準備をしましょう 3
「落ち着いたか?」
「はい」
今まで話してなかった事を山吹に話してだいぶ心がすっきりしている。
ずっと、黙っているのは心苦しかったのだ。
でも彼は『鈴音がいい』と。
『鈴音が欲しいんだ』と。そう言ってくれた。
もっと魅力的な女性がいても、たとえ鈴音に瓜二つの女性がいようとも、それは変わらないと。
鈴音だけを求めてくれた、初めての人。
まさか泉に落ちていた鈴音に一目惚れしたとは思っていなかったが。
「……目が赤いが、大丈夫か?
「大丈夫って解ったので……。あと、衣装もちゃんと今日決めたいです」
「そうか。では、少しここで待っててくれ、呼んでくる」
一人になった応接室の空間は、広々としており
少しだけ寂しい。
気を紛らわそうと、すっかり冷えてしまったはーぶてぃーをいただく。
それは冷たいながらも、ふわりと口の中で広がる柑橘の香りは爽やかで、気分も少し向上した。
温かいともっと美味しかったのだろう。
温かいうちに飲めなかったのはとても残念だ。
「鈴音。呼んできたが生地とかの見本をいくつか持ってくるそうだ。もう少し待っていてくれ」
「……はい。あ、山吹さん。これとても美味しいんですよ!是非飲んでみてください」
「………………確かに美味いな。何処で売ってるんだ?帰りに買っていくか」
山吹もどうやら気に入ったようだ。
「すいません、お待たせしました」
そう言って現れた彼は右手に資料を抱え、更に左手にはお盆にハーブティーが乗っていた。
その安定感もさることながらかなり器用なのが伺い知れる。
「いえ、こちらこそ場所をお借りしてすみません」
「いやいや。さっきはこちらも大変失礼なことをしてしまって……本当にすみません。……もう、大丈夫そうですね」
「私には、双子の姉妹がいます。どちらが姉なのかはわかりません。私も会ったことがありませんが……名前は琴音といいます」
「外見が鈴音にそっくりなのだとしたら、十中八九そうだろう」
そっくりなので、むしろそれ以外はありえない。
「そうだったんですね……すみません。本当に」
「いえ、気にしないでください。山吹さんにも話すきっかけになったので……むしろ良かったと思ってます」
「そうだな。俺もちゃんと伝えられたから満足した」
「…………それなら、はい。解りました。では、本来の話をしましょうか」
「花嫁衣装と言っても、デザインや生地など様々なんです。お二人……特に鈴音様はどのような衣装がいいとかございますか?」
わかりやすいように、と様々な衣装の絵を目の前に拡げてくれた。
「まずは、和装。一般的な花嫁衣装になります。ただ、最近は裾だけに白い糸で刺繍を入れている方もいます。ただの糸ではなく、陽の光でキラキラと輝きます。より、華やかに目立つようにと作られたデザインになってます」
「……綺麗だな。俺はやっぱり鈴音には和装の方が似合うと思うぞ。綺麗で艶のある黒髪が映えるから、より美しく見える」
あの時は純白の衣装だった。
多分その時の事を言っているのだろう。
……最も、山吹は泉に浮いていた時しか見てないのだが。
「私は……あの時を思い出すので、真っ白は嫌です」
「それなら、刺繍を違う色にするか」
「ああ。それもありですよ。今はほんと色々と工夫して、自分だけの衣装を作る方もいますよ。……まあ、少ないですが」
やはり白は多いのだとか。
「それなら……白に近いような金ってありますか?キラキラしなくても、いいので」
「それなら、ありますよ。……確か、ここに、持ってきていた、はず。あ、あったあった。……この色なんですけど、どうですか?」
彼が腰に下げていた小さい鞄から取り出した糸を見せてくれた。
それは白に近い金色で。光にあたり少しだけ輝いている。
暖かみのある色味をしているその糸はとても美しい。
「あ……これ、すごく素敵。これが、いいです」
「でしょうね。ではこの色を使いましょう」
彼には何故この色を選んだのかお見通しのようだ。こちらを見るその瞳はからかっているように見える。
顔が暑い。多分真っ赤だろう。
隣の山吹はよく分かってないようだが……なんとも恥ずかしいものだ。
「……で、では!その糸で刺繍をしてください。刺繍は……お任せします!」
「え?刺繍は選ばなくていいんですか?花とか蔦とか色々ありますけど」
「ではこの髪飾りと同じように入れてもらえばいいだろう。指輪も同じデザインにしてもらったのだから。生地は肌触りの良い奴がいいな、うん」
「ではそれでお作りしますね。いつ頃までに完成とかございますか?」
「一月後に、指輪も受け取りに来るので同じ日に受け取れるようにしたいです」
「では、そのように父に伝えておきます」
衣装は滞りなく、決まった。
ただ、服を作るのに必要な大きさ等を測る時に一悶着あったが。
アラーニャには
つまり男性しかいないので、鈴音のサイズ測るのに誰が測るかで揉めに揉めた。
二人に任せるのはダメだと一番拒否したのが誰かは言わなくとも解るだろう。
だが、細かく測る必要がある為山吹には任せられないとの事。
結果。
店主のアランさんを呼び出した。
曰く、彼は奥さんにしか興味は無いため安心だと。
もちろん納得出来ない山吹はアランと二人で話し合った。
その間鈴音は郁麻と応接室でお留守番。
ハーブティーは彼が作っている事が発覚し、自宅で出来ないか相談したりと話が弾んだ。
「アランに任せよう!彼なら絶対安心だ」
と、しばらく郁麻と二人話していたら山吹が嬉嬉として戻ってきた。
何があったかは分からないが、二人にはなにか通ずるものがあったのだろう。
かなり意気投合していた。
「あらー、鈴音ちゃんは細いのねえ。でも肌も綺麗だし、作りがいがあるわね!なるほどなるほど!……何か肌保つ為にしてるの?」
「いえ、特には……してないですね」
「あら!ダメじゃない若いうちにやらないと!……これ、知り合いから貰って使ってなかったのがあるのよ〜。あたしの奥さん、肌に合わなくて困ってたの。あげるわ!あ、一応合うか確認しましょ」
鈴音の腕の内側に、一滴垂らした。
「…………?えっと、何を?」
「ああ、これね。あたしの奥さんがね、これをやると合うか合わないか分かるんだって。それで試したら真っ赤になっちゃったのよ。……これで少し時間を置いて、問題なければ是非使ってね」
引き続きあちこちを測る。
手を伸ばして。回って。
「うん。これくらいでいいわね〜。あ、腕はどう?赤くなってないかしら?」
「大丈夫、そうですね。あの……本当に頂いていいんですか?」
「いいのよ。あたしは使わないし……貰ってくれるととても助かるの」
「お言葉に甘えて大事に使いますね!」
「鈴音ちゃんいい子ね〜!可愛い!!!」
「むぎゅ」
……直ぐに離してくれた。
危うく、立派な
ちなみに衣装の値段だが予想よりも遥かに安かったようで、山吹が絶句していた。
なんでも、鈴音にかなりの迷惑をかけてしまったので安くしておいた。との事。
……お化粧品まで頂いてるのでむしろ下げすぎではないかと。
「では、一月後のご来店お待ちしております。あと、これをどうぞ」
渡された袋の中には先程応接室でいただいた、ハーブティーと、種が入っていた。
「え?いいんですか?ありがとうございます!頑張って育ててみますね……」
「次回、お店もお教えしますね。そのハーブは比較的簡単なので、是非育ててみてください」
次回種が売ってるお店も教えてくれるし、くれた種は全く分からない初心者にはやりやすいもの。
……いたれりつくせりだ。
「僕が言えた義理ではないですが……気をつけてくださいね。特に街中では。色々と面倒事が起きそうですので。もし、困ったことがあったら僕達のことも頼ってください。では、また一月後にお待ちしております」
「はい!」
なんとも頼もしい味方を手に入れた。
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