夫婦ではなかったようです
晩御飯をご馳走すると嬉しいお誘いをいただいのだが、山吹が丁重にお断りした。
--曰く、普段は神様である山吹を襲うことの無い魔獣が、夜遅くになると襲ってくるのだそう。
さすがに一人だけであれば撃退出来る山吹も、鈴音を抱えて且つ荷物を持っているわけで。
そんな状況での魔獣との遭遇は避けたいから、早く帰りたいとの事だ。
泊まればいいと思うかもしれないが、あちらもまだまだ新婚だ。
……あの二人のラ甘い甘い雰囲気のところへお邪魔するのは、こちらがいたたまれなかった。
「本日は本当にありがとうございました。こんな、素敵な物を造っていただいて……とても嬉しいです」
相変わらず山吹の腕に抱えられている鈴音の髪には、
--ちなみに、来店時と違い今は靴をちゃんと履いているのだが『安静に』と皆に言われた結果。やはり山吹に抱えられる事となったのだ。
「こんな短時間で造ったのは初めてだが、かなりの自信作だぞ。それに、たっ…………ぷりと加護を付けておいたので剣で切られても鈴音には傷一つも付くまい。あらゆる攻撃を全て弾き返す威力だから、山吹も安心だろう?」
胸を張って自信満々にその髪飾りに付けた加護について説明する
だが、些か威力が強すぎると思う。
そう思ったのは鈴音だけではないようで、他の二人も驚愕した表情を浮かべている。
「……?何をそんなに驚いておるのだ。あの山には魔獣がうろついておるだろう?それくらい加護を付けておけば、何があっても鈴音は無傷で済むのだぞ。妾は友人を傷付けたくないからのう」
確かに、あの山には魔獣がウロウロしている。
「いや、だとしてもそれは明らかに加護が強すぎるでしょ。…………しろ、初めての友人で気持ちが舞い上がるのは解るけどさ、流石にやりすぎだと思うよ?……あ、力加減間違えたんでしょ」
「う、うるさい!」
頬を赤くしている。どうやら図星のようだ。
なんでも、友人の為に造るという事に浮かれ過ぎて
「……確かに強過ぎる加護だがあるに越したことはない、か。助かった、
「ああ。鈴音、しっかり体調整えてまた遊びに来るのだぞ。その時は美味しい甘味でも共に食べよう」
「……はい!その約束が早めに実現出来るように頑張りますね!」
産まれて初めて交わした約束は、体調がまだ万全ではなく、つい最近まで死ぬ覚悟をして生きてきた鈴音に明るい未来への希望を与えてくれた。
「……程々で良いのだ。体調は頑張って整えるものでは無い。ゆっくりで構わぬ。鈴音が来るのを楽しみにしておるぞ!そのうち妾も、貴継から許可が下りたら遊びに行かせてもらうぞ」
「ああ、
「はい。
店の外まで見送りに出てきてくれた二人に手を振り、別れをつげる。
またいつでも会えるのだが、それでも寂しいものだ。
街灯のない山道は、昼間通った時よりも鬱蒼としていて不気味さが増していた。
遠くで獣か、魔獣かは解らないが遠吠えしているのも聞こえてくる程だ。
突然山吹が歩みを止める。
「あー……鈴音、魔獣が何体かこちらに気付いて追ってきている。急ぐから少し揺れるぞ。決して落とすようなことはしないが、しっかりと掴まっててくれ」
どうやら懸念していた通り魔獣が襲いかかろうと、狙っているようだ。
「……っは、はい!」
両腕でしっかりと山吹の首へ縋りつく。
……途端、物凄い速度で山道を駆け上がっていく。
人一人と荷物を持っているとは思えない動きだ。
凄い速さで駆け上がっているが全く揺れを感じない。相当気を付けているのだろう。
頬や髪に当たる風の勢いはあるので本来なら強く揺れているはず。
体調の思わしくない鈴音の為になるべく揺れを軽減しながら走るという離れ業は『流石神様だ』としか言い様がない。
「……ち、しつこいな」
どうやらまだ追いかけてきているらしい。
「私、邪魔ですか?」
「そんなわけないだろう。あと少しで俺の領域に入る。……しかも山神の住居だぞ。当然結界を貼ってあるから魔獣は入れない。そこまで行けば闘わずとも大丈夫だ」
闘う事になったら、荷物と鈴音で両手が塞がっている山吹は不利になる。
闘いを回避出来るに越したことはない。
速度を緩めることなく山道を駆け上がり、無事追いつかれることなく住居へ着くことが出来た。
「ほら、もう着いたぞ」
木々に囲まれた家。入口の脇には夜なのに輝く不思議な花が咲いていた。
昼間は普通の花に見えたが、違ったようだ。とても不思議だが、見ていてとても癒される。
花を見ていた鈴音は家の入口の前で、突如降ろされる。
山吹はそのまま、鈴音を置いて先に家の中へ入り、数歩進んだところでこちらへ振り向いた。
どうやら待っているようだ。
なら、何故入口の前で降ろしたのだろうか。
山吹の行動の意味が解らないまま、彼の元へ歩き出す。
一歩また一歩と進んでいき、入口を超え
「……おかえり、鈴音」
笑顔で、出迎えてくれた。
「…………!……はい、ただいま……帰りましたっ」
「あー、ほら。泣くな泣くな」
「……っは、い」
泣いてしまった鈴音を抱きしめた山吹は、落ち着けとでも言うように背を優しく叩く。
『ただいま』、『おかえり』
この会話すら家族と交わしてこなかった鈴音は、改めて山吹が自分の事を家族として存在を認めているのだと実感した瞬間だった。
ひとしきり泣いた鈴音の目の縁が少し赤くなっている。
だがこれまでよりも心は軽く、少しでも気を抜くと口元が緩んでしまいそうになるのだ。
「山吹さんも……おかえり、なさい」
「ただいま、鈴音。………………っあー。いいな、これ。うん、すごく幸せだ」
どうやら山吹も鈴音と同じようで。
だが彼は口元が緩むのを全く抑えきれていない。
ぐぎゅあ
春の日差しのような柔らかな空間が、山吹の腹の音で掻き消される。
「……腹減ったな。鈴音、今からご飯を軽く作ってくるから待っててくれ」
「あの、山吹さん。私も……一緒にご飯、作りたいです」
「腹が空き過ぎてしまってな……今日はゆっくり教える余裕がないんだ。すまんが待っててくれ。明日は一緒に作ろう、な?」
確かに魔獣の鳴き声のよう音がしたので相当空腹なのだろう。
山吹は鈴音の頬を軽く撫で、奥へと消えていく。
--が、数分後には料理をもって出てきた。
余程空腹なのだろうが、いくらなんでも早すぎる。
「ほら、これなら食べやすいだろう」
といって出てきたのは暖かい野菜たっぷりのうどんだった。
食器は今日街で買った【鈴音の食器】を使ってくれている。
「「いただきます」」
山吹の作る料理はとても美味しいのだ。
まだ二回しか食べてないが、料理した事のない鈴音が同じように作れるようになるのは、遠い未来のことに思える。
でも、同じくらい山吹に料理をゆっくり教わるのも楽しみだ。
「……あー、あのな鈴音」
「はい、どうしました?」
食後の片付けをして、ゆっくりしていた時。
話すかどうか迷っているような、困惑した表情を浮かべた山吹に呼び掛けられる。
「怒らないで、聞いて欲しいんだが。………………実は、婚姻の儀を、交わしてないから……俺達は正式な夫婦では、無いんだ」
「……え?」
昼間、山吹は夫婦だからといって布団を買わなかったでは無いか。
「夫婦だから一緒の布団で良いだろうと仰って、私のお布団買ってませんよね?…………お布団、どうしましょう?」
「………………え、そこなのか?」
「他に、何かありましたっけ?」
山吹は何処か拍子抜けしたような、呆然とした顔をしている。
そんな顔をされる発言をした覚えはない。
「……いや、布団は一応来客用のがあるから、しばらくはそれを使ってくれ。今度一緒に鈴音のを買いに行こう。ちゃんと二人分あった方がいいしな。…………言い訳にしか聞こえんかもしれないが、今日買おうと思ったんだぞ」
思ったより荷物が多くなったから次にしようと思ってた。と、本人は言っているが真意は定かではない。
「……ちなみに、婚姻の儀って何をするんですか?」
ふと、布団よりもそちら方が気になり尋ねる。
「正しい婚姻の儀は、両家が揃った状態で杯に酒を注ぎ、血を一滴垂らす。そして、互いの血が入った杯を交換して呑むんだ……。これは神同士の婚姻の場合ではあるんだが、
色々考えてくれていたのだろう。
あの時、貴継にでも聞いたのかもしれない。
「……あの、
「少し指を切るのだぞ?……鈴音が痛いかと思って」
ただそれだけだったようだ。血を入れて杯を交わすのでもいいらしい。
「では、そうしましょう……?ね?」
「郷に入っては郷に従えって事か。……鈴音がいいのであれば、色々準備出来次第やるか。……儀で使う指輪とかまだないし、な。今度
「はい!
「鈴音は……それで、いいのか?」
ふと真剣な表情で呟いた山吹。
なにやら気になる事があるようだ。
「なにがですか?」
「いや……いいなら、いいんだ」
すっと視線を逸らされ、誤魔化される。
伏せられてしまった瞳からは様子を窺い知ることは出来ない。
彼はなし崩し的に夫婦になっていいのか?と気にしているのだろう。
実は帰り際に
『妾が発破をかけたが、それでも山吹は気にしているのだろう。鈴音の本音を聞きたいと思うているはずだ。話してやってくれ』
と。
「……山吹さん。捨てられた私は、拾われた貴方に恩を感じています。確かに、夫婦として異性として好きかと問われれば解りません。……としか今は答えられません。ですが。……私は、幸せになるなら、いつも私の幸せを一番に考えてくれる貴方の傍がいいと、そう、確かに思ってます。…………この答えでは、ダメですか?」
「…………ふ、俺の悩みはお見通しか。そうだな、うん。今は、それでいい」
「……はい。私もちゃんとこれからの事考えますから、山吹さんも悩みとかは直ぐに言って欲しいです。……私では頼りないかもしれないですがそれでも頼って欲しいです」
そうだなと山吹はここ数日見た中で、一番幸せそうに笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます