にそんなこといわれたから、おじさんびっくりしたんだけど、、、君は殺せない。」
そう、殺せない。
「いや、おじさん。というか、お兄さんは人を殺せる。」
お兄さん?まさか、僕はもういい歳したおっさんだ、まぁ長らく鏡は見ていないのだが。
「そうだとしても、君のお父さんやお母さんに怒られるよ。怒られる、ていうレベルじゃないけど」
それでも、少女は腕を離さない。むしろ、力が幾分か強くなっている気がする。
もうそろそろ限界が来ている。足は夜の寒さにコンクリートの冷たさが相まって感覚がなくなりつつある。太ももとふくらはぎは目に見えるほどに小さく震えていた。
「すまん。もう、家へ帰りたい。」
少女の腕を強引に引き剥がす。ぁあ!と小さく唸るのを無視しトオルは自分の腹に回されていた細い腕を解いた。しかし、少女はまたトオルの腹に腕を回してくる。さっきので学習したのであろう。手で複雑な軟禁錠を作っていた。
トオルはそれも強引に引き破り歩こうとした。しかし、また腕を回される。
「しつこい、しつこい!」
トオルは怒号を上げた。深夜の空には虚しく大きく鳴り響いた。
大きな怒号でも少女は腕を離そうとはしなかった。そうだ、離すことを知らないの方がニュアンスが合っている。
「離せ。離せよ、、、」
末にはトオルは逃げた分の疲労に重ねて体力が無くなった。その場で力尽きた。トオルはもう動こうとはしなかった。少女の粘り強さには感嘆の声を上げよう。トオルはもう抗おうとしなかった。
「何が目的?」
「だから、言ってんじゃん。殺して、て。」
ふざけるな。心に深く沈みこんだ。重く、グロく、エグく、そして何より、どす黒い。
心が黒く暗く沈みトオルはそっと目を閉じた。
無理
それしか、思い浮かばない。
しばらく、そこに突っ立っていたのだろう、足の感覚は最早無いに等しかった。
未だ、少女は腕を硬く結んだまま動こうとはしなかった。
トオルはしばらく考えた。しかし、これ以上どうあがこうと無駄であり時間の無駄であることは考えずに感じ取ることは容易だ。
どうすればいいのだろうか。
歩こうとしても少女が邪魔だ。だからといってこのままで居るわけにも行くまい。それでも、子どもを独りして行くことは罪悪感が許さない。
そこで熟考した。
結論。
家に一度連れて帰って、その後開放する。それなら、いいだろう。
「仕方ない。一度、一緒に家に行こう。それから考えさせてくれ。」
腕の力がゆっくりと抜けていく。もう、抵抗をする気が無い。
「分かった。今は、それで許してあげる。」
顔をトオルの背中に埋めながらくぐもった声で言った。息が、湿った空気が直接背中に伝わる。暖かい。どこか、懐かしい感覚に襲われる。
少女は寝息を立てていた。
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