CONNECTIV・ARTIFACT
Mey
第1話EP01・The day the sky fell(1)
平和と言うものを肯定的に表現するならば、安息や静穏と言った言葉が良いだろう。しかし、世界には必ずと言っていい程に否定的な見解を表そうとする働きがある。
――絶対的な平和などは存在しない。
何処の誰だかは分からないが、誰がこう言ったらしい。絶対的――つまり、揺るぎない程、強固な平和という、所謂プラス的な要素を持つものがこの世界に存在するのならば、逆説的な絶対的な非平和。俗に言う「悪」の存在も認めなければならない。
光が存在すれば影があるように、生と死があるように、平和の裏側には常に悪が息を潜めている。
これは誰が決めたルールなのだろうか、嘗ての学者達によって積み上げられた物理的運動による宇宙の絶対的な法則性、それを持ってしても説明がつかない、人々の心という特殊な事象は正に神による創造物と言えるのだろか。
ここである仮説について考えてみるとする。もしも、揺るぎない平和を獲得した世界が存在した場合、悪は何処からやってくるのだろうか。
私は忠告したい、それは外だ。家の中が如何に平和であっても、外的な敵意等をコントロールする事は不可能に近い。ならば私達はその「外なる敵意に――――
「我々は外なる敵意にこそ、注意を払わなければならない………か」
呟いた1人言は、冷えた冬の空に口から出る白い吐息と共に消えた。
まだ冬に入りかけだというのに、外気は冷え切っている。手先の感覚は緩み、口から白い息が出る度に自分の生気まで外に出してしまっている様な錯覚に捕らわれそうだ。
外で本を読む事が僕の日課ではあるが、ここまで冷え込んでしまっていると少し控えた方がいいかもしれない。気づいた時には凍死した後になってしまいそうだ。
さて、部屋に戻ろうかと体を起こした時に感じた頬への冷たさ。触れてみると若干の湿りがあった。雨ではなく、この微妙な感覚はなんだろうと空を見上げた。
「あ……はぁ、ついに雪まで降り出したし」
積もる前に中に戻らないと、おじさんに叱られそうだ。早く帰って温かいミルクでも入れよう。暗くなりだした地平線を見てから、屋根を降りた。
■■■■
「おじさん、雪が降り出したよ」
「なにっ……たく、積もると毎回雪かきさせられるこっちの身にもなって欲しいもんだ」
工具を床に置きながらため息をはくおじさん。いい加減現場から身を引いて欲しいと何回も言ってるが、まったく聞いてくれない。ため息をはきながら、おじさんのイジっていたコイツを見上げた。
「またこれをイジってたの?もう全身くまなくイジり尽くしたと思ってたけど」
「馬鹿野郎、そんなに事とうに100年前にやり尽くしたさ。強情な女だろ?何万回プロポーズしても、うんともすんとも言っちゃくれねぇ」
「僕なら上手くいったりして」
「何言ってんだ。ろくにアーティファクトを触った事もねぇようなガキが、でしゃばってんじゃねぇよ」
「そんな事言ったって、実際におじさんはこれに触らしてくれないじゃん。それに僕だって一応、一通りの知識はあるんだけど?」
「なぁにが知識だよ。そんなもん現場じゃなんの役にも立たねぇさ、フィルがこれに触れんのは俺が死んだらだな」
「それって具体的に何年後?」
「そうだな………後2000年ぐらいじゃねぇか?」
その頃までここにいたら僕はマズい、という本音を噛み砕いておじさんに笑顔で返す。
「なるべく早く頼むね」
「はっ、言うじゃねぇか。ますますアイツに似やがって、可愛いのは見た目だけだな」
「それ男の僕に言ったらただの悪口だから」
「贅沢言ってんじゃねぇよ。ミーシャそっくりの顔しやがって……ったく」
おじさんは不貞腐れように、またこれをイジり始めました。あ、ミルクの事言ってない……ま、いいや。おじさんには砂糖を入れて変に甘くなってる冷えたミルクを後であげよう。
苦笑いをしながらコイツを見上げる。何年経っても何も変わらない、ただそこに座っているだけ。でも何となく思う事がある、いつかコイツは動き出して、大昔みたいに戦ってくれるのかな?なんて馬鹿げた事を。
「ねぇ、おじさん」
「……んだよ」
「いい歳して拗ねても気持ち悪いよ」
「うっせぇ!で、なんなんだよ」
「前にも聞いたけどさ。本当にコイツ動くの?」
「はぁ?あったりめぇだろ、動いてるアーティファクトを見た事ねぇわけじゃないだろ?」
「それはそうだけど、下手に知識があるかもしれないけど、やっぱりコイツが動くのなんか信じられないんだよね」
「……あぁ、んだよ。そういう事か、言ってなかったな。コイツには兄弟がいる」
「……え?」
正直、マジかよ。って口にしそうになったけど、何とか喉までで抑えられた。おじさんは口が悪い癖に僕が、マジとかクソとか、そういう事を言うとなんか怒る。理不尽だ。
「ソイツは今でも現役だ。弟が動いてんだ、コイツが動かねぇわけないだろ?」
「その理屈はどうかな……根性論だよね」
「うるせぇっ、早く飯の準備でもしてろ。ほら、しっしっ」
凄く嫌な顔をしながら手を振るのは止めて欲しい。僕には兄弟がいない。だからあんまり言えた事じゃないけど、コイツも苦労してるんだなぁ。弟が兄より勝ってるなんて、よく言う話だ。
「わかったよ。大人しく晩御飯のじゅん――っ?!なんだこの、衝撃?!」
建物が激しく揺れる。何か物に掴かまらなければ、立てない程の衝撃が襲ってきた。暫くして、揺れが収まるのを確認した後、僕は外へと駆け出した。
「おい!フィル、何処行く気だ!?」
「外を見てくるよ、おじさんは他の人が大丈夫か見てきて!」
■■■■
工房の外へと走り出た後に、僕を待っていたのは思わず腕を前に出してしまう程の熱風だった。僕の目に映ったのは炎、街のすぐ近くで爆発が起きている情景だった。
「爆発……ここは中立地域だぞ――っ!民間人も大勢いるのに!!」
爆発の中に人影が見えた。いや、人影にしては多きすぎる物が複数体、爆煙の中を移動していた。20m以上はありそうな人影、間違いないアーティファクトだ。
なんで中立地域にアーティファクトがいるんだ。自分達で勝手に条約を作っておいて、それすら破るのかっ!僕の中に確かな怒りを感じた。拳を握りしめても、唇を噛んでも僕にはなんにも出来ない。
呆然と立つことしか出来ない僕の肩を誰が揺すった。
「フィル!いい加減にしろっ!シェルターに避難するぞ」
「……っ、なんにも出来ないのか」
「今は死なねぇ事が第一だ。命を無駄にすんじゃねぇ!」
軍がアーティファクトを出してきてるって事は、相手もアーティファクトを使っている可能性が高い。戦闘は目と鼻の先だ。こんな所にいたら、流れ弾に当たって死んでしまうかもしれない。なのに――
ここから離れちゃいけない気がしたんだ。
「αを使わせて」
「はぁ?!何馬鹿事言ってんだ、何回もおめぇにらアクティベーターの適正はねぇって言ったろ!」
「αとは1度もコネクトしてない」
「ふざけんなっ!普通のアーティファクトとコネクト出来ない奴がロストモデルのαと出来る訳ないだろ!」
「やらなきゃ分からないじゃないか!!」
いい加減にしろっ!とおじさんが僕の胸ぐらを掴みあげた。僕よりかなり体格のいいおじさんに為す術もなく持ち上げられた体。でも、目線だけは絶対に外さない。睨みつける気持ちでおじさんを見続けた。
爆煙の向こう側では、今もなお数体の巨人達が戦闘を続けている。少しでも時間を稼がないと、この街の人達にだって被害が出るかもしれないのに!
「だったらαの神髄を接続させれば、射撃ぐらいできるでしょ?!ここには普通のアーティファクトだってあるじゃないかっ!」
「あれは作業用のやつだ。軍の次世代型に太刀打ち出来ると本気で思ってのか?!フィル、お前らしくないぞ。もっと冷静になれ!」
「……駄目なんだよ。そんなのに父さんや母さんと何も変わらないじゃないか!!」
僕はおじさんの腕を振り払うと、工房の中へ駆け出した。目指すのは1番奥の場所、αが眠っているガレージだ。
■■■
「はぁ、はぁ………」
目の前の眠る巨人を見上げる。埃1つ付いていない黒い体、全身を走る青いライン。背中の翼もαが普通のアーティファクトとは違う存在という事を主張していた。
何も言わずにαの胸のハッチを開け、中に入る。……うん、大丈夫だ。ここの作りまでは変わってない。動かし方は分かる。操縦桿の感触に神経を研ぎ澄ました。
――α、動いて、外が大変なんだ
ギュッと操縦桿を強く握りしめる。すると、僕の体が淡い光を発し始めた。準備状態まではいつも大丈夫だ。問題はここから、ここから先は上手くいった事がない。
――動いて、昔みたいに、まだ眠りたいのかもしれないけど、お願い
ブゥゥンという鈍い音がし始めた。目を開けると、球状のコックピットのモニターが淡く何かを映し始めていた。αはずっと僕を見守ってくれていた。ずっと……ずっと、父さんと母さんの顔を知らない僕の親変わりの様に。
「α……僕を助けて、力を貸して」
モニターの正面に映し出される「Activate」の文字。
――いくよ、α
「コネクト」
目覚めて、僕のヒーロー
CONNECTIV・ARTIFACT Mey @freename
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