第十話 夕空と夕優


 コンコン。


 夕空が寝支度をしていると、誰かがドアをノックしてきた。


「はーい」


 ドアを開けるとそこには枕を抱えた夕優が立っていた。


「どうしたの?」


「お姉ちゃん、今日は一緒に寝ない?」


「どうかしたの?」


「朝陽ちゃんが同じ屋根の下にいると思うと寝つけなくて……お願い、お姉ちゃん」


「わかったよ、どうぞ」


 夕空は夕優を部屋に招き入れた。


「一緒に寝るなんていつぶりだろうね。高校の時以来?」


「それくらいかな。生活リズムが違ってからは、一緒に寝なくなったもんね」


「ねえ、お姉ちゃん」


「何?」


「ちよちゃんって、本当にいると思う?」


 夕優の質問に夕空は回答に困った。


 ちよちゃん。


 朝陽の初恋の少女。


 朝陽の笑顔を取り戻した子。


 でも、誰も会った事のない少女。


 真昼も夕優も夕空も。


 でも、夕空の答えは決まっていた。


「私は信じるよ。だって、あー君がいるって言うんだから」


「お姉ちゃんならそう言うと思った。あたしは……いないでほしいかな。でなきゃ、この気持ちが辛い物になっちゃう……」


 夕優は朝陽が本気で大好きだった。


 子供の頃からずっと、会う度に惹かれていった。


 だから、ちよちゃんにはいてほしくない。


 その感情が強かった。


「よしよし、泣かないの」


 夕空は妹の頭を撫でながら思う。


 真昼や夕優のように、感情を発露させられたらどれだけ良かったのだろう。


 夕空は本心を隠していた。


 夕空は心の底から朝陽の事を思っている。


 でも、それを表に出す事はない。


 それは、夕優の為でも真昼の為でもない。


 それは朝陽の為。


 ただただ一途に朝陽の幸せを願っているから。


「お姉ちゃん、あたし、どうやったら振り向いてもらえるかな?今日だっていっぱいアピールしたのに、結果は呼び方が変わっただけ。全然距離が縮まらないの」


「うーん。そんなに焦らなくてもいいと思うよ?ゆっくりゆっくり時間をかけて仲を深めればいいと思うけど」


「お姉ちゃんはいいよねー、夕空って呼び捨てにされてさ。いいお嫁さんになるなんって言われて羨ましいよー」


「ふふ、あれは自分でもファインプレーだったと思うわ。いいお嫁さんって言われたのは凄く照れちゃったけど」


「あたしもお姉ちゃんみたいに花嫁修行すれば良かった」


「でも、仕事楽しいんでしょ?そっちの方がいいと思うけど」


「まあ、確かに楽しいんだけど、ここぞという時に頼りになるのは家事スキルだもん。ママに頼んで、料理だけでも教えてもらおうかな?」


「良いんじゃないかな。私からお母さんに頼んでおくね」


「ありがとう、お姉ちゃん。あ、そういえば、お昼、真昼と電話してたよね?何話してたの?」


「あー、あー君をよろしくとか、かな」


夕空は含みのある言い方をした。


「……お姉ちゃん、何か隠してない?」


「ううん隠してないよ」


「うーん、何か怪しい……ちょっと真昼にメールして問いただそう」


「もう……ほどほどにして寝なさいよ?」


「わかってるよー」


 こうして姉妹の賑やかな夜はすぎていった。

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