春は危険がいっぱいです
まだ夫婦では無い。
その衝撃な事実が発覚して早くも一月が経った。
あの後、山吹は宣言通り客用の布団を準備してくれた。部屋数が多い家の奥、何処からか分からないが小柄な鈴音が寝るには大きい布団を運んできてくれた。
鈴音用に布団のしかれた部屋。
その隣の部屋には山吹が寝ているので安心して寝れると思っていた鈴音である。
が、一人で広い部屋を使う事に慣れてない為、上手く寝れなかったのだ。
--数日後に耐えられなくなった鈴音は、隣の部屋へ侵入し、山吹が寝ている布団の近くだ寝た。……床の上でだ。それはもう、ぐっすりと。
朝起きた山吹に叱られたのは言うまでもない。
なにせ床で丸まって寝ていたのだ。
「……分かった。布団並べて同じ部屋で寝よう。…………だから今後、床で寝るの
何度注意しても繰り返す鈴音に山吹が折れた。
結果、二人同じ部屋で布団を並べて寝る事になり、鈴音は数日経ってからやっと、暖かい場所での安眠を手に入れられたのだ。
……どうしても一人だと寝れないのだからしかたない。
ちなみに玄関近くにある、丸い花弁が何重にも綺麗に重なりあって咲いている花は、その種が鉱石のように硬い事から【鉱石の華】と呼ばれている大変珍しい花なのだそう。
月夜になると、その特徴的な花が淡く黄色に光る事から別名【
また、
実はこの花魔除けとしてかなりの高値で取引されているらしい。
なんでも、人工栽培は難しい代物なのだとか。
しかし、山吹や
朝、山吹と二人で山を散歩するという催しの定期開催が決定した。尚、泉は除く。
今は春で暖かく、花が鮮やかに咲き誇る季節。その為最初の頃は三日おきに行っていた散歩を、今ではほぼ毎日行っている。
「山吹さん、これ、なんですか?」
「それは毒茸だから、その辺に捨ててくれ。その毒茸は食べなければ害はないやつだが……中には、触れただけで症状が出る種類もあるんだ。本当に気を付けてくれ、頼むから」
「でも、とても綺麗な色です」
「傘が赤でその裏が紫だぞ!?その茸は傘の裏がヌルヌルしているんだが、その液体には絶対に触るなよ!?皮膚が溶けるぞ!…………ほんと、頼むから勝手にあれこれ触らないでくれ」
「だ、大丈夫です。その液体には触れてないです。……では、これは何ですか?」
「……その草、この間も聞かれたが毒草だ。…………色が綺麗とか言うなよ?確かに似た植物でとても美味しい物がある。……が、それの葉をよく見てくれ小さい棘があるだろ。それには触るなよ?刺さったら抜けにくい為、抜くには周りの肉を抉らなければならない上に血が止まらないんだ。…………触ってないよな?」
「さ、触ってないです!」
……今まさに触ろうとしていたのは秘密だ。
出歩くことのなかった鈴音にとって見るもの全てが新鮮で、ついつい触りたくなってしまう。
山吹が目を離した隙を狙い、植物や茸を触っている。が、どうやら手に持つものが高確率で毒を含んでいるらしい。
暖かくなって植物も色々出てきたのもあるのだろう。ここ数日は特にその確率が高いのだ。
そんな毎日を過ごす山吹にだんだんと疲れが見え始めてきている。
結果。勝手にあちこち行かないようにと手をしっかりと繋がれてしまった。
……抱えられないので、まだ鈴音の足で歩かせてくれるのだろう。
これ以上やると抱えられる気がしたので触りまくるのをやめた。
「そうだ。鈴音、山頂の方にとても綺麗な花があるんだが……明日天気も良さそうだし、弁当でも作って見に行かないか?夜までに帰れば、魔獣も問題ないだろう」
「……素敵ですね!是非行きましょう」
「山頂の方だからな、少し厚着しないとまだ肌寒いだろうが……今ある服で足りるか?」
「はい、多分大丈夫です!」
「……そうか。片道でも登れたら、また街に行こう。そろそろ夏の服も必要だろう?……どうだ、頑張れそうか?」
「ほんとですか!?それなら、山頂まで頑張って登ります」
「ああ。俺と一緒に片道だけでもゆっくりと登ってみよう。登れたら、街へ行こう。約束だ。………………ただし。大人しくしてくれるなら、な」
だそうだ。
つまりは毒の有無を確認してないものは触るなと言いたいらしい。
下手に触れば、きっと街へ連れていってくれないのだろう。
買い物と甘味の為に、よく分からないものは触らない。と誓った。
「……ふ。少し、肩の力を抜け。今から意気込んでては無駄に疲れる。…………ああ、そうだ。明日は朝早く起きて弁当一緒に作ろうか」
「……いいんですか?私まだ慣れないから邪魔してしまうかも、しれませんが。でも……一緒にお弁当、作りたいです」
「構わない。一緒に作るのもきっと楽しいだろう。ちょうどこの間食材買ってきたばかりだから色々作ろうな」
そう。
この一月、山吹が一人で--鈴音が留守番する事になるため渋々ではあるが--街に食材をまとめ買いに行っていた。
……留守番させるのが余程心配なのか、毎回一時間程度で買って帰ってくる山吹には驚きを隠せない。
ちなみに布団はまだ客用を使っている。一緒に買いに行きたいので行く日は保留だ。
山吹が買い物に行っている間は軽い読み書きと植物の毒の有無について勉強している。
後者はせめて毒を含む植物の傾向だけでも、絵を見て学んで欲しいと山吹が買ってきた図鑑のような物だ。
その本には植物が主に載っており、毒を含む植物のページには食器のマークに赤く【✕】が書かれている。食べられるものはもちろん【〇】が書かれている。
従って、子供でも割とわかり易いように作られた本で、文字を読めなくても毒草や毒茸等を学べるようになっている。
「何故毒を含む植物を一種類覚えるよりも、読み書きの方が出来ているんだ……。毒は命にも関わるから出来るだけ早く覚えて欲しいんだが」
と山吹が頭を抱えてしまったのは言うまでもない。
翌朝、早起きして山吹と仲良くお弁当を作った鈴音。
山吹が言っていた通りとても天気が良く、暖かめな気温である。
いつもは街で買った、異国からきた服で裾がふわりと広がる“すかーと”を履いているが、今日は山登りなので珍しく“ずぼん”を履いている。これもまた、異国の服。
今あちこちの街や国で若い娘に大人気なんだとか。
ちなみに上は長袖で春物なので少し薄めだ。一応、肌寒いと感じた時に羽織れる物は別で二枚ほど持っていく。
代わって、山吹は藍色の着物を着ている。山吹の襟足の長い黄金色の髪ととても合う色合いだ。
傍から見ると、薄着そうに感じるが本人にとっては過ごしやすいようで羽織ものは持っていかないらしい。
お弁当と鈴音の羽織り物。
もちろん荷物は全て山吹が持っている。
「山吹さん、あの……すぐそこの木になっている赤い実。あちらは食べられるものですか?」
「……いや、あれは人の身には毒だな。鳥などにとっては毒にはならないようだが」
「そうなのですか……残念です」
赤い果実のような見た目だが、どうやら異なる種類のようだ。
山登り中、相変わらずあれこれ質問するが、下手に触らないという山吹との約束だけは守っている。
--質問ばかりしていたのも最初のうちだけだったが。
「……はあ、はあ」
「鈴音、大丈夫か?あともう少しで着くんだが……抱えるか?」
「……っ。い、いえ……、だい、じょうぶ……です。まだ、がんばります」
最近健康になり体力が付いたと言っても、元々体力がないのだ。その為、山登りは思っていた以上の重労働だった。
質問出来ていたのも家を出てすぐ迄で、その後は周りの景色を楽しんではいるものの、あれこれ質問する余裕が無くなった。
そしてすぐに息も上がり、景色すら見る余裕も今はない。
既に二時間ほど歩いている。休憩をこまめに挟みつつ、鈴音に合わせてゆっくりと登っているのだ。多少、時間がかかるのも仕方がない。
「鈴音、着いたぞ」
山吹に声をかけられ、顔を上げた先には……背の高い一本の木があった。
その木の上の方は赤い花が咲いている。が、下へいくにつれて花の色が桃、白へと変化している。
そして、その木の後ろは視界が開けており街が見える。
雲一つない鮮やかな青空に、街を背負った木の花が赤から白へと変わっている様は、とても美しい。
「…………凄く、綺麗」
「だろ?この時期にしか花の移り変わりは見れないんだ。……近くに魔獣いる気配もないし大丈夫そうだな。寒くはないか?……ご飯は木の下で食べるか」
「動いたからか全然寒くないです。……木の下でご飯!!いいですね!お腹空きましたし、食べましょう?」
家を出てから歩き詰めだったからか、身体が既に空腹を訴えている。
山吹が大きめの布一枚を木の下へ広げ、その上へお弁当や荷物を置いた。……準備がいい。
「………………!……美味しい。凄く疲れてるのもあるんでしょうけど、綺麗な景色見ながら食べるご飯って……こんなにも、美味しいんですね」
「そうだな。……俺は、鈴音が喜んでくれて良かった。頑張って来たかいがあったな。また、次の年も来よう。……その時は
「……はい!是非みんなで一緒にこの木を見に来たいです」
美しい景色と美味しい料理を堪能した。
すぐ帰るのは勿体ないので休憩も兼ねて少しゆっくりすることにした。
「……ほんと綺麗ですね!」
木に凭れかかっている山吹へと振り返り、笑いかけた。山吹も笑ってこちらを見ている。
静かな空間。穏やかで平和的な景色。
だから山吹も油断していたのかもしれない。
「鈴音っ!
緊迫した山吹の声が聞こえたが、時既に遅し。
後ろを振り返ったが、目の前には鋭い牙のある口しか見えなかった。
皮膚に食い込む牙。
恐怖に身体が凍ばり、衝撃に備え目をぎゅっと瞑る。
--瞬間、獣が
「わっ!なにこれ、ぬめぬめする…………っ!え、なにこれ?え?血……?」
「………………は?」
山吹が此方へ手を伸ばした格好で固まっている。
先程までの平和的な景色が、一瞬で辺り一面血だらけの事件現場のようになってしまった。
鈴音も含め、全てが赤い。
何が起こったのかまるで分からない。
「鈴音、どこも怪我はないのか!?痛いところはないか?」
「全く、ないです。……強いていえば血だらけで気持ち悪いです」
「…………なるほど。これは多分
結局もう少しゆっくりするはずが急遽帰宅。
急いで血を洗い流したがしばらく匂いの取れなかった鈴音は、更に三日家を出ることが出来なかった。
これ、威力強すぎます!!!
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