1-6
「なるほどなー」
美鉾の言ったとおり、〈 # 棋士のしていそうな副業 〉はいくつかの投稿が続いた。そもそも事の発端は、とあるプロ棋士が店を開いたという話だった。そこから本当にしていそうなものから、「スナイパー」や「神様」という在り得ないもの、なんだかよくわからないものまでいろいろとあげられている。
目の前で腕組みをして考えているので、まだ美鉾は投稿していないようだ。真剣に悩む様子は、プロ棋士にも劣らない。
「思いつかないです……」
「頑張れ。何でもいいじゃないか。大喜利に禁止された答えはないと思うぞ」
「そうは言ってもですね……」
まあ、わかる。僕も何か思いついたかと言われれば、何にも思いつかない。
こう、掲示板に次々書き込まれるように投稿されるのかと思ったが、そうでもない。今回は弱めのお題だったということだろうか。
「よし」
美鉾は両ひざを叩いて、スマホに文字を打ち込み始めた。何度も指で、確認をする。
「お兄様、私、ついに、踏み出します!」
「おお」
何度か宙をさまよった後、ついに美鉾の指が、送信ボタンを押した。
「はあっ、はあっ、苦しい……」
「よくやったぞ。世の中のほとんどの人間が踏み出さなかった一歩を、今、しっかりと踏み出したんだ!」
「……私……ついにネタ将に……」
月面に初めて着陸したときも、こんな感じだったのだろうか。ネタ将の価値はいまだにわからないけれど、不思議と爽やかに感動している。
「よかったな」
「はい……でも、反応がありません」
「まあ、そんなすぐにはないだろう」
「本当に面白いと、投稿される前にリツイートされているという噂すらあるんです」
「いやそれはきっと都市伝説!」
とはいえ、やはり気になるところだろう。タイムラインを見ると、リツイートやハートマークが5つぐらいになっているものはある。で、美鉾はどれなのだろう。
「お兄様、やっぱり私、やめておけばよかったのかも……不安でたまりません……」
「大丈夫だ、最初から段位者な人はいない。まずは反応一つを目指そう」
「はい」
先ほど投稿されて、反応がないもの。……ええと、これ……なのか?
緊張した時間が続く。が、そもそも反応というのは黙って待っているようなものなのだろうか。
「美鉾、何かしながら待たないか。あれだろう、反応あったらスマホ鳴るようにできるだろ」
「お兄様、もし……もし四段昇段の一番、トイレに立っている間に相手が投了したらどう思いますか」
「え」
「やはり、目の前で相手に頭を下げてほしくないですか」
「いやまあ、うん。わかった」
沈黙が続く。重い。タイトル戦のように重い。いっそ、僕がハートを付けてしまえばいいのではないか。でも、それはきっと、妹を傷つけるだろう。
どれぐらい時間がたっただろうか。順位戦が動き始めて、タグの勢いも弱まっている。
「……ッ!」
声にならない声が、吐き出された。美鉾は、スマホの画面を食い入るように見ている。
「ハートが……お兄様、ハートが付きました!」
「やったな!」
「ちゃんと、見られていました。よかった、本当に良かった……」
妹が泣いている。僕も、泣きそうだ。そう、確かに今日、美鉾はネタ将の頂点へと昇る第一歩を、踏み出したのである。
とはいえ美鉾、「左大臣」という解答は、僕にはちっとも意味が分からないよ。
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