第79話 赤の魔銃士


 1




「……っ、ゴリラ……」



 切れた瞼から血を流し、トキは力無く呼び掛ける。颯爽と助けに入ったロビンはレオノールに銃口を向けたまま、「おい二人共、大丈夫か!?」と焦ったように問い掛け、巻いた布で隠している腰元に手を突っ込むと素早く二丁目の拳銃を取り出した。倒れている二人に駆け寄った彼の手の中でシリンダーが回り、カチン、と止まる。



「装填、〈紅玉ルビー〉」



 そう口にしてロビンは銃口を足下へ向け、彼らを縛り付けている鞭を捉えると迷い無く引き金を引いた。


 ドン! と再び銃声が響き、赤い光に撃ち抜かれた鞭はジリジリと炎を上げて焼き切れる。そしてようやく、トキとセシリアの体に巻き付いていた鞭の拘束は緩んだ。



「……っ!」


「う、げほっ、げほっ……!」



 締め付けの弱まった鞭の拘束を解き、トキは咳き込んでいるセシリアを支えながら上体を起こす。力無く倒れ込む彼女を抱えて立ち上がり、トキは己の瞼の出血を拭うとすぐさま壁際に倒れているアデルへと駆け寄った。



「おいっ……! しっかりしろ!!」


「……ゥ……ゥ……」


「アデル……!」



 呼び掛ければ、僅かな声と共に金の双眸が薄く開く。「ガゥ……」と力無く鳴いて頭を上げ、トキの頬をべろりと舐めた大きな舌の感触に、彼は心底安堵した。

 はあ……、と大きく嘆息しつつ、腕の中にいるセシリアごとアデルの頭を抱え込む。



「……ふざけんな本当……心配掛けんなよ、このクソ犬……」


「アゥ?」


「……チッ……脳天気なツラしやがって……」



 電撃を浴びた事もさほど気にしていないのか、きょとんと首を傾げている呑気な狼をトキはじとりと睨んだ。ひとまず大した怪我がない事に胸を撫で下ろし、彼は立ち上がったアデルの頭を不器用に撫でつつロビンへと視線を戻す。

 ロビンは右手で銀の拳銃を構え、座り込んでいるレオノールに銃口を突き付けていた。



「……ロビン、さん……」



 トキに抱えられているセシリアが弱々しく呼び掛ける。彼はこちらに目を向ける事は無かったが、彼女の呼び掛けに明るい声で答えた。



「おー、お前ら全員無事か? だったら早く行け、奥の階段上がって行けばもうすぐ飛空艇の発着口だ。早くしねーと乗り遅れちまうぜ?」



 視線はあくまでレオノールに向けたまま、いつも通りの陽気な声で告げるロビンにトキは眉を顰める。筋肉質な大きな背中に、トキは問いかけた。



「……お前は、どうすんだよ……!」


「え、俺? 俺はここで仕事するよ。こいつカルラの親玉らしいじゃん? 捕まえねーとなあ、賞金稼ぎとして」



 に、と口角を上げ、やはり振り向く事無くロビンは答えた。賞金稼ぎだと名乗った彼にトキは僅かに目を見開く。──彼はロビンが賞金稼ぎである事を、たった今知ったのだった。

 呆然としているトキに、「ほら、早く行けよ」とロビンは再び口を開く。



「なんかバタバタした別れになっちまったけど……お前らと過ごせた数日間、すげー楽しかったぜ」


「……っ」


「じゃあな、トキ。セシリアとアデルも。ここは俺に任せて、飛空艇に乗ってくれ。ここから先は──」



 ロビンは口角を上げ、引き金に指を掛けた。



「──俺の仕事だ」



 ロビンは不敵な笑みと共にシリンダーを回す。ガラララッ、と音を立てて回ったそれがカチン、と止まった頃、彼は引き金を押し込んだ。



「装填、〈翠玉エメラルド〉」



 ドン、ドン! と複数発砲されて飛び出した濃い緑の光が植物のツタとなり、レオノールの体を縛り付ける。ぎちりと四肢の自由を奪われた彼は忌々しげにロビンを睨んだ。


 ロビンはレオノールへと視線を向けた状態で片手を振り、トキとセシリアに無言の別れを告げる。トキは歯噛みし、ややあって長い赤髪を揺らすその背中から顔を逸らすと、セシリアを抱えたまま地面を蹴って走り始めた。

 バタバタと遠ざかって行く足音を聞きながら、ロビンは切なげに微笑んで片手を降ろす。


 ──少しは、トキにとって心を許せる存在になれていただろうか。


 そんな事をぼんやり考えていると、不意に拘束されているレオノールが口を開いた。



「……複数の属性を操る……赤髪の賞金稼ぎ……」


「ん?」


「……なるほど、君が……、ギルドの稼ぎ頭だと噂の、“赤の魔銃士ルヴルム”ですか……」



 レオノールの発言にロビンは「ヒュー」と口笛を鳴らす。大正解、とでも言いたげなそれに、レオノールは無表情のまま静かに彼を睨んだ。



「へー、俺って意外と知られてんのな。賞金首やっこさんにまで名が知れるようになったってんなら、素直に嬉しいぜ」



 くるくると指先で拳銃を回し、ロビンはレオノールの元へと近寄る。そのままカチリとレオノールの眉間に銃口を突き付けた彼は、「まあ安心しろよ」と口角を上げた。



「殺しはしねえ。俺の仕事はアンタを捕まえる事だからな。でもこっちも余計な怪我はしたくねーから、ちょっくら眠って貰うぜ? 親玉さん」


「……ふん。『“赤の魔銃士ルヴルム”は腕は立つが、詰めが甘い』という噂は本当のようですね」


「ん? 何?」


「──背中がガラ空きだと言っているのですよ」



 にた、と突如レオノールの口元が不敵に吊り上がる。直後、ロビンは背後から放たれた鋭い殺気を察知してハッと目を見張り、即座に身を翻した。


 ──ビュンッ!!



「……っ!」



 何者かの放った黒い刃が彼の顔面のスレスレを横切り、ロビンは何とかそれを躱して体勢を整えると銃把グリップを持ち直す。

 シリンダーを回して引き金を引けば、ドォン! という派手な発砲音と共に再び黄緑色の閃光が飛び出した。しかしロビンの撃った電撃は標的を射抜く事無く、真横から飛び出して来たもう一人の人物の斬撃によって掻き消される。



(げっ、二人居んのか……!)



 チッ、とロビンは舌を打ち、横切る黒い刃の一閃を避けると素早く後退した。先程腰のホルダーに収めたばかりのもう一丁の拳銃を抜き取り、双方から迫る敵にそれぞれの銃口を向ける。



「装填、〈黒玉ジェット〉──乱れ打ちッ!」



 ──ダダダダダダッ!!


 黒い光を帯びた弾丸が乱れ飛び、両サイドから迫っていた二つの影が飛び退いて離れる。よく見ればまだ顔に幼さの残る、似たような顔立ちの二人だ。その内の一方は戦線から後退し、拘束されて倒れているレオノールを抱えるとサッと物陰へ身を潜めた。残ったもう一人は素早い身のこなしで乱れ飛ぶ弾丸を躱し、ロビンへと迫る。



「ぐへー、すばしっこいなァ……」



 うんざりしたように吐きこぼし、ロビンは空のシリンダーを回す。弾丸の雨を凌いだ男──ベンジーは、真紅の瞳でロビンを睨み、刃と化している左脚を振り上げた。



「うおっと!!」



 ロビンはそれを見切り、軽快に後方転回して再び銃を構える。しかし彼が銃口を標的に定める前に懐へと入られ、ロビンはチッと舌を打つと近距離に迫ったベンジーの腹を蹴り飛ばした。だが蹴られる直前に横切った黒い刃がロビンの腹部を掠める。焼けるような痛みと共に血飛沫が散り、「いってえ!!」とロビンは腹を押さえた。



「……っ、くっそ〜、痛え……」



 苦々しくこぼす間も無く、ベンジーの刃が再び迫る。ロビンは血の滴る腹部を押さえたまま飛び退き、リボルバーを構えて引き金を引いた。

 ドン、ドン! と黒い光が飛び出すが、ベンジーは高速で向かって来るそれを左脚の刃で容易く切り裂く。



(……チッ、黒玉ジェットじゃ相性悪そうだな)



 見た所、ベンジーの左脚の刃は闇属性の魔法で形成されている。ロビンの放つ魔法弾──黒玉ジェットも、闇属性の魔力で形成された弾だ。

 同じ属性同士でやり合ってもお互いに相殺し合うだけで埒が明かない。とはいえ、魔法の中でも特に力が強い闇属性魔法が相手では他属性で攻めても力負けする可能性がある。唯一対抗出来るとしたら“光”なのだが。



(くっそ〜、セシリア光属性が近くに居ればな~……魔力借りて“弾”に出来たんだけど)



 ロビンは嘆息しつつ、空のシリンダーをカラカラと回す。そもそも魔銃士ガンナーは接近戦に向かない。このままカルラの連中を三人まとめて捕まえられれば儲けもんだが、ボスを囲う護衛が随分と厄介らしい、とロビンは眉を顰めた。

 向かって来る左脚を避け、彼は再びベンジーに銃口を突き付けた。──しかしその瞬間、背後で感じた気配にロビンは目を見開く。



「──っ!」


「おっそーい♡」



 ──ドゴッ!


 凄まじい力で脇腹を蹴り飛ばされ、ロビンは呼吸を詰まらせて真横に吹っ飛んだ。ガンッ! と壁際に叩き付けられ、頭部と肩を強打した彼はそのままずるりと地面に倒れる。



「……っ……が……っは……!」


「あはっ! やだぁ、誰かと思ったら昨日の頭悪そうなお兄さんじゃなーい! 相変わらずの馬鹿面ねっ?」



 コツ、コツ、と近付いて楽しげに声を発したのは、気付かぬ間にロビンの背後に回り込んで彼を力一杯蹴り飛ばしていたテディだった。華奢なその手足からは想像もつかないような力で壁に叩き付けられたロビンは、内臓にまで響いている痛みに耐えつつ顔を上げる。



「……っ、はっ……、効いたわ……そこそこ……」


「あは、強がっちゃって~痛いくせにぃ。もっとボールみたいに、たーっくさん蹴ってあげよっかな?」


「おーおー、可愛い女の子に蹴られるんなら本望だぜ……!」



 ロビンは乾いた笑みをこぼし、銃把グリップを強く握るとその場に立ち上がった。カチリと構えた二丁拳銃の銀の銃口マズルが、真っ直ぐとテディとベンジーへ向けられる。その先にいるテディはケラケラと楽しげに笑った。



「あははっ! やだぁ、怖ーいっ! テディちゃん、もっと優しくシて欲しいなあ〜」


「ハッ、もちろん。思いっきり優しくしてやるぜ? ベッドの上ならな」



 ロビンは嘲るように笑い、銃口の先に彼らを捉えると手の中のリボルバーに魔力を込める。



「──装填、〈翠玉エメラルド〉」



 回るシリンダーが深い緑色の光を宿し、敵を睨む黒い双眸を細めた。シリンダーの回転が止まり、ロビンは引き金を引く。

 ドンッ! ドンッ! と二発放たれた弾丸。深い緑色の閃光と共にそれぞれ植物の蔦へと変形し、テディとベンジーの元へ伸びる。二人は刃と化した片脚を振り上げ、迫る蔦を容易く切り刻んだ。



「あはははっ! ダッサ! この程度でイかせられると思ってんの!? こんなもん、いくらでも切り刻んで──」



 ──しかし、高らかに笑った彼女の言葉はそこで詰まる。蔦の侵攻を阻んで顔を上げた二人の視界からはいつの間にか、ロビンの姿が消えていた。



「……っ!?」


「更に装填、〈黄玉トパーズ〉──特大」



 カチン、と二人の背後で冷たい銃口マズルが上向く。ロビンはにんまりと口角を上げ、目を見開いて焦ったように振り向いた双子を射程内に捉えるとその引き金を引いた。



「──バン」



 ドォン! と火を噴く銃口。黄緑色の閃光と共に放たれた雷撃は目の前の二人の体を貫き、「ああァあッ!!?」という絶叫と共に感電する。

 雷が直撃したかのような衝撃をまともに身に受けたテディとベンジーは白目を剥き、その場に倒れた。黒い刃と化していた片脚も元に戻り、二人は意識を手放す。


 ロビンはくるくると両手で銃を回し、腰のホルダーにそれを収めると頬を緩めて得意げに笑った。



「……ほーら、ちゃんとイけたろ? 悪ィな、雷魔法は得意だからさ。なかなか手加減出来ねーの」



 意識のない二人に告げ、ロビンは倒れている彼らの手首に錠を掛ける。普段、捕まえた賞金首は基本的に樹属性の魔法を使って縛っておくのだが、また妙な刃で蔦を切られてしまってはまずいと彼は判断した。

 これ高ぇからあんま使いたくねーのに……、と呟きながら、ロビンは鉄製の錠に鍵をかける。



「……さーて、三人も捕まえちまったなあ。……ふっふっふ、これは報酬に期待できるぜ……っ」



 ギルドからたんまりと貰えるであろう報酬に期待値が膨らみ、ついニヤニヤと頬を緩ませてしまう。金が入ったら娼館で可愛いお姉ちゃんを買おう、と胸を高鳴らせつつ、先に捕まえていたレオノールの元へと彼は踵を返した。


 ──しかし辿り着いたその場所には、無惨に切り刻まれた蔦の残骸が残っているばかりで。



「……あれ?」



 キョロキョロと、周囲を見渡す。

 だが何度確認してみたところで、レオノールの姿はどこにも無かった。わなわなと肩を震わせ、ロビンは頭を抱える。



「……にっ、逃げられたああああ!!!」



 薄暗い通路に響き渡ったのは、腹の底から飛び出した彼の雄叫び。


 ──やはり『“赤の魔銃士ルヴルム”は、腕は立つが詰めが甘い』のである。




 2




「……っ、はあ、はあ……」


「ガウ……」


「……セシリア、大丈夫か……?」



 階段を一気に駆け上がり、大きな扉の目前でとうとう体力の限界が差し迫ったトキは一旦壁際に座り込んだ。腕の中でぐったりと顔を青ざめているセシリアに声を掛けると、彼女は力無く瞼を開く。目が合ったトキの瞼の上からは、未だに赤い血が滴り落ちていた。



「……トキ、さん……血が……」


「俺はいい……! それよりアンタの方が酷い顔色だぞ……どこか痛むのか……?」


「……、頭、が……少し……」



 痛い、と続けた後、彼女の目尻にはじわりと涙が浮かんだ。続いてトキのケープをぎゅっと握り締め、その胸に顔を埋める。



「……っ、トキさん……っ、私……怖いです……」


「……!」


「私……っ、私、自分が怖いの……! 王族の末裔だって……〈万物の魔導書オムニア・グリム〉を使って、世界を創れるって……! それって、つまり──」



 ぽろぽろと伝う涙の粒が、トキのケープに染み込んで行く。セシリアは消え去りそうな声で嗚咽をこぼした。



「──私はその気になれば、世界も、人々も……全てを壊せるって、事です……っ」


「……っ」


「そんなの、嫌……っ! 私自身が神になるなんて……そんな事望んでない……そんな事出来ません……! こんな……こんな危険な血が流れてる私なんて……っ、早く、この世界から消えた方が──」


「──ふざけんな!!!」



 トキは怒鳴りつけ、セシリアの肩を掴む。彼女はびくりと震え上がり、涙の溜まった翡翠の瞳を持ち上げた。

 声を荒らげたトキは悲痛に表情を歪め、セシリアを抱き寄せる。



「……ふざけんなよ……消えていいわけ、ねえだろ……」


「……」


「……アンタが消えたら、俺はっ……!」



 トキは声を震わせ、彼女を抱く腕の力を強めた。傍でアデルは「クゥン……」とか細く声を発し、二人を包み込むように白銀の大きな体で寄り添う。

 やがて、セシリアは震えているトキの首の後ろに腕を回し、「……そうですね……ごめんなさい……」と微かな声で告げた。



「……大丈夫です。私、消える前にちゃんと……貴方の呪いだけは、必ず解きますから……」


「……違う……! そんな事、どうでもいい……」


「……、トキさん……?」


「呪いなんか、このまま……一生解けなくても、別にいいんだ……」



 トキは小さく声を紡ぎ、セシリアの体を更に強く腕の中にしまい込む。



「俺は、アンタが傍に居てくれるなら……呪いなんか解けなくていい……」


「……っ」


「ずっと、ここに居ろよ……俺と一緒に居ろよ……! 俺は……っ、俺はアンタの事が!」


「──だめ!!」



 トキが続けようとした言葉の全容を阻むように、セシリアはトキの口を両手で押さえ付けた。悲痛に揺れる薄紫の瞳と目が合い、セシリアは「だめ……だめです……」と弱々しく繰り返す。



「……言わないで……お願い……」


「……っ、何で……っ」


「気付きたくないの……っ」



 トキの胸に縋り付き、涙声が訴えかける。



「トキさんの、気持ちに……気付きたくない……」


「……」


「もうすぐ、終わりが来るのに……貴方の気持ちを知ってしまったら、私っ……! 胸が、痛くて、壊れてしまいます……っ」



 だから、言わないで、と。

 震えながらセシリアはそう懇願し、伝って行く涙で頬を濡らした。クゥン、と悲しげな声を発したアデルがその涙を舐め取る中、トキは奥歯を軋ませて彼女を抱き締める。



「……俺が……消えさせない……」



 ぼそりと告げる言葉に、セシリアはぴくりと肩を震わせた。トキはセシリアを抱き締めたまま更に続ける。



「俺が……っ、俺がアンタを救う! 俺がアンタを守るから……絶対消えさせないって誓うから! だから、聞けよ……!」



 トキは顔を上げたセシリアの目を見つめた。涙を落とすその目尻を無骨な指が拭い、彼はゆっくりと口を開く。



「俺は、アンタの事が──」



 ──しかしその刹那、トキの頬を銀のやじりが掠めた。

 ピリッ、と頬に走った痛みに彼は目を見開き、セシリアを素早く抱き上げてアデルの背に乗せると即座に短剣を振り抜いて構える。再びキラリと光って向かって来た矢を、トキは冷静に見切って切り捨てた。



「トキさんっ……!」


「離れてろ!!」



 トキは怒鳴り、矢の放たれた方を睨み付ける。すると暗闇の中でくつくつと喉を鳴らす男がゆっくりと近付いてきた。



「くく……やはり反応は素早いようですねえ。簡単には死んでくれませんか……」


「……! テメェ……!」



 現れたのは、先程ロビンの元へ残してきたはずのレオノールだった。トキは目を見開き、歯噛みして彼を睨む。



「……っ何でここに……! あのゴリラはどうした!?」


「さあ? 今頃蛇に喰われて死んでいるんじゃないですか?」


「何っ……!」


「他人よりもまずは自分の心配をしたらどうです? 君達はもう袋の鼠ですよ?」



 レオノールの言葉にトキが眉を顰めた直後、背後で扉が勢いよく開いた。その瞬間、「きゃあああっ!!」とセシリアの悲鳴が上がる。

 ハッ、とトキが振り向いた先では、黒いマントと仮面で顔を隠した集団がアデルごとセシリアを網のような物で捕らえていた。アデルが網を噛み千切ろうと足掻いているようだが、鉄製らしく全く歯が立たない。



「セシリア! アデル!!」


「──だから自分の心配をしたらどうです、君は」



 レオノールの忠告が耳に届き、彼を睨み付けた途端──トキの視界はぐらりと傾いた。



「……!?」



 足元がふらつき、並行を保てない体が重力に引き寄せられて地面に倒れる。一体何が起こったのかと、トキは困惑したように視線を泳がせた。状況の理解が追いつかず、朦朧とし始めた意識の中で浅い呼吸を繰り返すトキの元へレオノールが徐々に近寄って来る。



「ようやくきましたか。まったく、わずらわしい男だ」


「嫌……っ! トキさんッ!!」



 セシリアが悲鳴に近い声でトキの名を叫んだ頃、トキはレオノールによって横っ面を蹴り飛ばされた。為す術もなく地面に転がり、彼は立ち上がろうと手足に力を篭めるが全く体に力が入らない。


 そこでようやく、トキは先程己の頬を掠めたやじりに何か細工されていたのだと理解する。



(……くそ、毒か……!)



 ぐらぐらと定まらない視界。トキさん、と悲鳴のような声を上げるセシリアの声だけが、霞んで遠のいて行く意識の中に響いた。



「……セ、シリ、ア……」



 消え去りそうな声で呟くと、とうとう視界が暗転する。

 レオノールに背中を踏み付けられたまま、トキの意識は、ついに闇に沈んだ。




 .

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る