第ニ話 姉弟
「とーちゃーく!」
キキーッとけたたましいブレーキ音を響かせながら、姉の車は空港の駐車場に滑り込んだ。
「さすが私!ナビの到着予定より20分早い!ふっふっふっ、また世界を縮めてしまったわ!」
「………」
「顔色悪いけど大丈夫?」
「………」
「もしもーし」
「……うぷっ」
「へ?」
「酔った……吐きそう……」
酔った、完全に酔った……。
寝惚けていた上に、慌てていたので完全に失念していた。
姉がハンドルを握るとスピード狂に変貌する事を。
「また酔ったのー?毎回思うんだけどさー、アンタの三半規管、虚弱過ぎない?」
「いや、三半規管の問題じゃない……あんな運転されたら誰でも酔うって……」
猛スピードであれだけ左右に振られたら酔うのは当然だ。
平気なのは、ハンドルを握って脳内物質どばどばの本人だけだという事を、いい加減理解して欲しい。
「あんな運転とは失礼ねぇ、速さを追求した芸術的なドラテクなのに」
「確かに速かった、凄く速かったけど、スピード違反は駄目だって………」
スピードメーターをチラッと見た時、針が有り得ない数字を指していた。
それから空港に着くまでの間、無事に到着できるように神様祈り続けていた。
そして無事に空港に到着した今、俺は心から神様に感謝している。
「ほほう……君はわざわざ寝坊助な弟を起こして、空港まで送ってくれた優しくて美人のお姉様に対して、お礼じゃなくて文句を言うわけね?」
事実だけど、自分で美人て言うなよ。
「いや、そんなつもりは……」
「じゃあ、どんなつもりよ?」
「姉ちゃんが心配だからだよ。事故って死んで欲しくないんだよ、大切な姉弟なんだから」
姉は両親の様に俺を腫れ物扱いすることなく、いつも一緒に居て守ってくれた。
ちよちゃんと出逢う前の俺にとって、心を許せる数少ない相手だった。
いや…今でも本当に心を許せるのは、ちよちゃんと姉と従姉妹、それと祖父だけか。
「⁉︎」
「だからね、これからは交通ルールを守って安全運転を___」
「この…この…愛い奴めー‼︎」
満面の笑みを浮かべた姉に抱き締めら頭を撫でられた。
それこそ、愛犬を可愛がる飼い主の如く。
「ちょっ、恥ずかしいからやめろって……!子供じゃないんだから!」
引き剥がそうと力を入れても、女性とは思えない程の力で逃げられないられ。
「ははは、いいじゃんいいじゃん!なんなら、熱ーいベーゼもしてあげるー!」
動けない俺の顔に、唇を突き出した姉の顔が迫ってくる。
完全に姉ちゃんのブラコンスイッチがONになっている。
「ストップ、ストーップ‼︎キスは姉弟でするものじゃないから‼︎好きな人とするものだから!」
「えー、私はアンタを愛してるんだから、キスくらいしてもいいじゃん!海外じゃ普通のことだしさー」
「よくない‼︎ここは日本‼︎海外じゃない‼︎」
「なによー、アンタは私のこと愛してないのー?」
「愛してるよ!姉弟として!」
「愛してるって言った!じゃあ、合意成立という事で…」
「成立してない!あーもう!いい加減にしろ!このブラコン!」
「ええ、そうですよ。ブラコンでーすーよー。アンタだってシスコンじゃないの」
「俺はシスコンじゃない!」
「ぶーぶー!こんなに美人なお姉様に欲情しないなんて…はぁ、こ
だから童貞は…」
「シスコンの人がみんな姉や妹に欲情してるみたいな言い方はやめなさい。童貞かどうかは関係ないです。というか…姉ちゃん、もしかして……」
「………ひゅ〜ひゅ〜」
音の出てない口笛を吹いて誤魔化そうとしている。
「うわ……ないわ……マジでないわ……」
「冗談!冗談だから!本気で引かないでよ!」
今のは絶対冗談じゃなかった。
眼が本気だったもん。野獣の眼光だったもん。
まあ、ツッコんで墓穴掘りたくないから流すけどさ。
「冗談ならいいけど。もういい時間だから、そろそろ行くよ。送ってくれてありがとう、本当に助かったよ」
「まあまあ、待ちなよ。そう急ぎなさんなって」
歩き出そうとすると姉に手を引かれた。
「いや、急ぐから姉ちゃんに送ってもらったんだけど……」
「私のお陰で、まだ時間に余裕あるでしょ?」
時計を確認すると、確かに時間に余裕があった。
「まあ、うん、多少なら」
「良い物あげるから、ちょっと待ってて」
「良い物?」
「えーっと…ここに入れたはずなんだけど…あ!あったあった!勇者よ、これを持って行きなされ」
RPGの王様か村長の様な口調で、旅のしおりと書かれた分厚い小冊子を渡された。
「旅のしおりって……俺、旅行に行くんじゃないんだけど」
「いいからいいから!黙って読んでみなって!」
「はいはい…」
言われた通り分厚い旅のしおりをぱらぱらと読むと、なかなかどうして面白い情報が書かれている。
どこそこのお店が美味しい、どこそこのお店が品揃えがいい、生活必需品TOP100などが、写真・イラスト付きで書かれている。
結構役立ちそうだ。
かなり手間がかかっただろうに、俺の為にわざわざ作ってくれたなんて、素直に嬉しいな。
更に読み進めていくと、最後のページに変な事が書かれてる。
『空港に着いたら、2階のカフェで待機』?
どういう事だ?
「姉ちゃん、最後のページなんだけど」
「ん?どうかした?」
「2階のカフェで待機しろって、どういうこと?」
「ああ、叔母さんが迎えに来てくれるんだよ」
「え?何で?」
「何でって、あんた、お爺ちゃんの家の場所覚えてるの?」
「覚えてないけど、住所がわかればタクシーで行けるよね?わざわざ迎えに来てもらわなくても…………」
「あんな山奥にタクシーが行ってくれる訳ないじゃん。だから叔母さんが迎えに来てくれるのよ」
「確かに、あそこはかなりの山奥だったな……わかった、それじゃあ、叔母さんの好意に甘える事にするよ」
「そうしなさい。ちゃんとお礼を言うのよ?」
「子供じゃないんだからわかってるよ。で、どれくらい待てばいいの?」
「えっとー、2、3時間くらいかな」
「そんなに待つのか………」
「仕方ないじゃん。叔母さんも忙しい合間を縫って来てくれるんだから」
「そうだね……しかし、どうやって時間を潰そうかな?今は仕事も入ってないし、やる事がない……」
「大丈夫大丈夫、その旅のしおりを読んでればあっという間だよ」
「え…?もしかして、その為に作ってくれたの?」
「Exactly!その通りで___」
「ありがとう!」
「ちょ、いきなり大声出してどうしたの?」
「いや、俺の為に頑張って作ってくれたと思ったら感激しちゃって」
「あ、うん………まさかそんなに喜んでもらえるとは思ってなかったけど、喜んでもらえてなによりだよ」
「理不尽なだけの存在だと思ってたけど、優しいところもあるんだなって。そう思うと、涙が出そうになったよ」
「………なんか凄く失礼な事を言われたけど、久しぶりに可愛い反応が見れたから聞かなかった事にするわ」
「本当にありがとう。じゃあ、そろそろ時間だから行くね」
「あの…本当にごめんね」
「うん、いってらっ___あーーー!ストーップ、ちょっと待って!」
「何なに、どうしたの⁈」
「コンタクト!コンタクト入れ忘れてる!」
「……は⁈嘘⁉︎」
「アンタの眼のことで嘘なんか言わないわよ!ほら、ミラーで見てみなよ!」
「本当だ………どうしよう……入れてると思ってたから、予備を持ってきてない………」
「ったく、世話のかかる弟だこと。はい、いつも入れてるのと同じヤツ」
「え、あ、ありがとう………!」
「お礼は熱いベーゼで良いわよ!」
姉がいい笑顔でサムズアップする。
これさえなければ本当に最高の姉なんだけどなぁ。
「………でも、何で姉ちゃんが持ってたの?」
「何でって、アンタが困らないようによ。その眼、色々と大変でしょ?」
「姉ちゃん…!」
姉の優しさに涙が出そうになった。
普段、ドSとかウザいとかキモいとか思ってごめん。
「ふふふ、可愛い顔しちゃってー!今度こそ唇奪っちゃ___⁉︎」
再び迫ってきた姉の唇を避けて、頬に軽く口付けした。
「唇はちよちゃん専用だからNG!だけど、頬にならOKだよ!特別だからね!」
「はわ…はわわ…」
「色々ありがとね!帰ってきたら、ちゃんとお礼するから!じゃあ、行って来まーす!」
「あい…いってらっしゃい…」
ぼーっと惚ける姉と別れ、搭乗手続きをする為にカウンターへと向かった。
手荷物検査を済ませてスマホを確認すると、姉からメールが届いていた。
『もー、馬鹿朝陽( *`ω´)いきなりキスされてビックリしたわよΣ(゚д゚lll)幸せになっちゃったじゃない(*≧∀≦*)本当にありがとうございます(〃ω〃)気をつけていってらっしゃい(・◇・)/~~~時間が出来たら遊びに行くからねー(=゚ω゚)ノ』
はは、姉ちゃんらしいメールだな。
『いってきます(・ω・)姉ちゃんが遊びに来るのを楽しみにしてるね(・∀・)』
姉のメールに返信してから、俺は搭乗ゲートへと向かって歩き出した。
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