準備をしましょう 2
「ここ、ですかね」
「……ここだな」
見上げた先にある店の看板に、濃淡の違う桃色で【アラーニャ】と書いてある。
「桃色ばかりで……目が痛いです」
店も、看板も、入った先の店内も……見渡す限りの視界はほぼ桃色。唯一桃色じゃないのは店内に置いてある服くらいだ。
まだ
「服は様々な色があるんですね。よかった……」
「……でもよく見るとピンクが大半だぞ。凄い執念だな」
「ひっどーい!こんなに可愛いんだからみんな好きに決まってるじゃない!……確かにあたしもピンク好きだけど、それだけじゃないわよ!」
会話に割り込む低い声。
店主なのだろうと振り向いた先には…………山吹よりも大きくガタイのいい
恐ろしい事に、頭のかなり高い位置で二つに結ばれた腰付近まである髪は桃色。それも毛先に行くにつれて濃く、より派手になっている。
服も髪と同じ色で裾が段々になっている“すかーと”を穿いている。
店に負けないくらい店主も強烈だった。
「……で?貴方達だれ?あたしの店にケチつける気?」
「あ、いえ!違います。
「あらあらあら!
「父さん、ストップ。早すぎて、お客様が訳分からなくなってる」
怒涛の口撃を遮った彼は息子なのだろう。
親子とは思えないほど華奢な彼は、声を聞かないと男だとは解らない。
耳の形がそっくりなのだから、本当に親子なのは間違いなさそうだ。
しかも、黒い髪の一部分だけ桃色で毛先にいくほど濃い色をしている。
……店主の髪は地毛だったのか。
「申し訳ないです。父は興奮し過ぎるとお客様すら置いて話を進めてしまうんです。……腕は、確かなので僕が接客を担当しているのですが……。あと店内、目が痛いですよね。本当に重ね重ねすみません」
「あ、いや……いつもなのか。こちらこそ、申し訳ないのだが……もう一度
「ええ。こちらへどうぞ。……必要だったら呼ぶから父さんは奥にいってて」
「ごめんなさいねえ……あたしったら、つい興奮しちゃって。ゆっくりしていってね〜」
じゃあねと手を振りながら奥へと消えていった。
……確かに癖が強い人だ。
「では、静かになったところで。改めまして僕は
本当に申し訳なさそうにしている彼の藍色の瞳と目が合い…………改めて鈴音をちゃんと見たのだろう。
彼は、少し表情を曇らせた。
その瞳には怒りがチラついている。
(…………?私とは、初対面のはずだけど……どうしたのかな?)
「あの……どうかしました?」
「…………いえ、覚えていらっしゃらないなら別に、いいんです」
「…………?覚えてない?私が、ですか……?でも……私も山吹さんも、貴方とは初対面のはずですが……」
「ああ、だな。鈴音は先月まで街に来たことは無いし、その時も俺と一緒だったしな。……街に来るのも今回が二回目だし、な」
顔を真っ赤に染め穏やかだった彼の印象がガラリと変わった。
「…………はあ!?んなわけないでしょう!?先日、ぶつかってきて謝りもしないどころか、この、ピンクの髪を気持ち悪いと馬鹿にしたでしょ!?」
「…………ええと、その時の私は1人でしたか?」
「いえ、男性と一緒でした!腕組んで仲良く歩いてたじゃないですか!!」
残念ながら鈴音では無い。
鈴音は前回街中を1度も
--始終山吹の腕に抱えられていたから、そもそも腕も組んでない。
「それ、鈴音じゃないな。鈴音は今日初めて街中を歩いているんだ。前回……と言っても一月も前の話で、ここ最近鈴音は街に来ていないぞ?しかも、前回街に来た時は体調があまり万全ではなかったので俺がずっと抱えて歩いていた。……多分その辺の服屋とか靴屋の店主に聞けばわかるぞ」
あちこちの店で嫁自慢していたので誰かしらは覚えているだろう。
だとしても、彼が嘘を言っているようには思えない。
「…………言われてみれば、あの時より……貧相な」
「黙れ。それ以上見るな」
「……あ、すみません。…………そう言えば、あの時隣の男性は黒髪だったので、山吹様では……ないですね」
「ちなみにその女の容姿はどうだった?」
「ええと……大変失礼かと思いますが、正直に申し上げます。まず、鈴音様と比べてもっと健康的で、全体的にふっくらしておりました。……その、胸ももう少しありましたね。………………ちょ!山吹様その手を降ろしてください!失礼だとは思いますが正直に言ってるんです!その方が女を見つけられるかもしれないでしょう!?……では、気を取り直して。髪は黒で鈴音様と同じく腰までありました。そして瞳は少し緑の混じった様な黒で……鈴音様と同じですね。ただ、纏った服や装飾品はどれも派手でした。思えば少し露出の激しい服を着ていた気がします」
先程から貧相だとかなんとか言われている。
思わず胸元を見てしまったのは仕方がない。
「……鈴音様には姉や妹はいらっしゃらないのですか?」
「姉や、妹……?……………………あ、います。直接会ったことは、ないんですけれど」
「会ったことの無い、姉妹だと?……そう言えば詳しい事情は聞いてなかったな」
「……まあ、その……あまり言いたく、なかったので。黙っててすみません」
「いや。構わない。俺も鈴音が話したいと思った時に、ちゃんと聞こうと思って、聞かずにいたからな。……軽くでもいい。今話してくれるか?」
「……はい。でも、出来れば……山吹さんにだけ、話したい……です」
「でしょうね。どうやら込み入った話のようですし、部外者の僕は席を外します。一旦飲み物を入れ直してきますので、その後終わるまで僕は店にいます。この応接室をこのまま使ってて良いですから、終わったら声かけてください」
そう言って、
“はーぶてぃー”というのだとか。
なんでも落ち着くように、香りのいい物をとのこと。
その後は本人が言っていた通り、山吹と鈴音を二人きりにしてくれた。
彼は出ていく直前に『イチャつくのだけはやめてください』と釘を刺すのも忘れなかった。
* * ◆ * *
鈴音とアラーニャの応接室に二人きり。
この店内でここだけは唯一木のような茶色が基調になっており、とても落ち着く部屋だ。
先程いれてもらった、ハーブティーのいい香りがうっすらと漂っている。
「鈴音、無理そうなら帰ってからでも」
「いえ……大丈夫、です。ちゃんと、話しておかないと……いけなかったので」
こちらを見据える瞳は既に涙が溢れそうで、声も少し震えている。
それでも、彼女は話す事を決心したようだ。
手を握り込み、下唇を噛み締めている。
そっと、その唇に親指でふれる。
「……鈴音、唇を噛むな。血が出てしまう。ほら、まずは落ち着け。…………俺はな、鈴音だから嫁にしたいんだ。出会いが出会いなだけに信じられないかもしれないが……そこだけは信じてくれ。頼む」
俺にとっては確かに生贄--そもそも求めていないのだが--として捧げられた可哀想な娘。
だがそれ以上に、
他の誰も要らない。鈴音だけ傍に居てくれるだけでも俺はとても幸せなのだ。
それだけは、彼女にも解ってほしい。
「山吹さん……。本当、ですか?……私と瓜二つの女性がいたとしても、私がいいと……言ってくれるのですか?」
「ああ。俺は
「…………え?」
「それに、あまりいい扱いを家族からされてなかったのだと推測はしていた」
だから、話してくれ。
大丈夫だから。
と、鈴音の背をゆっくりと擦りながら落ち着かせる。
そして、しばらくして落ち着いたのか、ポツリポツリと。ゆっくりと話し始めた。
実は双子の姉妹である琴音が本来、山吹に捧げられた生贄だった。
だが、忌み子として隔離されて生かされていた鈴音を両親は身代わりにした。
琴音の事は名を知っているだけで、産まれて直ぐに隔離された鈴音は会ったことは一度もない。
だが、琴音とは双子でその片割れである鈴音が忌み子である。と周囲にずっと教えられて育ってきた。
だから、外へ出たことも、読み書きも、全く出来ないのだと。
あまり話したがらなかったのは、それを山吹に話し、『では本来の生贄である琴音を』となるのが嫌で、とても恐ろしかった。だから話せなかったのだと。
正直、話したくなかった理由を聞いた時は思わず抱き締めそうになった。
だが、これではっきりした。
問題は何故この街に居るのかという事だ。
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