1-7 末永くよろしくお願いいたします、ご主人様

「食事の準備が整いました」


「はい」


ダイニングテーブルはあのゴミに埋もれていたとは信じられなほど、ぴかぴかに磨いてあった。

そしてその上に並べられていたのは……ハンバーグとサラダとスープとごはん。


うん、執事だからってフレンチのフルコースとか期待していたわけじゃないけど、そこはこだわらないんだ?

いや、それをいうなら猫柄エコバッグから突っ込まなきゃいけなくなるから、いいや。


「……いただきます」


ハンバーグに箸を入れると、じゅわっと一気に肉汁が溢れてきた。


――ごくり。


そーっと、ハンバーグをぱくり。


「……!

……!

……!」


思わずテーブルを両手でがんがん叩き、足をじたばたさせそうになるのをかろうじて抑える。


それほどまでにおいしいのだ。


ハンバーグは口の中で肉汁が広がり、まさに肉汁天国だし。

サラダなんて野菜切っただけって侮っていたけれど、コンビニのとは比べものにならないほどしゃきしゃきぱりぱり、さらにはかかっているドレッシングも手作りなのかいままで食べたことがないほどおいしい。

コンソメスープはファミレスの薄い奴はあまり好きじゃないけど、これはしっかりだしがきいる。


きっと、レストランを開業していたら、常連になって通うレベル。


「いかがでしょうか」


「ま、まあまあ」


悔しいが、まあまあどころか最高だった。



夕食の後、松岡さんはまた紅茶を淹れてくれた。


「本日はいかがでしたでしょうか」


「そうですね……」


掃除は完璧だった。

絶対に一日で終わらないと思っていたのだ。

なのに全部片付いた。


料理はお願いしてでも毎日食べたいレベルだし。


さらにはお茶まで淹れてくれる、きめ細やかなサービス。


本来ならお願いしたいところだが、さっきみたいに至近距離に男性の顔がある、とかいうのは私が耐えられないのでお断りしたい。


「その執事服はやめてもらえるんですか」


「それは承りかねます」


それで契約がもらえないかもしれないのに、即答ですか。

そんなにこだわりですか。

こっちとしては断る口実ができて都合がいいですが。


「なら、ダメですね。

そんなふざけた格好をしている方に、家を任せるわけにはいきません」


「なぜですか。

業務には一切、支障をきたしておりません。

……それに」


すーっと銀縁眼鏡の奥の目が、切れそうなくらい細められてぶるりと身体が震える。


「……案外、喜んでいらっしゃったんじゃないですか」


「なっ」


図星を指されて言葉に詰まる。

確かに執事は書かないなど言っておきながら、資料になるかもとこっそり、観察していたのも事実。


「私に同意を取らず、写真など撮影していらっしゃいましたよね」


「うっ」


「そういうの、なんというかご存じですか……?」


ゆっくりと松岡さんの顔が近づいてくる。


「……盗撮、っていうんですよ」


バリトンボイスが耳元で囁かれる。

震える息を吐き出し松岡さんを見上げた。

目のあった彼がにっこりと笑い、私は完全にフリーズした。


「この服以外に問題がないのなら、契約をお願いしたいのですが」


「は、はい」


契約書を広げ、松岡さんは説明しているが、いまいちあたまに入ってこない。

ただただ、言われるがままにサインして印鑑をついた。


「はい、確かにちょうだいいたしました」


書類を確認し、彼は封筒の中にしまった。

それを脇に置き、あらためて座り直す。


「これから末永くお願いいたします、ご主人様」


右手が取られ、なにをするのかと見ていると……ちゅっと手の甲に口づけを落とされた。


「な、な、な」


「なにって忠誠の証でございますが?

また明明後日、参ります。

では、本日はこれにて失礼させていただきます」


少ししてガラガラぴしゃっと玄関が開いてしまった音がして、我に返る。


……あ、あ、あの男、あろうことか私の手に、キ、キスなんてー!


熱でもあるんじゃないかってくらい身体が熱い。

実際、目に映る手は真っ赤になっている。

半ば脅される形で契約したのを猛烈に後悔した。


……いまならクーリングオフできるんじゃない?


携帯に伸ばしかけた手が止まる。


なぜなら。


――さっきの、手の甲へのキスを思いだしたから。


途端にボッとまた、顔が火を噴く。


「あー、もー、家政婦なんて頼むんじゃなかったー!」

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