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 妹はこれまで、とてもいい子だった。僕とは違って、多くの習い事を真面目にして、言葉遣いも丁寧で、学校の成績もいい。将棋をすぐにやめてしまったことは残念だったけれど、無理にさせるものではない、と家族のだれもが納得していたはずだ。

 そんな妹が、ネタ将になりたいと言い出した。

「あの、そもそもなんなんだ、ネタ将って?」

「お兄様、知らないんですか?」

「最近色々あるよね、観る将とか撮る将とか。それは聞いたことあるんだけど……」

「知的な、営み」

 美鉾は、天井を見上げた。つられて見上げたが、そこにはもちろん天井しかない。

「知的な?」

「将棋に関する面白いことを、ファンで言い合うんです。大喜利、に近いでしょうか」

「ああ、日曜日にやってるね」

「あれを、世界中の大勢の人が、一緒になってやってるんです」

「そ、そう」

「お兄様も、将棋の世界の奥深さは実感しているでしょう? そこからさまざまな言葉が、春の風のように紡ぎ出されていくさまに、すっかり魅了されてしまったんです」

 とても中学生とは思えない語彙力である。何を言っているかさっぱりわからない。

「で、美鉾はその大喜利大会に参加したいんだな」

「ええ、そうなんです。もちろん、すぐに無理だということはわかりました。将棋の棋士、対局、歴史、様々なことを知っていなければなりません。また、将棋以外の知識もよく使われるんです。特にフィギュアスケートなどが」

「な、なぜ……」

「あと、ゲームもです。私も立派なネタ将になるために、アイドルを育成するリズムゲームを始めました」

 終始意味が分からない。将棋界に属しいる僕にわからないのだから、他の人はもっとわからないだろう。

「といえだね、勝手にパソコンを使うのは良くないな」

「……ごめんなさい。気付いたら体が勝手に」

「とにかく、ダメなことはダメだぞ。ただまあ、僕がいない時なら自由に使っていいよ」

「本当ですか! 生まれて初めてお兄様に感謝感激しています!」

 今までどう思われていたのだろうか。どんどん妹のことが心配になってくる。

「ただまあ、ちゃんとフォルダは分けて。あと、変なソフトとかは入れないでね。必要なものがあったら相談して」

「お兄様、私……すごくうれしいです。あの……本当は、将棋のことが嫌いだったんです。でも、お兄様の成績とか調べているうちに、いろいろと興味が出てきて。だから、お兄様は私の恩人なんだと思います」

「そ、そうか。照れるな」

「お兄様……厳しい将棋界の中で、絶対に活躍してくださいね!」

「おう。頑張るよ」

「私も……私も、ネタ将のてっぺんを目指します!」

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