2-4 クッキー作戦
今日から、クッキー作戦を始めることになった。
下駄箱荒らしが桃子は気になっている。
探偵部会議のときに桃子は部員たちの話を聞いているだけで、探偵部の活動に積極的ではないから、自分から発言したことがなかった。一応、会議という体裁だが、議題を上げるのはほとんど憂だけで、ワンマンだから自分が決めて自分で指示を出して部員を動かしてるだけだ。あるときの会議で「なにかあるか?」と、憂に発言を求められて下駄箱荒らしのことを言うと、
「お前が調査しろ」
と、いうことになった。
「下駄箱を見回りするとか?」
「まかせる」
「待ち伏せとかしたほうがいいかしら。最近は被害が少なくなってるみたいだから、根気がいるかも。時間がかかってもいい?」
「全部、まかせる」
探偵部は、放課後になると全員が部室に集合して、そして今後の探偵部の方針や、今日の活動予定の確認などをして見回りなどに出掛けてゆくのだが、憂だけは土井の調査をするために、探偵部会議が終わると一人でどこかへ出掛けてしまう。このへんもワンマンで、彼だけ翼が生えている。ボクシング部に殴り込みに行こうがどうしようが、彼の行動を妨げる人はいない。
(チャンスかも)
と、桃子は思った。
探偵部の見回りの仕方がそもそも気に入らない。
なんというか、優しさみたいなものがなく殺伐としている。「悪い奴はいねえか……」みたいなノリで、生徒たちを監視するように鋭い視線で見回りをする。そういうノリが嫌で、桃子は出来るだけ見回りに参加せず、探偵部の奥の部屋でおやつなどを作っていたのだ。
そういう上から監視するような高圧的な態度で見回るから、すれ違う生徒たちは眉をひそめ、探偵部の評判はすこぶる悪い。今は部員が五人と少ないから、「探偵部の変人たち」と言われているだけだが、もっと部員が増えて、さらに手広く見回りなどしようものなら、生徒たちから自分たちを排除するような強い反発が起きそうな気がする。
そういうわけで、クッキー作戦――。
下駄箱荒しの調査だが、犯人は探偵部が腕章を付けて放課後や昼休みに見回っているせいか、最近は被害が少ない。だがしかし、桃子の目標は下駄箱の鍵を取り払っても安全な下駄箱にすることで、そうならないと、下駄箱に手紙を入れるロマンスは絶対に発生しない。
下駄箱を安全地帯にするためには常に監視を怠らないことだが、全校生徒の下駄箱を常に見つめているわけにはいかない。なので、校内には下駄箱のある出入り口が三箇所あるから、その三箇所にクッキーを置くことにした。
「というと……」
森が、部室でクッキー作りの手伝いをしながら首を傾げた。桃子からクッキー作戦の説明を聞いても意味がわからない。一年生の三人は、さきほどから意味がわからないながら、桃子と一緒にクッキーを作っている。
「下駄箱には人のいない時間があるのよ。下駄箱への悪戯は、そういう時間にやられていて、だから犯人がわからない。いつも人がいたら、犯人も下駄箱を荒らせないでしょ?」
「そうですよね……」
まだ、森には作戦の概要が見えてこないようで、首をさらに傾げた。
「クッキーを囮に犯人を誘うってことか」
西尾がクッキーをこねながら言った。
これには優奈が吹き出した。
「クッキー撒いたら犯人が食べようってノコノコ出て来るってこと? そんなわけないじゃない。ネズミじゃなくて、人間を捕まえるんだよ? チョコレートクッキーなら、あんたは捕まえられるけど」
「誰がネズミやねん」
と、盛り上げ義務感があるのか、西尾が突っ込んだ。
「でも西尾くん、おしい!」
桃子は西尾の腕を小突き、
「下駄箱のところに、クッキーを置くのよ。ご自由にお持ちくださいって書いて。そしたら人が集まって、犯人は下駄箱に近寄れないと思うの」
西尾の発想とは逆で、クッキーを撒いて犯人を追い払うということのようだ。
ただ、生徒たちがクッキーを手に取ってくれるかはわからない。クッキーが突然出現したら気持ち悪がられるんじゃないかと心配した。探偵部の印象が悪ければ、気味悪がって誰も手に取らないだろう。最悪の展開は、クッキー設置に怒った生徒たちが、抗議で投げ返してくるとか……。
クッキーが完成して、
「おいしい! ぜったいに人気が出るとおもう」
と、優奈や森に太鼓判を押された。
「おかわりが欲しいっす」
と、興奮気味に言う西尾。
一年生たちが揃って味音痴ということはないはずだが、チョコレートオムライスのことを思い出し、彼らに褒められるたびに、ちょっと不安になってしまう桃子だった。
完成したクッキーをビニールの子袋に五枚ほどを入れて包み、下駄箱の前に机を設置してその上に置いた。
――私たち、探偵部の女子が真心を込めて作りました。
と、一文を添えた。
ほとんど、クッキーを練ったのは男子の西尾だが、イメージが柔らかくなればそれでいい。これで、生徒たちは手に取ってくれるのではないだろうか。
なぜ探偵部がクッキーを……と、思われそうだが、そこは部室に調理の部屋があるからで、意外と他の生徒もそういう事情を知っていたのか、それほど疑問には思われず、また気味悪がられることもなかった。
クッキーは生徒たちに人気が出た。
放課後ともなればみんなお腹が減るようで、クッキーは置いた瞬間に一瞬でなくなってしまい、人がぱらぱら適度に集まり、見回りの効果を発生する……という、桃子の目論見は外れた。
だが、単純に自分たちが作ったクッキーをみんなが食べてくれて嬉しい。
次の日から量を多めに作ったが、奪うように生徒たちが群がってきた。
「一人、ひとつでお願いします」
と言ってクッキーを机に置こうとして、生徒たちの手が無数に伸びて来たと思ったら、置く前になくなっていた。
大変な人気だ。
そんなことはないはずだが、
(この人たちは、落ちてる物でも拾って食べるのではないか)
と、桃子が心配したほどだ。
三日目になると、クッキーを置く場所にあらかじめ男子生徒たちが待っているようになった。狙いとは違ったが、下駄箱に人が集まるようになり、これはこれで防犯になっているようだ。
「あ、また持っていった」
「もう食べてる!」
と、一年生たちも自分たちの作ったクッキーに人気が出たことが嬉しいようで、生徒たちがクッキーを持っていく姿を、校内の見回りもせず嬉しそうに見守っている。憂がもしも行方不明にでもなれば、クッキー部に自然となってしまいそうだ。
「よかった」
桃子もクッキーを手にする生徒たちを見て嬉しくて仕方がない。
これで、探偵部のことを悪く言う生徒が減るのではないか。
クッキーを作ったのは、下駄箱荒らしの対策ではあったが、どちらかというと探偵部の人気取りのためだった。クッキーをもっともっと作り、もういっそ、生徒たちが探偵部のことを考えると垂涎するというか、クッキーの匂いが鼻の奥に香るまでなってほしい。
愛される探偵部。
愛されなくてもいいが、反感を買う部活であってほしくない。
そういうわけで、探偵の真似ごとはできないが、部員の印象を良くするために一役買えたような気がして、桃子は満足だった。
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