2-5
「兄様、大変です!」
美鉾が部屋に駆け込んできた。えらく慌てている様子だ。
「なんだ、どうした」
僕は、棋譜を並べているところだった。駒を動かす手を止める。
「みんなが、サッカー観てます!」
「は?」
「将棋ファンの人たちが、サッカー観ながら将棋の話をしているんです」
意味が分からない。いや、将棋ファンにはサッカー好きな人も多く、コラボイベントまでやっている。だから、サッカーを観ているところまではそんなに変な話じゃない。
「どういう状況なんだ」
「将棋囲碁チャンネルです」
ますます話が見えてこないけれど、言われるがままに僕はパソコンに向かった。「将棋囲碁チャンネル」というのはインターネットテレビの放送するもので、常に将棋か囲碁の番組を流している。注目の対局では生放送をしていることもあり、ファンの間では話題になることも多い。
「あれ」
つけてみると、緑の芝が目に入ってきた。確かにそこではサッカー中継が行われていた。しかも、イタリア代表対アイスランド代表。将棋にも囲碁にも全く関係ない。
「どうなってるんだ」
「スポーツチャンネルの方で将棋をやっているみたいなんです」
「逆になっちゃってるのか。珍しいミスだね」
SNSを確認すると、この状況を楽しんで、「将棋のつもりで」サッカー番組を観続けている人たちがたくさんいる様子だった。
「なんか変な盛り上がり方だなあ」
〈今日の盤はとても広い〉〈アイスランド七段、守勢の中にも光る手がたまにある〉〈さすがイタリア九段、大駒が躍動している〉
「私、私、困ってます」
「何が」
「サッカーが全然わからないんです」
「そういえばワールドカップとかも興味なさそうだったな」
「いつかは勉強しようと思ってたんですけど……あっ」
モニターに目を移すと、サッカーの試合はもうやっておらず、いつもの茶色い大盤と、解説するプロ棋士の姿があった。画面上には「番組が間違って放映されておりました。大変申し訳ありませんでした」という謝罪のテロップが。
祭りは終わった……かに思えた。しかし、ネタ将たちのノリはこんなことでは途絶えない。
〈急にサッカーになったぞどうなってんだ〉〈フィールドに20ずつ選手いるぞ反則だろ〉〈手を使いまくってるハンドだろ〉
別の流れもあった。番組が間違いだったことを認めつつ、それをネタにしようとする穏健派だ。〈これを機会にサッカーに興味持ちました〉〈サッカーも将棋もあまり変わらないんですね〉〈イタリア代表もかっこいいですね〉
そんな中、一枚の写真に、こんなタグが添えられていたのだ。
#サッカーイタリア代表の写真をアップすると似た構図の棋士の写真が送られてくる
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