#3 将棋ラスベガス杯でありそうなこと

3-1

「大盤操作は、加島まもる三段と……」

 ついに始まってしまった。

 広い広い会場に、多くの座席。日本一の規模を誇る子ども将棋大会の関東大会。その大盤の駒を動かすのが、今日の仕事である。小学生はとにかく指し手が早くて、遅れないように大きな駒を動かすのは大変だ。時には解説に合わせて変化図も作らなければならない。

 そしてなぜか、僕の向かいには少女がいる。

「……福田刃菜子はなこ女流一級です」

 大盤操作は奨励会員二人でやるのが通例である。しかし今回、本人たっての希望ということで、注目の最年少女流棋士が務めることになった。いやでも、上の方に手が届かない気がするんだが……

「久しぶり、加島君」

「は、はい。お久しぶりです」

 年齢は僕の方が上だが、プロになった瞬間「敬語は?」と言い出した。確かに僕はまだプロではない。

「わかっていると思うけど、私が届かないところはあんたが動かすのよ」

「はい」

「それにしても懐かしいわね。ここで……負けたのよね」

 福田さんの目が怖い。

 今から五年前、僕はこの大会で結構いいところまで行った。当時は誰が強いとか知らずに、ただがむしゃらに将棋を指していた。だから、優勝候補筆頭だった相手に予選で勝っていたことも、全く気付いていなかったのである。

 その相手は、福田さんに将棋を教えた人であり、大事な人であり、そして、僕に負けたショックで将棋をやめてしまったというのだ。

 そんなわけで彼女は、僕のことを目の敵にしている。顔を合わせるたびに嫌味を言われる。噂では、早くプロになって男性棋士(というか僕)と対戦するため、あえて奨励会には進まなかったということだ。実際、女流棋士としてデビューしてからは勝ちまくっており、成績優秀者として男性棋士との対局が組まれる日も近いだろう。

 ただ……

「なんであんたの方がプロになってないのよ」

「いやあ、そう言われても……」

「せめて三段代表で新人戦は出なさいよ、情けない」

「いやあ……」

 そう、残念ながら僕の方が棋戦に出られないので、彼女と対局することはできない。練習将棋なら、と誘ったこともあったのだが、「公式戦以外意味ない!」と拒絶された。

 と、僕の前では敵意むき出しの福田さんだが、公の場ではかなりいい子を演じている。

「ところで福田さんは、最年少女流棋士なのにタイトル戦までもう少しなんですよね。意気込みとかあります?」

「えぇー、意気込みですかぁ? 勝負は時の運と言いますので、運が良ければ挑戦できるかもしれませんけど、今は頑張るだけですぅ」

 腹立つ。

 しかし世間は美少女に甘い。おじさんたちを中心とした盛大な拍手が鳴り響く。

「それでは、準備ができたようですね。対局を始めてもらいましょう」

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