第5話 酒場と裏道


 配達で小銭が入ったというので、

古物屋の軒を連ねる小路をリーアは物色していた。

古着、中古武具やその断ち割った切れっぱし。

小道具、よく解らない雑貨だの、実に何でもござれの風情だ。

元々の七つ道具もこの調子であれば新しく揃えられるだろう。

彼女の称する所の七つ道具と言えば鍛冶道具に丈夫なロープ、

ナイフに砥石に楽器の類。無論、その他色々。

要するに持ち運びが出来る役立つ品物は大体何でも当てはまる。

少女とて生まれついての放浪者にして、何でもありの流れ者。

半端仕事の心得が無くては生きてゆけない。

そうすれば単なる無駄飯食いという境涯から漸く脱出できる。

懐に余裕はなくともそれはそれ。先行投資というやつだ。

使える手段は多ければ多い程良いのである。


 一枚のズボンを取り、仕立て縫い目を矯めつ眇めつ検める。

んー、だの。うー、だの唸り声。吊るしを取っ替え引っ替え目利きをしているが、

それは別にリーアに限った事ではない。

所狭しと物が溢れた店内にはブーツだの外套だのを物色する輩がちらほらと見える。

小道具を一揃え巻き付けた帯を見つけるとズボンと纏め、暇そうな店主に声をかけた。


「これ頂戴な」

「あいよ、銀三枚ね」

「うわ高っ!?何よそれ。三日はいいご飯が食べられるじゃない」

「相場だよ相場。最近じゃ、鉄も銅も物が無い。

完品とくりゃ、三枚だって安いさぁね」

「もうちょっと何とか。他のも幾らか一緒したげるから」

「鋳掛け、修繕小間仕事の道具って割かし売れるからねぇ。

鍋釜ほどじゃないにせよ」


 眠そうな目をしながら手近な小鍋を取ると、店主は日にかざす。


「ちぇっ、穴空きか」

「安くしてくれたら直したげる事もできるんだけどなー」

「けっ、これだから冒険者なんて名乗る若造は。平然とモグリなんぞしやがる。

街の掟を知らんのか。……ま、出来次第。ギルドの連中には言うなよ」

「はいはい、商談成立ね。シロメの切れっぱしは経費って事で。

あんまり分厚いのは無理だけど、薄物は出来るだけやってみる」

「おい、別にそこまでやれとは」

「大丈夫大丈夫。銀貨三枚分以上はやらない──」

 

 金屑を突っ込んだ箱を引っ掻き回しつつ、針金だの、裁縫道具だの、ナイフだの、

更に何やらよく解らないガラクタやらもついでとばかりにリーアは摘まみ出す。


「ついでにこの売れ残りも、ね」

「強引なお嬢ちゃんだな。足りなきゃ店番だからな」

「ありがと。お言葉に甘えさせてもらいます」


 答えるか早いか、リーアは早速作業に取りかかるった。

坩堝にやっとこ、ハンマーと頑丈なハサミ。

それから茶色い革のエプロンを引っ掻ける。


「それじゃ、ちょっと台所と炉を借りるから」


/


 その日、ウォル=ピットベッカーは帰ってこなかった。

リーアはと言えば所在なげに一人掛けている。率直に言って迷子の態であった。

聞けば宿帳そのものには未だ名前があるらしい。荷物もそのままである。

逐電した訳ではないらしかったが、何処に行ってしまったか一言もない。

根拠を挙げては自分を説得していたリーアにエメス=ホワイトホースも請け負った。

先の言葉の通り、実に自分勝手な男である。娯楽の一つも無ければ知人もいない。

無為な退屈はまだしも待たされる不安は心地良いものではない。


「伝言の一つも無いなんて。忘れてるんじゃないの」


 差し出されたジョッキを前にぼやく。

相半ばする退屈と不満に暇の三人組に機嫌が悪くなる事この上ない。

自分が軽視されているのが何よりも重大事なのであった。

カウンター越しにそれみた事かと女主人が肩をすくめている。


「言ったでしょ?よくある事なのよ。それとお金ね。ビールの」

「酷い。押し売りされた。お金もうあんまり無いのに」

「どっちみちこれから食べるんでしょ?要らないなら下げるけど」

「そりゃそうだけどさー……選ばせてもらえないの?ワインとか。ミードとか」

「生憎だけどウチにはビールしかないのよ。

他のが善いなら働いて買ってきなさいな。後は適当にね。決まったら声かけて」


 しょうがなし。薄くなった財布を探って銅貨を数枚差し出した。

お返しに、ハイおまけね。余り物だけど、とツマミの皿まで一緒に突き出してくる。

乗っているチーズの切れ端を木匙でつつきながら、リーアはジョッキに口をつけた。

呑み下した感情はハーブの香りがした。


「黙って溜め込んでもいい事ないわよ。人の世はアイツ一人という訳でなし。

もう一寸視野を広くしなさい。ほら」


 促され、周囲を見回す。確かに考えた所で埒が明かないのも確かだ。

しかし、見事に誰も彼もが少女と同様の小娘小僧ばかりであった。

ある予想に思い当ってリーアは口を開く。


「まさかロリコンのケでも」

「皆、年食う前にいなくなるのよ」


 理由は尋ねなかった。早々にその列へ加わらない事を祈るばかりである。

さて様子を伺って見ようかしらむ、何と話しかけようか。天気の話、いやしかし。

二の足を踏んでいると男──年恰好からすれば少年──が、近寄って来る。

武装は解いての軽装であった。敵意は無い、と腕を開いている。


「ご同宿?」

「ああ。──お前が例の?」

「その例、ってのが何だか解らないけど。新入りよ、宜しく」

「始めまして。ウォルさんが連れて来たって聞いたんだよ。

いやさ、結構話題だったんだぜ。またかよ、っさ」

「悪かったわね。それで、アンタは?」

「ベルカント。ここを後ろにくっつけてベルカント=ホワイトホース。

皆、ヒマしてんだよ。色恋沙汰に喧嘩は宿じゃご法度と来る。

仕事が無い時はグダを巻いてるのさ」


 まるで修道院だ。場末の宿屋と来れば女と酒に喧嘩沙汰は名物だろうに。

与り知らぬ所での決まり事にリーアが眉を顰めた。


「誰が決めたのよ、それ」

「ウォルのオッサン。上手く行ってんだから文句言えんし、

エメスさんも黙認してる」

「うわぁ……よく平気ね。それで話が逸れたけど。何か用?」

「人手の話」

「ひょっとして仕事の口?」

「そそ。どうせ、冒険者としての仕事の取り方しらないんだろ?

あのオッサンもそういう所適当なんだよな」


 図星であった。

ウォルに聞けばいいやとタカをくくって盛大に読みはずした格好だ。

第一、街場の冒険者稼業なんて何が何だか見当もつかない。

人夫か小間仕事の口入れでも無いだろうか、ぐらいの想像が関の山である。


「同宿のよしみだ、兄妹。仲良くやろうじゃないの」


 言って、ベートは握手を求める。握り返しながらも、少女は釈然としなかった。

渡りに船の申し出だ。断る理由などどこにも無い。

だが記憶に有る限り、流れの冒険者というものは偏狭と相場が決まっている。


「兄妹って。妹になった覚えはないけど。

えらく親切なのもウォルが決めたルールだったりするの?」

「まさか。他所だって同じようなもんさ。

身内で仕事を回した方が色々便利いいんだ。伝もできる。

上がりも幾らか宿に入るし、俺達の寝床も働き口も安泰という寸法よ」

「ああ、なるほど。解った。けど、仕事って何?」

「溝浚い」

「……部屋で寝てていい?疲れてるんだけど」

「じゃあ、裏通りの調査って言っておく。ま、考えといて。

俺はこの時間帯には大体居るし、いなけりゃエメスさんに言伝てしてもらえれば」

「ああ、ちょっと待って待って。やらないとは言ってないじゃない」

「あ、そ。それじゃあ、皆来てるから。

頃合い見て適当に。ま、顔付き合わせて判断するといいよ」


 と、言い残して他の冒険者連の輪に戻って行く。

リーアは半分気の抜けたビールのジョッキを傾ける。

わいわいと歓談している様子が見てとれた。

面白そうでもあり、つまらなそうにも見える。


「どーしたもんか」

「行って来たら?」

「でも」

「注ぎ直すなら楽しい方が、ね。機会は掴まないと」

 

 女主人は新しいジョッキ片手に若衆を見やる。

釣り込まれるように顔を向ける。一瞬の躊躇いはあった。

だが、重要な事は。或いはビールの見せた幻だったのかもしれないが。


 リーアは立ち上がって河岸を移す。敢えて何も考えない。なる様になれ。

テーブルに犇めいていた冒険者達が一斉に彼女へと視線を注いだ。

疑わしげなものがある。新しい玩具でも見つけたように好奇に光るものもある。

概ね、それは見知らぬ余所者に対するそれではあったが、

見覚えのある──ベルカントなる少年冒険者は嬉しそうに迎えているらしかった。

他にもひそひそと耳打ちをしている者もあれば、肴とばかりビールを呷る者もいる。

ほんの少しばかり、酒で濁った意識が蝋燭のように微睡むのを少女は感じていた。


「お待たせ。それで、どういう話だったかしら」

「仕事の話」

「どんな仕事だったっけ」

「ドブ浚い。新人向け。詳細不明。詳しく聞く気に?」

「うん。さっきはゴメンね。教えて」

「だってさ。どうする?」


 返ってきたのは小波のように不揃いな気怠い声だった


/


 三人一組の総勢はリーアとベルカント、それからもう一人、

昨日の酒盛りで加わる事に決まったカルル、というひょろりとした少年だった。

彼らはざぶ、ざぶと音を立てながら裏路地を一列になって歩いている。

道一面に広がる水っぽい泥濘の深さときたらくるぶしを通りすぎて脛ほどもあり、

おまけにぬるりと粘ついている。


 確かにこの有り様なら魔物の一つも出るかもしれない。

まっとうな人間は寄り付きもしないだろう。

雑踏のざわめきを隔てた壁に挟まれて昼尚臼ぐらい裏路地は迷宮さながらだ。

予想通りの酷い仕事だ。うんざりとしながらリーアはベルトを締め直す。


「ねぇ」

「何だよ」

「結局、何探してるの。それ解らないと探しようがないと思うんだけど」

「知らないよ」

「何よそれ」


 素っ気なく返された言葉に刺々しくリーアが答える。

では、悪臭漂う沼を無意味に歩き回らせれているだけか。


「解らない事が解らないから調べ回ってるんだよ。

夜警の連中だっているけど、あいつら裏通りは嫌がるし」

「大した給料も出ないから出来るだけ楽に仕事がしたい、って聞いたよ」

「だってさ」


 カルルがベルカントの言葉を補足した。

うねうねと不規則に曲がりくねりながら裏路地は尚も続く。

時折、誰かが窓からバケツをぶちまけているらしく、

バシャッと水っぽい固まりが跳ねる音が遠くから聞こえた。


「いい加減すぎる......」

「だから俺達みたいな冒険者に仕事がある。

お陰で金が稼げて宿から叩き出されなくて済む。

それに仕事が楽なのに越した事はないだろ」

「仕事をするにも金、準備するのにも金、何につけても金、金、金。

うん、冒険者の宿なんてものが何であるのか良く解ったわ」

「解ったろう?まぁ、運が良かったって事だよ」


 それにしても、とリーアは呟く。

ぼこぼことガスを吹く沼を掻き分けながら奥へ奥へと進んでいく。

華やかな街の腸か、はたまた裂け目を生じた異界か何かか。

裏通りだの、横町だのはどんな街でもろくなものではないと相場が決まっているが、

流石は皇国の都、その規模もひとしおだ。

三人組が進んでいる裏道など、無数にある内の一つに過ぎない。


「僕たちはさ。裏通りだからまだ楽だよ」


 と、不意にカルルが口を開く。

彼は腰に提げていたカンテラをそこらに投げ出されていた砕け樽の上に乗せ、

火口を使って付け木を燃やし、蝋燭を灯し、携えた。


「入り口と出口だけははっきりしてる。

下水道が皇都にはあるんだけどさ、そっちなんて完全に大迷宮らしいよ。

金貨とか色々拾えて実入りは良いけど死人が半端ないって」

「へー......魔物とか出たりするの?」

「らしいよ。漁りに行ってる連中、鍬だのシャベル以外に

大抵剣だの槍だの持って、分厚い胴着も着込んでるし。

酒飲みながら良く成果自慢してるよ」


 リーアは顔をしかめた。


「都の下は魔物の巣?冗談じゃない。

大体、何がこんなとこに居るの。ネズミか何かじゃないのに」

「そりゃネズミだっているだろうし、幽霊か何かいたりして。

下町じゃ金が無いからって下水に死体を投げ込んだりするし」

「馬鹿じゃないの」

「だから危険なんだって。ひょっとすると上まで幽霊が上がってきたり......」

 

 ベルカントがカルルを睨む。


「与太ばっかり言ってんなよ。噂をばら蒔いてんな。仕事に関係ないだろうが」

「嘘なもんか。ちょっと脚色しただけだって」

「それを与太って言うんだよ。駄法螺吹きめ」

「冒険者って何なのよ......」

「食い詰めた流れ者」

「あーーー!!もう。夢ぐらい見させてよ!!」


 「おい」とベルカント叫ぶリーアを制した。

流れ着いたか、それとも住人が投げ捨てでもしたのか、

泥だのゴミだのがどん詰まりにわだかまっていた。


「ここで終わりらしい」


 三方を壁で塞がれた空間をランタンの光が照らす。

他にはこれ迄と代わり映えもない。カルルがうず高いゴミ山を蹴った。


「異常なしで終わり。さっさと帰ろう。

こんなとこ長居するもんじゃない」


 言って踵を返すと、仕事は済んだとばかりカルルは道を戻り始める。

その時、ベルカントの悲鳴と瓦礫が崩れる音が響いた。

立ち上がった真っ黒いヘドロのような何かからバタつく両足が突き出ていた。

紛れもなくベルカントであった。ずるずるとナメクジのように汚泥が動き出す。


「え、ちょ。何だこれ」


 人の背丈を超える程もある汚物の山。瓦礫や死骸、様々なものを飲み込み、

まるで水死体の様に醜く膨れ上がった姿でそれは這い出す。

魔物、と呼ばれる人ならざる存在に違いなかった。


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