1-4 校長先生からの依頼
しばらく探偵部の五人で校内をまわった。
そして憂は、みんなを連れて校長室の前で手を挙げた。止まれという合図のようだ。制服の腕を捲って時間を確認する。謎な人で、腕時計が三つも巻かれていた。
「少し早いけどいいか」
「なにが?」
「おもしろいものを見せてやる」
憂はノックもせず、いきなり校長室の扉をがらっと開いた。
「ふ、福くんか。おどかすなよ」
校長が慌てた様子で引き出しの中に何かを隠した。大きな箱に入った何か。
「校長、動作が早くなりましたね。校長が何をしていたか、みんな見えたか?」
「それはいい! それはいいから!」
校長が両手を広げて仰ぐように桃子たちに向けて振った。桃子には校長が隠したものが見えなかった。一年生たち三人も見えなかったようで、みんなで顔を見合わせる。
(私も推理してみよう)
桃子は思った。
憂は校長の弱みを握っているようで、だから理科室などという大きな部屋を使って探偵部を立ち上げることができたのではないか。探偵部の大きな木の看板を用意したのは校長と言っていた。
憂からは、気迫というか焦燥のようなものを感じる。
滑稽とも言えるが、止まったら魔法が解けてドレスがボロに戻ってしまう新米魔法使いのような危うさがあって、ともかく、その気迫に巻き込まれたのが探偵部の一年生たちと桃子で、校長もその一員のようだった。
「じゃあ、話をお願いします」
憂が、慣れた感じで校長室の高級そうな黒いソファに座った。どうしていいかわからず桃子がおろおろしていると、「お前たちも座れ」という感じで憂が顎を振る。
訳が分からないまま桃子も着席。一年生も校長室は慣れていないようで、戸惑う感じでソファに座った。
すると、憂が桃子に顔を寄せてきて、
「プラモデルを作ってるんだよ」
と、小声で教えてくれた。含み笑いをしている。
「そう……なの」
校長が隠したのはプラモデルの箱のようだ。そういえば、かすかに接着剤の匂いがただよっている。
「授業中もこっそりここで作ってる。奇麗に塗装して、スッピトファイアとかそういう戦闘機のやつにはデカールも貼ってさ。本当は飾りたくてうずうずしてるんだけど、しょうがないから完成品はそこの棚の中に並んでる」
「ふーん……」
それを憂に見つかって、校長は引け目を感じているのかもしれない。だからといって、憂などの言いなりになるのは変な気がするが。
「二年一組の教室で、盗難が発生している――」
と、校長が話し始めた。
事件の依頼のようで、桃子の胸の鼓動が鎮まらなくなった。
憂は校長に呼ばれていたようで、もしかしたら探偵部の者たちを校長が呼び、桃子も校長に招かれた一員かもしれなかった。
(これって、本当に探偵みたいじゃない?)
と思い、
(いいえ、いいのかしら)
と、狐につままれた気分になり、なにが正しいのかわからなくなった。
「――その、二年一組の盗難事件を君たちに調査してもらいたい。被害生徒は警察に訴えると言っているが、大事にはしたくない。犯人を見つけて、謝罪させるという結末にしたい」
「森、メモを取れ」
憂が森に指示を出した。森の役割は書記だったのか、ポケットから小さな手帳を取り出す。
「校長、被害生徒の氏名と被害額は? それ以外の情報も、わかっていることは全部話してください」
メモを取ろうとする森がシャーペンをノックする。その森を校長が手で制した。
「メモは勘弁してくれ……。証拠を残さず穏便に済ませたいんだ。被害の総額は三千円ほどで大したことはない。被害生徒には、私がお金を立て替えて渡してある。犯人は二年一組の生徒だろう。犯人を見つけて、謝罪させるだけで終わらせたい」
「なるほどねえ」
憂が薄く笑った。
ちょっとだけ憂の気持ちが桃子にもわかった。
緩い落としどころだ。
将来ある生徒を警察に突き出したくない校長の気持ちもわかる。反省の言葉が生徒から出るならば、今回は謝罪だけで許してあげようということだ。いいのだが、最初から警察を入れない前提なのが緩いと思った。
「まあ、いいです。メモは取りませんが、僕の記憶には刻んでおきますよ」
憂もその案を受け入れた。
校長によると、二年一組で起こった窃盗事件のあらましはこういうものだ。
――テニス部の部員、長戸(ながと)柑奈(かんな)。
彼女のスポーツバッグに入れた部費、千円が教室から消えた。柑奈は何かの間違いかもしれない……。と、一回目は誰にも被害を言わなかった。
それが二回目、三回目となり、何者かがバッグから金を奪っていることを確信した。三回目などは犯行時間を確認するために、柑奈は休み時間ごとにバッグの封筒に入れた千円を確認した。金はいつも封筒から抜き去られている。
犯行時間は四時間目の教室移動時に一組から離れたとき。それ以外の時間で、柑奈が現場を離れるときは、後ろの席の友人に訳を言ってバッグをマークして貰っていた。もちろん、その友人が犯人というわけではないだろう。
犯行時間は二年一組が無人になった四時間目――。
柑奈は部外者の犯行を疑っている。だから警察に訴えると一組の教師に言って、クラスメイトのことを疑ってはいない。仲間に疑っていると思われたくないからだ。事件を知っているのは二年一組の教師、校長、それに後ろの席の友人だけ。
校長の説明が終わり、
「ああ」
と、すぐに憂は満面の笑みを浮かべた。
「簡単です。もう、犯人がわかっちゃいました」
「だ、だれ?」
校長よりも、桃子が思わず憂に聞いた。
この情報だけで犯人がわかるのかと桃子は不思議だった。
探偵部を作るだけに憂は推理が好きなのだろうが、簡単に犯人がわかるのなら、柑奈も教師も校長も、誰も困ってはいない。
憂は、「わからないのか?」という感じで、桃子を馬鹿にしたように薄く笑った。
「なによ?」
誰だって、この情報だけで犯人はわからないと思った。後ろの友人が犯人か……?
「校長、僕らが犯人を見つけて、校長の前に連れてきます。犯人は部外者ではなく、この学校の生徒だと思いますよ」
「私もそうだと思っている……。本人が反省しているのなら、今回は大目に見る。続けるなら、停学もやむを得ない」
苦渋で歪む表情の校長。
それでも甘いと桃子は思った。本人が反省しているのなら大目に見る。それはわかる。だが、犯行を続けても警察には言わないのだろうか。校長というのは、でっぱりをひたすらに均す役割をするものなのだろうか。
「報酬は、これだけです」
憂は指を一本立てた。お金を取るのか……?
「すべて収まれば、それでいい」
校長が眉尻を下げてうなずいた。
(それっていくら?)
桃子は、校長と憂の顔を忙しそうに何度も見た。
一万円? まさか、十万か? 百万円ということはないだろう。憂は校長の弱みを握っているようで、探偵部の活動資金はここから出ているのは間違いない。大人とお金が絡んで、桃子はさらに憂に危なっかしさを感じた。やがて大きな失敗をする。こんなことでは、彼はもちろん周りの者も、結局は幸せにはならないのではないか。
校長室を出て、憂が人差指で廊下を示し、腕を振ってなにかの合図をした。どうやら廊下に一列に並ぶように言っているらしい。腹立たしさを抑えつつ、桃子は一年生たちと廊下に並んだ。軍隊のつもりか、それとも犬に指示を出してるつもりか……。
憂は破子を睨みつけ、
「番号!」
と、破裂するような鋭い声で言う。
「は……?」
「番号!」
「い……いち!」
やけくそで言うと、一年生が続いて番号を言ってゆく。に、さん、しー。最後に、
「五!」
と、憂が言った。
「よし、連帯感が大切だ。部員の募集はこれで終わり。これからは、この五人態勢でずっと行くぞ。いよいよ、俺たちが悪を退治する日がきた。俺たちはたった五人だが、力を合わせれば絶対に悪には負けない。今日は解散!」
終わった……。
時計を見ると午後四時五十五分で、意外と早く帰れそうだ。
短い時間だったが、料理を作り校内のパトロールをして、校長から事件の依頼を受けた。
自分のタイミングで帰っていいと言われたが、一度出席すればそういうわけにはいかない。というか、帰りづらい。まんまと憂の作戦にはまってしまったようだ。
部員の募集は一旦終わりということで、職員室の前の部員募集ポスターを憂がバリバリいわせて剥がしてゆく。探偵部を辞めるタイミングは今かもしれない。
「私、ぜんぜん役に立ちそうもないし、やっぱり探偵部を辞めたいんだけど……。明日も部活に来ないとだめ?」
「だめ」
にべもない。
でも本当は簡単だ。「いつ帰ってもいい」という言質だって取ってあるし、部活に出席しなければそれで終わりだろう。そもそも、むりやり入れられただけだし、体調が悪いとか、適当な言い訳を作って辞めるのは簡単なはずだ。
それにしても、結末は気になる。
二年一組の窃盗犯がわかったというのは本当だろうか。
適当な犯人をでっちあげて校長に報告して、まんまと報酬をせしめるつもりではないだろうか。その場合、犯行が終わらないから、犯人捏造がすぐにバレてしまう。
「ねえ、本当に犯人がわかったの?」
あっさり、これこれこういう理由で犯人の生徒は誰だ。と、そう言ってくれたら好奇心が満たされてすっきり辞められる。しかし、憂は桃子に一瞥を送っただけで向こうに歩いて行こうとする。
「ねえ!」
桃子の声が廊下に反響する。一年生はもう帰ってしまい、放課後の廊下は静かで誰もいない。桃子は憂の背中を追った。
ほかの場所にも探偵部の募集ポスターが張ってあり、それを憂が無言で剥がしてゆく。なんだか怒ったような表情で、一年生が帰って急に不機嫌になった。剥がしたポスターを丸めて小脇に抱え、それを桃子に持つように言うわけでもなく、ポスターを剥がすように指示するわけでもない。
「私を無視してるの? 私が嫌いなら、どうして探偵部に誘ったのよ」
怒ってみせたら弁解するのかと思えば、
「うるさい!」
と、いきなり憂が怒鳴った。廊下に声がこだまする。なぜか目も合わせない。
「大きな声を出さないでよ。なんなの? 私に恨みでもあるの?」
憂はまた、無言でべりべりとポスターを剥がす。
「本当に私が必要なの?」
ポスターを剥がすその腕を握った。憂は下を向くように目を逸らす。ちらっと見えたその顔は、眉を下げ、潤んだ瞳をして、泣きだす寸前の顔に見えた。
「ちょっと?」
「……ごめん、大声出して。なんか、出ないんだよ」
「なにが」
声のことだろうか。怒らないと喋れない人なんて居ないはずだ。
声のことには答えずに、憂は気を取り直したように、
「とにかく、俺の言う通りにしてくれ。早く帰りたいんだろ? 五時前にはいつも帰してやる。それは必ず守るようにする。さあ、もう帰ってもいいよ」
「じゃあ、さよなら。明日はもう、来ないかもしれないよ、私」
また、怒られるかと思えば、なんとも悲しそうな顔を憂がした。そして帰ろうとした桃子に、
「……おいしいオムライスをありがとう」
と、ぼそぼそと教室の憂のように言って頭を軽く下げる。
(それって皮肉?)
怒鳴ったり、お礼を言ったり、桃子は首をひねりながら帰宅の道に付いた。
急いで歩いて、五時半には家に着いた。遅くなるのを心配したが、思ったよりもずっと早い時間で、夕焼けがまだ遠くに棚引いている。
「よかった……」
玄関に履物はなく、父親はまだ帰宅していない。
いつも父親の帰宅は午後七時前後。今からでも夕飯を用意する時間が十分にある。
本当は父親の帰宅が遅いときにはメールで必ず連絡を入れてくれて、桃子が病的に心配することを父親は知っている。なにか異変があったのなら、桃子の携帯か家の固定電話に連絡があるはずだ。家の電話の着信ランプが灯っていないことを確認して、安堵の溜息を落とす。各部屋も確認したが出掛けたときと同じで、いつもの様子と変わりはない。
心配性の桃子に、「大丈夫だよ」と、父親はいつも言ってくれる。そう願いたい。
一度、
「人は、いつか死ぬのだ」
と、断定するように父親が言ったことがある。
「大切なのは、生き続けることではなくて、どう考えたかだ。どのような心で生きたかだ」
そのように言った。
過去に引きずられるな――。ということが言いたいのは、痛いほどにわかった。
桃子が幼稚園の時に交通事故で亡くなった桃子の母親。母親が亡くなったのは運命なのだ。最初から母親の運命ノートには、二十九歳からのことが書き込まれていなかった。そう思うしかない。
だが、桃子は怖いのだ。
家に帰ると、「お母さんは死んだよ」と、桃子に伝える人が待っている気がする。あの日の親戚の叔母さんのように、家を空ければ空けるほど、その可能性が高くなってしまう。桃子は怖い。家を空けるのが怖い――。不幸を伝える使者は、桃子の不在のときにだけ来る。怖い。怖い……。
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