3-6
武藤さんの知識は果てしなかった。将棋とネタの関係から、リツイートされやすい時間帯、曜日、さらには天候との関係まで。この人が本気を出したら、300万リツイートを越えるのではないだろうか。
「とはいえ、やっぱり自分が楽しまないとね」
「武藤さん……将棋が強いだけじゃなかったのね」
福田さんは素直に感心していた。ちなみに、同期だからお互いタメ口でいいらしい。
「ありがとう。ちなみにこの後実戦といきたいところだけど……兄様」
「え、はい」
「俺と君は、別の研究だ」
「えーと……」
「そんなわけで、あとは二人でね~」
「わかったわ」
「了承しました」
二人とも少し寂しそうな顔をしていた。武藤さんのことが好きなんだろうな。
僕と武藤さんは、リビングへ。武藤さんはテーブルの上に、タブレットを置いた。
「いいお兄様の時間は、もう終わりだ。君がしなきゃいけないことは、こっちだろう」
将棋対局用のアプリが開かれた。
「はい」
「今、成績五分だったよな」
そうなのだ。今期の三段リーグ、現時点で五勝五敗。
「はい」
「なんとしても勝ち越せ。高校も休んで、それでも勝ち越せないなら……才能がないのかもしれない」
「……はい」
「そうだな、俺に三局勝つまではやめない、そういうルールにしよう。それと……」
「?」
「美鉾ちゃんが100リツイートされるまでにプロになれ。それが兄の威厳ってもんでしょ」
「はい」
何時間たっただろうか。二勝したことはわかっている。ただ、何敗したのかわからない。ちょっと前まで同じ三段だったのに、僕と武藤さんの間には大きな力の差があった。
それでも。
「負けました。うん、予想よりは早かったかな」
部屋の中が暗くなっていた。いつの間にか、夜になっていたのだ。
「おなかすきましたね。何か食べに行きましょうか」
「そうだね。二人を呼んできなよ」
立ち上がり、二人のいる部屋へ。僕の姿を見るなり、福田さんがにやりと笑った。
「長かったわね。見なさい!」
僕に向かって、スマホを見せつけてくる。
〈みんな英語 #将棋ラスベガス杯でありそうなこと〉
「ん、んん?」
「見事リツイートされたわ! これで私も、ネタ将の道をしっかりと歩み始めたってわけよ!」
「おめでとうございます」
「でも、やっぱりまだまだね。美鉾にはかなわないわ」
「そんなことないです。私の方がフォロワーが多かったからで」
見てみると、同じタグで美鉾の投稿は5リツイートされていた。二人の間にはまだ、二枚落ちぐらいの実力差がある気がする。ただ、ネタ将として楽しむ気持ちは、今日で並んだのかもしれない、そんな気がした。
「ネタ将が楽しいってことはわかった。でも、あんたはとにかく、早くプロになるのよ。できればテレビ棋戦とかで、私にボコボコにされる日が来るのが最善ね」
「兄様、頼もしいライバルがいてよかったですね」
「そ、そうだね」
満面の笑みというわけにはいかなかった。そうなのだ、武藤さんも福田さんも、プロになるという目標をしっかりと果たしているのだ。
僕も、プロになる。絶対に、美鉾の100リツイートよりも早く。
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