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「美鉾……」

 妹の目には、涙があふれていた。こんなに泣いている姿は、見たことがなかった。

「みんな……みんなキラキラしていて……武藤さんは大活躍しているし、刃菜子さんも強いし、兄様だって成績よくなってるし……。ふと気づいてしまって。四人でいても、私だけずっと手前にいて。それでもネタ将としては……と思ってたんです。でも、でも刃菜子さん、ネタ将としてもあっという間に私を追い抜いてしまって」

 福田さんが、目を細めた。そうか、彼女は何人も追い抜いてきたのだ。きっとそうして、仲間を置き去りにしてきたのだ。僕が、置き去りにされてきたように。

「美鉾ちゃん、そんな風に……」

「ネタ将の人たちもみんなすごくて……どんどん自分が小さいものに思えてきて……私には、何にもない……」

 いつも真っすぐ、まじめで何でもできる妹だと思っていた。情けない成績で、僕の方がもっとしっかりしないといけない、ずっとそう考えてきたのだ。

「美鉾ちゃん。何もなくなんかない。あなたには、私にないものがある」

 福田さんは、対局の時と同じ顔をしていた。集中が極まった時の表情だ。

「……刃菜子ちゃんにないもの?」

「私ね、ネタ将ってなんだか、すぐわかると思ってた。続けることなんてないって……でも、美鉾ちゃんのつぶやきを見て、いいなって。将棋ってこうやって楽しめるんだなって、そう思った」

「そんなこと……」

「でも、それだけじゃない。私には、お兄ちゃんはいないけど……お兄ちゃんみたいな人はいた」

「えっ」

「私の、将棋の目標だった人。でもある日突然将棋をやめて、将棋の話もしなくなった。だから、私からお兄ちゃんはいなくなったの。だから、お兄ちゃんのいる美鉾ちゃんが……一緒に将棋を楽しんでくれるお兄ちゃんのいる美鉾ちゃんが、うらやましい」

 美鉾の目が、僕の方に向く。僕は、できるだけ自然に、笑おうとした。笑えているかはわからない。

 だって、動揺しているから。福田さんがそんなこと思っていたなんて、知らなかったから。

「刃菜子ちゃん、私、兄様のいない自分が想像できないから……そんなこと、考えたこともなかったです」

「それでいいよ。ずっと、当たり前でいるのが一番。でも、何にもないなんて考えないで。美鉾ちゃんにはいろいろあるし、私には言うほどいろいろないの。将棋だって、やめてしまうときが来るかもしれない」

「そんな」

「前向きにね。まあ、天才だから、今はたまたま将棋なだけ」

 少し、美鉾に笑顔が戻った。涙はまだ、なくなってはいないけれど。

「美鉾、いろいろ気付いてやれなかった。何でもできる、自慢の妹だから……何でもできるって思ってた。でも、当然悩みとかあるよな。もっと早く、ちゃんと聞いてやればよかったって思う。でもやっぱり、美鉾ならできると思う。だからまた、ネタ将、楽しんでみようよ」

「……私……」

「いや、答えはいいよ。僕は待ってる。でも、決めるのは美鉾だ」

「私も待ってるよ。でも早くしないと私、1000リツイートぐらい行っちゃうかもよ?」

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