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「私、気付いたのですが」
部屋に入ってくるなり、美鉾の低い声が。
「えっ、なにどうした」
「お兄様、ずっと家にいますよね?」
「まあ、そうだね」
平日の午後。学校から帰ってきた美鉾は、僕が出かけてパソコンが使えるのを心待ちにしている様子だ。だが残念、僕はずっとパソコンを使って研究している。
「明日運動会の振り替えで学校休みなんですが……お兄様、ご予定は」
「うーん、いつも通りかな」
がくっ、と音が聞こえそうなほど美鉾の肩が落ちた。
僕は学校に行っていない。正確に言うと、休学中である。
中学三年の冬、僕は三段になった。三段リーグは春からのため、中学生棋士の権利はなかった。ただ、かなり早い昇段ペースであり、周囲が期待していることもひしひしと感じていた。
そして。僕は四期連続負け越した。二期目には降級点まで取ってしまい、人々の期待感はすっかりなくなってしまった。
正直、勝ち越すぐらい楽だろうと思っていた。二段までは足踏みすることはあっても、負けが先行することなど全くなかったのだ。でも、三段リーグは違った。あそこの人たちはやばい。
五期目に入るにあたって、僕は決断した。すべてを将棋にかける。学校を休み、できるだけ将棋の勉強をする。
「お兄様、早くプロになって家を出ていきませんか? そして給料が出たら私にパソコンを買ってください」
なんという都合のいい話だ。僕の妹は実はすごいあくどい人間なんじゃないだろうか。
「プロになりたいのはやまやまだけど、家を出ていくかはわからないなあ」
「ああ、何という試練でしょう。私だって早くネタ将として一人前になりたいのに」
「いや、パソコンなくてもできることあるだろ。そもそもネタって、文字で書くんだろ」
美鉾は右手の人差し指をびし、と僕の顔に伸ばした。
「わかってないです! ネタ将はキャパシティとスピードが大事なんです。スマホで棋譜を確認しながら、ネット中継を同時に二つ開いて、テレビに棋士が出ないかもチェック、常にキャプチャを連続でできる状態にし、即座に編集してアップするという技術と根気がいるんです。そしてこれは、パソコンなくして成立しません!」
「もう、自分で買えよ……」
「そうですね……ネタ将になるためには、まずは機材をそろえなければなりませんね。あと、体力もいります」
「体力?」
「これはネタ将だけではありませんよ。将棋は信頼と体力、ネットではみんな言ってます」
僕の知らない世界の話だ。
ただ、美鉾のことを見守るためにも、僕もネタ将のことをもっと知っておいた方がいいのかもしれない。なんだかんだ言って、かわいい妹なのである。
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