4-3
8連勝。なんと甘美な響きだろうか。
三段リーグ、勝ちに勝って、無傷の8勝0敗。ようやく昇段候補にあがるとともに、「遅刻してきたルーキー」という変なあだ名までつけられている。
明らかに、何かが変わったのだ。それは休学でもあったけれど、ネタ将の影響が大きい、とも思っている。将棋を心から楽しもうとする活動に触れて、自分自身が将棋に向き合う気持ちを問われた気がする。
もちろん、このまま楽に逃げ切れるほど甘くないことはわかっている。でも、素直に今は「ありがとう、ネタ将」と思えるのだ。
その一方で、相変わらず美鉾は部屋にこもって、つぶやきも極端に少ないままだ。たまに様子は聞くのだけれど、「基礎から鍛えているところです」と答えるばかりだった。
そんなある日。
「久しぶりね!」
インターホンが鳴って玄関に出てみると、福田さんが立っていた。
「どうしたのですか」
「もちろんあんたに会いに来たんじゃないから。美鉾ちゃんに用事があってきたのよ」
「えっ」
「もうね、じれったくて!」
ずんずんと家の中に入っていく福田さん。僕も後をついていく。
「美鉾ちゃん、入るからね!」
「は、刃菜子さん?」
美鉾は、テーブルの前で本を読んでいた。いつも通りの光景だ。その前に、仁王立ちになる女流棋士。
「毎日、そうしてたわけね」
「……だって……まだまだ勉強不足ですから」
美鉾の視線が、本よりも内側へと下がる。
「いっぱい見てきた。『勉強してからまた来ます』『勝てるようになったら道場に』って人。誰一人、将棋を続けてない」
「……」
「今! 今楽しめない人が、どうやってずっと楽しむの? そんな顔して本読んで、資格試験? 私が、武藤さんが、みんなが将棋を指す。それを観て、楽しむ。ネタにするのは、その後じゃないの」
「でも……私……私まだ……」
「美鉾、聞いてくれ」
僕は、腰を下ろした。
「兄さん、ずっと後ろめたかったんだ。僕だけ将棋続けて、父さんにも喜ばれて。たまたま、ちょっと向いてただけだと思うんだ。プロになれなくて、後輩に追い抜かれたり、馬鹿にされたり。将棋が楽しくない時もあった」
「……」
「でも、美鉾がネタ将を目指す姿を見ていて、将棋の楽しさを思い出させ……知らせてくれたんだ。だから今、将棋と向き合えてる。今度は僕が楽しませられる存在になれたらって、思ってる」
「兄様……ありがとうございます。でも、だからこそ……だからこそなんです!」
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