準備をしましょう 1

「おいしろがね!お前なんだあの加護の威力!確かに鈴音は無傷だったが……人相手でもあの威力だったとしたら大問題だぞ!?」


 バン!

 と、両手で机を叩きながら山吹はしろがねを問いただしている。

 その正面にいるしろがねは、イライラしている山吹とは対称的に涼し気な顔をしている。


「うるさいぞ。……無傷だったのならよかったでは無いか」

「無事なのは良かったのだが、血まみれになったんだぞ!?」

「…………は?それは、どういう意味だ」

「そのままの意味だ!鈴音に噛み付いた獣が一瞬で弾け飛んだんだぞ!?跳ね返すどころの威力じゃないぞ!」

「…………はじけ、とんだ?」

「それで鈴音は全身血まみれになって、服一着駄目になってしまった」

「服に関しては後で妾お気に入りの服屋に行ってくるといい。紹介状を書いておく。これを渡せば何着か、安く作ってくれるだろう。…………にしても、弾け飛んだのか。まあ、良いではないか」

「獣相手だから良かったものの……人相手だとどうなるのかが解らん。流石に怖すぎるぞ」

「……いや、相手に悪意や敵意が無ければ影響あるまい」


 だとしてもだ。

 例えば街で騒動に巻き込まれたとしよう。

 そして、偶々・・攻撃が鈴音当たってしまったとしよう。

 その人が先日の獣と同じように、一瞬で弾け飛ぶかもしれないと思うと安心して歩けない。

 人が弾け飛ばない保証など何処にもないのだ。


「山吹。ちなみに、その獣とはどのくらいの大きさでどんな獣だったのだ?」

「……は?その情報必要なのか?」

「いや、別にいらぬ。が、妾の好奇心だ」

「………はあ。魔獣じゃなくてただの狼だ」

「なんだつまらぬ」

「つまるつまらんの問題じゃなくてだな……!!」

「や、山吹さん、一旦落ち着きましょう?」


 何をそんなに怒ってるのか解らないのだろう。首を傾げる目の前のしろがねに、山吹はさらに神経を逆撫でされているのが解る。

 ……まるで今にも噴火しそうな火山のようだ。




 血まみれ事件の翌日。

 鈴音と山吹は街へ来ている。

 買い物と甘味を食べに……だったらどれだけ良かったことか。

 髪飾りに付いている加護の威力について、しろがねと話す為である。

 よって、甘味は今回無しだ。残念。


「……というかな、妾も弾ける程だとは思わなかったぞ。……でもまあ、良いではないか。どうせ加護は付けたらもう外せぬのだ。人にぶつかるだけでは、弾ける可能性は低いやもしれぬ。だが、突き飛ばした場合どの程度の威力なのか……検討もつかぬぞ。正確な威力が知りたかったら試すしかないのだが……当然無理だ。もはや。諦めるしかあるまい」

「………………」

「山吹さん、私はこのままでもいいです。この髪飾り、とても気に入ってるので」

「ならいいか」


 外せるものでは無いなら気をつければいいのだ。そうそう敵意がある相手に害される可能性は低いだろう。……街中では。


「そうだ。しろがね、指輪を造ってもらおうと思ったんだが……大丈夫か?」

「ああ。大丈夫だが、どのようなものにするか決まっておるのか?」

「……この髪飾りと同じような絵柄がいいです。この花、家の玄関にあって……すごく好きなので」

「うむ。……では、二人共指の大きさ測るぞ?」


 何処からか糸を出してきて、左手薬指に巻き付けた。一周した所で色をつけている。

 これで指の大きさを測っているようだ。


「なるほど。ではこの大きさで指輪を造る。今回も頑張って造るから楽しみにしとくのだぞ!」

「まてまてまてまて!さっき言っただろ?加護が強すぎると。……これ以上、威力強い加護増やす気か?」


 確かに加護の威力が既に強すぎて、まるで一人の人間に国家権力での護衛を動かしてるようである。

 既に獣が弾け飛んでいるのだ。

 どう考えても、普通の防御の域を超えている。


「けち。……別に良いではないか。鈴音の安全が確保されのだぞ!」

「……それは、そうなんだが」

「……?何をそんなに渋っているのだ。………………あれか?『鈴音の事は俺が傍で護りたい!力付けすぎると頼られなくなりそうで怖い』ってことかのう?」

「……うるさい」

「はははははっ!山吹、お主顔が赤いぞ。やはり図星なのだな!」

「え、そういう事だったのですか?」

「鈴音……こっち見ないでくれ」


 ふいと背けてしまったが、一瞬見えたその顔は真っ赤だった。

 髪から覗く耳も少し赤いようだ。


 その態度は図星だと言っているようなもの。

 カッコイイのに可愛いのは本当に卑怯。ずるい。


 つられて鈴音も頬を染める。


「…………なあ、二人共。仲の良さを見せびらかすなら外でやってくれんか?先程食べた昼食が胃で暴れておる」


しろがねにじろりと妬ましそうに睨まれる。貴継が不在だから余計なのだろう。

 にしても、先程皆で食べたしろがね作の“おむらいす”が出てくるのはいただけない。


「………………あ、えー、と。……頼みたい事が、あってだな。しろがねと貴継に俺達の婚姻で仲介人として出て欲しい」


 先に冷静になったのであろう山吹が、少々強引に話を変えた。

 ……本来の目的は指輪の予定だったが、婚姻の仲介を頼むのも予定にあったのであながち間違いではない。


「あ、是非お願いします!……私、家族呼ばないので」

「構わぬぞ。貴継にも後で言っておく。いつやる予定だ?指輪もその日に合わせよう」

「「………………」」


 日程云々は全く話してない。

 山吹もすっかり忘れていたのだろう。


「あと、鈴音の花嫁衣装はどうするのだ。……あれは使えまい」

「そうだな……」

「あれ……って、なんですか?」

「鈴音が泉に投げ入れられた時に着てたやつだ。鈴音に大きさが合ってなかったのもあるが…………捨ててしまったんだ。勝手に悪かったな」


 既にあの衣装は捨てられてたらしい。

 鈴音は当然、知るはず無かったのだが。


「あ、そうなんですね。どうしたのかなとは思ってましたが、別に要らないので問題ないです」


 そう。あれは、どうせ【生贄】として着ていたものに過ぎない。

 今回の婚姻の時にはちゃんと【花嫁】として、衣装を着たい。


「…………妾のが使えれば良かったんだろうが、身長が違いすぎるから使えぬな。……うむ、妾の衣装を作った所へ行くといい。確かな、ここに……名刺が、あったはず……なんだが」


しろがねさんのは確かに使えるはずがない。鈴音には大きすぎる。

 身長は山吹と同じくらいある。

 …………なにより、胸が。


「おお!これだ。『アラーニャ』という店に行くといい!……店主は少しだけ癖があるが、良い腕をしている」

「ありがとうございます!……あれ、この名刺紙じゃないんですね?凄く手触りが気持ちいいです……ずっと、触ってたいです」

「……ほんとだ。なんだ、これ。紙と布の中間のような……しなやかで柔らかい紙、か?いや、紙にしてはすべすべしている。……これは、布か」

「ふふふふ。それもそこに行けばわかる。……して、日程はどうするのだ?指輪は最短でも一月程だが……多分衣装もそれくらいかかるだろう」

「では……出来上がる頃は、どうでしょう?この日がいいというのは、ないので」

「ああ、そうだな。そうするか。……しろがねや貴継は日程調整できそうか?」


「当たり前であろう?鈴音の婚姻なのだぞ。無理にでも調整して絶対参加するので安心せい」


 絶対優先は鈴音の婚姻らしい。嬉しいものだ。



「では、頑張って造るからな!……残念だが甘味は婚姻の後の楽しみに取っておこう!出来たら連絡する」

「はい!指輪楽しみにしてます。ありがとうございます!」

しろがね、根詰め過ぎないようにな」


 思っていた以上にしろがねがやる気なので、もしかしたら早く出来上がるかもしれない。

 出来上がりが楽しみである。


「そういえば、山吹さん。出来たら連絡すると言ってましたが……手段ってあるんですか?」

「……あ、ないな」


 その後慌てて店に戻り、店内へ呼びかけるも応答がない。

 なんと、既に作業室に篭っていたしろがねさん。呼び出すのにとても苦労した。

 何とか引き摺り出して、話し合った結果。

 山吹と鈴音が、一月後に指輪と衣装をそれぞれの店に取りに来るからその時までに造っておく。

 という事になった。

 --ちなみに、決まった途端また篭ってしまったのは言うまでもないだろう。


 今日は朝から加護の話をしに出てきたので、まだ時間も早い。このままアラーニャへ向かう事にした。

 まだこれから相談だが、きっと期限が決まっていた方が彼女--彼かもしれないが--動きやすいだろう。


 それに、あの不思議な名刺の謎も気になって仕方がない。


 取り出した名刺を陽にかざしてみると、少し向こう側が透けて見えた。

 そしてその名刺には店名しか書かれていない。

 ますます不思議が増えただけだが、薄い布一枚隔てた太陽も凄く綺麗だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る