箱庭の少女と永遠の夜

藍沢 紗夜

Episode 1 箱庭の少女

 ――夜は彼女そのものだった。彼女は夜だけを愛していた。夜だけが彼女の世界の全てだった。


 空が紺碧に染まっていく頃、小さな箱庭でひとりぼっちの少女は今日も目を覚ます。夜と同化してしまいそうな黒髪と、星屑が散りばめられた濃紺のドレスが、心許ない月明かりに照らされて控え目に瞬いた。

 夜に咲く花々とともに彼女は歌う。歌詞のない歌だ。優しく雨を注ぐような歌声で、蕾は香り豊かに花弁を広げ、そうして彼女の箱庭は出来上がる。

 歌い終えると、彼女は指を組み、胸に当て、頭上に大きく広がる夜空を見上げた。月明かりの弱い今日は、一段と星が輝いて見える。彼女にはそれがゆっくりと巡っているのがわかった。そのリズムを遮らないように、彼女はそっと息を継ぐ。星座もわからないほどの満天の星空は、息をするのを忘れてしまいそうなほど美しいのだ。

 太陽を知らない彼女にとって、月は最も眩しい星だ。しかしそれも絶対のものではなく、月の満ち欠けは彼女の不安を誘った。けれど彼女には、自分の抱いているその感情が何なのかわからなかった。

 彼女は太陽も、温もりも、言葉をも知らない。物心ついた時から此処にいた彼女にとって、この夜の箱庭だけが世界の全てだった。

 他には何も知らなくとも、彼女は夜の美しさだけは、この世の誰よりも知っている。


 今夜も彼女は月明かりに手を伸ばす。その指先が求めるのは救いか、あるいは。‬

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