第三話 真昼
『いってきます(・ω・)ノ姉ちゃんが遊びに来るのを楽しみにしてるね(・∀・)』
「ふふふ、あの子らしい返信」
朝陽からの返信を見て、真昼は頬を緩ませる。
「……もう飛行機に乗った頃かな。もう寂しくなってきた、私のブラコンも相当なもんだ」
真昼の顔が寂しさで翳る。
そりゃ寂しくもなるか。
何たって、弟が初恋の子に会いに行くんだから。
ちよちゃん。
いつも着物姿の美少女ってあの子は言ってたっけ。
もしもその子に出会ってなければ、あの子の心は壊れていたかもしれない。
だって、あの子は周囲に疎まれ拒絶されて育ったんだから。
私は小さかったからあまり憶えていないけど、あの子が生まれてきた時の事はお爺ちゃんによく聞かされた。
お爺ちゃんが言うには、両親は産まれたばかりのあの子の眼を気味悪がって、事もあろうに養子に出そうとしたらしい。
その事を知った祖父は激怒。
あらゆる手段を講じて、その愚行を阻止したらしい。
しかし、それでもあの子に対する両親の対応は、小さかった私でもわかるくらい異常だった。
自分達の子供だというのに、食事とお風呂の時以外はあの子を無視して、ゴミを見るような目で見る。
誕生日やクリスマスのプレゼントは適当。
私には欲しい物をくれるくせに。
私はそんな両親が許せなくて許せなくて大嫌いだった。
いや、今でも大嫌いだけど。
だから私は両親と違って、朝陽を目一杯可愛がった。
私の側に居る間は、あの子がずっと笑顔で居られるように。
でも、あの子が外で遊ぶ歳になると、もっと辛い現実があの子を苦しめるようになった。
近所の老害達は、両親と同じようにあの子を忌み嫌い、自分達の孫にあの子と接触する事を禁じた。
あの子の事を、忌み子、呪い子だと言って。
そんな事を知らないあの子は、一緒に遊ぼう、僕も仲間に入れてと言って、子供達の輪に入ろうとした。
しかし、子供達は呆け老人達の言いつけを守り、あの子を拒絶して相手にしなかった。
それでも、あの子は一緒に遊ぼう、友達になろうと言い続けた。
最初は無視をするだけだった子供達も、何度も何度もやってくるあの子に苛立ち暴言を吐く様になった。
あの子を見る度に暴言を吐き続けた。
そんな子供達の反応を見て、あの子は理解してしまった。
自分は皆に嫌われているのだと。
その時から、あの子から笑顔が消え、一人で遊ぶようになった。
今思い出しても腸が煮えくり返る。
あの糞ガキ共にも、大切な大切な弟が泣いているのに、何も出来なかった自分自身にも。
ひとりぼっちで遊ぶあの子が可哀想で、私と従姉妹が何度も一緒に遊ぼうと誘ったけど、自分の所為で私達まで酷い目にあうと言って、あの子は私達を避けるようになった。
自分が一番辛いのに、私達を守ろうとしてくれた。
そんな優しいあの子が泣いているのに、何もしてやれない自分達の無力さに歯噛みした。
しかし、ある日を境にあの子が良く笑うようになった。
あまりの変貌ぶりに私も従姉妹も心の底から驚いた。
何かいい事があったのかと聞くと、友達が出来たと言った。
しかも、凄く可愛い年上の女の子らしい。
驚きはしたが、あの子が元気になってホッと安心したのを覚えてる。
あの子は、その女の子、ちよちゃんと遊んでくると言って出掛けて行き、日が暮れる前に帰ってくるという日々を過ごしていった。
ある日の下校中、公園で楽しそうに遊んでいるあの子を見かけた。
声を掛けようとした時、私達は奇妙な光景を目の当たりにした。
あの子が、何も無い空間に向かって話しかけているのだ。
とても楽しそうな表情で、あたかもそこに何者かが居るように。
一瞬面食らってしまったけど、気を取り直して話しかけた。
「朝陽、こんな所で何をしているの?」
「あ、おねえちゃん!いまね、ちよちゃんとおままごとしてるんだよ!」
「へ、へぇ……楽しい……?」
「うん!すごくたのしいよ!ねぇ、ちよちゃん!」
その視線の先には、やはり誰もいない。
「そ、そっか……じゃあ、邪魔しちゃ悪いから私達はもう行くね……暗くなる前に帰って来なよ……」
「はーい!ばいばーい!」
衝撃的な出来事に私達は逃げるようにその場を立ち去ってしまった。
家に帰った私達が、さっきの出来事について話し合った。
「ねぇ……さっきのどう思う?」
「どうって言われても……」
「………」
話し合った結果、辛い日々に耐えられなくなり、ちよちゃんという見えない友達を作り出したのだという結論になった。
だけど、せっかくあの子が元気になったのだから、取り敢えず何も言わずにそっと見守る事にした。
それからちょうど一年くらい経った頃、父親の転勤で急に東京に引っ越す事になった。
今でもはっきりと憶えている。
いや、一生忘れる事は出来ないだろう。
引っ越す事を告げられた瞬間のあの子の顔を。
その日から、再びあの子顔から笑顔が消え、急に怒ったり、急に泣き出したりと、精神が不安定になっていった。
何とか引っ越しを中止にさせようと、考えつく限りの抵抗をしていた。
その必死な姿が可哀想だったけど、私達にはどうする事も出来ず、ただ見守る事しか出来なかった。
でも、見守る事も段々と辛くなって、つい「そんな事をしても無駄だなんだよ」と言ってしまった。
あの子の眼から涙が零れ落ちた。
私達は自分達の失言に気がついた。
味方である私達まであの子を傷つけてしまった。
あの子は何も言わずに、とぼとぼと出掛けていってしまった。
しばらくして戻ってくると、あの子は寂しそうに笑っていた。
頬に涙の跡が残る、わかりやすい作り笑いで。
私達は心の底から後悔した。
ああ、私達までこの子を傷つけてしまったんだと。
その証拠に、夜になるとあの子の部屋から泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
聞いているだけで心が抉られる様な、悲痛な泣き声が毎夜毎夜……あの子が泣き疲れて眠るまで……。
そんなあの子にとっても、私達にとっても、辛く悲しい日々が過ぎていき、引っ越しの前日となった。
私はあの子と会話するのが怖かった。
言葉を間違えれば、またあの子を傷つけてしまうかもしれないから。
私があれこれと悩んでいると、あの子は「いってきます」と言っていつもと変わらない様子で出掛けて行った。
ちよちゃんと会える最後の日だと言ってたのに、やけにあっさりとしている。
その様子に私は違和感を感じた。
帰宅してからも、いつもと同じ様子だった。
いつもと変わらない様子で夕食を終えると、あの子はさっさと部屋に戻って行った。
ただ、いつもならゲームをしてから部屋に戻るのに、再び違和感を感じた。
私も部屋に戻って宿題をし始めたが、違和感が消える事はなかった。
宿題が終わって時計を確認すると、21時を過ぎていた。
そこでふと気がついた。
いつもなら聞こえてくる筈のあの子の泣き声が聞こえない。
気になってあの子の部屋に行くと、居るはずのあの子の姿がない。
慌てて探しに行こうとした時、違和感の正体がわかった。
もう一度会う約束をしていたから、あんなにあっさりとした様子だったのだと。
たとえ見えない友達だろうと、最後の時間を邪魔するのは可哀想だ。
私は探しに行くのをやめて、大人しく自分の部屋に戻りあの子が帰って来るのを待つ事にした。
それからどれくらい時間が経ったのだろう。
眠気に襲われてうとうとしていると、あの子の部屋から物音が聞こえてきた。
そっと部屋を出てあの子の部屋を覗くと、何事もなかったように眠っている。
そっと覗くと、寂しそうな、幸せそうな寝顔をしている。
そして、左手の薬指に指輪がはめられていた。
あの子の眼の様な石のついた綺麗な指輪が。
東京に引っ越してから、あの子は人が変わった様に勉強に打ち込んだ。
相変わらず周囲から奇異の目で見られて友達が出来ないようだったが、向こうに居た時と違って全く気にしていなかった。
中学生になってカラコンを入れるようになると、親しく接してくれる人も増えたようだった。
それから年月が過ぎ、あの子は大人になった。
努力に努力を重ねて、私が知っている中で最も優秀な人間に。
でも、その努力が全てちよちゃんの為だと思うと感謝と嫉妬が入り混じった複雑な感情に襲われる。
「あーあ、あの子は私とずっと居る筈だったのになあ」
真昼はそっと口付けをされた頬に指を這わせる。
「でも、まだ手遅れじゃない。私には最強の切り札があるもん」
そして、空を仰いで悪戯っぽく微笑んだ。
「ふふふ、待ってなさい。アンタが絶対にびっくりする、とっておきのサプライズを用意して会いに行くからね!」
あの子は誰にも渡さない。
あの子が生まれた時から、一番側に居たのは私なんだから。
あの子を一番大切に思ってるのは私なんだから。
あの子を幸せにするのは私なんだから。
ちよちゃんにも、あの娘達にも絶対に負けない。
「さてと……帰って準備を進めますか!」
ぐーっと身体を伸ばして、真昼は家に向かって車を走らせた。
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